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遅刻


 慌てながらイリーナが戻ってきた。その後ろにはゲルズがいた。


「ルシアンくん、大丈夫だった?」

「はい。僕は大丈夫です」

「よかったぁ」


 校庭でノびている少年と、校舎を背にノびている少年を見て、苛立った様子でゲルズは顔をしかめた。


「ライナスはどうした?」

「ライナス? 細い眉毛の人?」

「ああ。そうだ」

「その人なら、あそこに」


 指さすと、ゲルズが小さく舌打ちをした。

 校舎の中から鐘の音が聞こえる。

 確か、あの鐘までに教室にいないと遅刻扱いになってしまうという話だったはず。


「もしかして、三人ともルシアンくんが……?」

「いえいえ。仲間割れをしはじめたんです」

「そうなんだ。ともかく怪我がなくてよかったよ~」


「二人に悪口を言われたライナスさんが、怒って二人を殴り飛ばしたんです」

「そういうことだったんだね」


 ほっと胸をなでおろしたように、イリーナは笑みを浮かべた。


 ゲルズとの戦いを見ていたイリーナなら、実力は俺のほうが上というのはわかるだろうに。

 どうも、俺が幼いせいで心配になるようだ。


 イリーナは納得しているようだったが、ゲルズはそうはいかなかった。


 失った気を取り戻したライナスがこちらに走ってきた。

 もうさっきの魔法は解けており、元の体に戻っている。


「おまえぇぇ――ッ! あ、先生……」


 ゲルズを見るなり、ライナスは気勢を削がれたように大人しくなった。


「ライナス君、これはどういうことだ」

「あ、ええと、これは……」


 委縮するようにライナスが首をすくめる。


「魔法を許可なく使ってはならない――それがこの魔法学院のルールだ」


 小言がはじまるらしい。


「ルシアンくん、行こう?」


 イリーナに手を引かれ歩き出すと、二人の会話だけが後ろから聞こえた。


「あのガキをどうにかしろと言ったのは先生で……」

「知らんな、そんな話」

「そんなぁ……」

「魔法を使い、暴力を振るった。それは、ルシアン・ギルドルフが証言をしている。どうやら君は、この学院の生徒には相応しくないらしい。残念だが、除籍処分としよう」


「ま、待ってください! どうして!? どうしてオレが除籍なんて――」

「言うことの聞けない生徒は、ここには要らないんだよ、ライナス君」

「っ……」


 立ち止まって振り返ると、ライナスの顔色が真っ青だった。


「魔法戦士志望の君なら、どこでだってやっていけるだろう。これからは家業に精を出すといい」


 ぽん、と肩をゲルズが叩くと、ライナスは膝から崩れた。


「……あの」


 俺が責任を感じる必要もないが、俺に関わったせいで――となると、寝覚めが悪い。


 会話から察するに、ゲルズがライナスをけしかけたのは明白。

 ゲルズは、俺を痛い目に遭わせたかったようだ。


 そして失敗すればこの仕打ちか。


「なんだ、ルシアン・ギルドルフ」

「それなら、先生も同罪では」

「はっはっは、いきなり何を言う」

「先生は、彼がここにいることを知っていましたよね。どうして知っていたんですか?」

「それは、イリーナ君が教えてくれて――」


 途中でイリーナが首を振った。


「喧嘩になりそう、としか言ってないです。誰がいるとは、一言も……」

「……」


 苛立ってきたのか、ゲルズは頬をぴくぴくさせていた。


「指示通り動いた生徒の不始末は、指示を出した者が責任を取るべきじゃないんですか?」


「ふぐ……ッ」


「除籍処分」


 こんのガキッ、と呻くようにゲルズが言うと、ライナスが神様を見つけたような顔でこっちを見る。


 ……ライナスをけしかければ、俺が魔法を使うであろうことも予想できたはず。

 だが、ゲルズは魔法を勝手に使ったのかどうかは、俺には一言も尋ねない。


「せ、先生、こいつも魔法使ったんです!」

「そうか。それならおまえも除籍だ、ルシアン・ギルドルフ」


「……先生、自分で昨日言ってましたよね。『あれは魔法ではない』『魔法の素養ゼロとみなす』って。じゃあ僕に、魔法は使えません」


「くっ……この……!」


「どうであれ、きっかけを作ったのは、あなたです、ゲルズ先生。それを学長が知れば、どうなるか」

「……」


 何も言い返さないあたり、ここが泣き所のようだ。


 昨日学長は、顔中に皴を作って、俺が入学してくれたことを喜んでくれていた。

 魔法かどうかはさておき、手放しで俺の能力を認めてくれていた。


 それもあり、ゲルズも俺を辞めさせるつもりはなかったんだろう。


「この件は、僕やライナスさんでは判断がつきません。もちろんゲルズ先生でも。客観的に判断してくれる学長に一度ご相談した上で……」


「ま、待ってくれ……そ、そこまでしなくてもいい……学長にご報告するほどのようなことではないからね……は、ははは……」


 脂汗を流しながらゲルズは乾いた笑い声を上げた。


「では、ライナスさんを除籍処分にするほどのことでもないですよね? その程度なら」

「……っ」

「ガキんちょ……おまえぇぇ……」


 ライナスが涙声で言う。


 一限目の授業はもうはじまっているだろう。

 初日からさっそく遅刻してしまった。


「あなたのせいで、僕もライナスさんもイリーナさんも迷惑を被りました。僕は初日から遅刻することになってしまいました。……何か言うことがあるのでは?」


「……す、すまなかった」


 ぼそっと小声でゲルズは言った。


「よく聞こえなかったのですが」


「――――すみませんでした!」


 ビシッとゲルズが頭を下げて言った。


「迷惑をかけてしまったことを、謝罪する……! 本当に、申し訳ない……」


 見ていて愉快なものでもないので、俺は踵を返して校舎へと歩き出す。

 そうしていると、すぐにライナスが追いついた。


「ガキんちょ……いや、ルシアン……ありがとうな。……それと、ごめんな」


 神妙な顔でライナスが謝ると、俺は首を振った。


「いえ、気にしないでください。僕もちょっとした戯れをしてしまいました」


 イリーナのことがあったとはいえ、少々大人げなかったと思う。


「あ、あれが、戯れ……?」


 ライナスが目を白黒させると、イリーナが何があったのかを訊いて、ライナスが説明した。


「――てわけで、オレは吹っ飛んだ」

「……ナニソレ。物理障壁で、しかも衝撃を返された……!? もうそれって、物理的には傷一つつかないってことなんじゃ……」


「珍しくもないでしょう」


「珍しいよっ!」「珍しいわっ!」


 二人の声が重なった。


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