表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/57

奇才の日常


 紹介状とお金を学長に渡し、俺は晴れて魔法学院に正式に編入できるようになった。

 初見でソラルが言ったように、ゲルズや他の人たちも、俺の魔法を魔法扱いしてくれない気配がある。

 おまけに貴族至上主義という考えが浸透しているだろうから、先が思いやられるな。


『ルシアン、君が「魔法」と呼ぶそれを、我々が魔法として認識することはまだ難しい』


 別れ際に、学長は言った。

 入学も実力も認めるが、魔法能力を認めたわけではない、ということらしかった。


『よって、編入クラスは一年三組とする』


 三学年それぞれ三組までクラス分けされており、優秀な順に一から三となる。

 要は、不出来なクラスへ編入されたのだ、と嫌みたらしくゲルズが補足してくれた。


 教師である彼の程度が知れているので、一組も三組も、俺からすれば同じようなものだろう。



 何だかんだあったが明日から通えることになった、と結果を心配してくれていた宿屋を営む主人に伝えた。

 名前はトムソン・ガリックという。


「どうにか魔法学院に通えるようになりました」

「そうか、よかった、よかった! マクレーン様も、気がかりだったらしいからな」


 ここダンペレの町は、マクレーンの領地というわけではないので、入試の結果を彼の権力でどうこうできるものでもないから、ずいぶんと気を揉んでいたという。

 聞くところによると、魔法の学徒であるマクレーンは、俺のことを尊敬すらしているとトムソンは言った。


 彼はマクレーンとは旧知の仲らしく、マクレーンが口を利いてくれたおかげで、俺はここで寝泊りさせてもらえることになっていた。


「魔法を変える不世出の奇才――とかなんとか言ってたぞ? オレにゃ、ちょっと賢げな子供にしか見えないがな」


 ハハハ、と軽快に笑いながら、俺の頭を撫でる。

 奇才か。マクレーンもずいぶんと持ち上げてくれるものだ。


 俺の部屋として使わせてもらっている物置小屋に荷物を置き、トムソンがいるカウンターに顔を出す。


「何かお手伝いできることはありますか?」


 掃除洗濯、料理の下ごしらえ、それくらいならできるから、と申し出ると、最初は遠慮していたものの、手が足りない部分を手伝うことになった。

 食事つきの上に格安で泊めてくれるのは、マクレーンの口利きだとしても申し訳なさがあるので、少しでも役に立ちたかった。


「そうだなぁ……ルシアン、掃除はできるか?」

「はい。できます」


 三階建てのこの宿屋は、一階は受付兼食堂。ニ、三階が客室となっていて、俺の部屋は天井裏にある。


「三階の廊下と空室の掃除をしてもらえるか?」

「わかりました」


 俺が二つ返事が不安なのか、「おじさんがまず手本を見せよう」とトムソンが腰を上げた。


 掃除用具箱から、はたき、バケツとモップを持って、空室に入り、床掃除のやり方やはたきの使い方を丁寧に教えてくれた。


 家では母が掃除はすべてしてくれていたので、自分でやるのは前人生ぶりだな。


 空室は、それほど汚れているようにも見えず、掃除が必要なのだろうかと首をかしげた。


「綺麗だと思うのですが」

「そう思うだろう? だが、ぱっと見綺麗だとしても掃除するんだ。これもプロとしての仕事だからな。手は抜かない」


 プロとして……。

 なるほど。俺が魔法に関して意地や矜持があるように、トムソンも宿を営むことに関して、同じことを感じているのか。

 そんなつもりはなかったが、それなら、俺も手は抜かない。全力でやらせてもらおう。


「道具が大きいから、ルシアンには使いづらいかもしれないが、そこはまあ上手くやってくれ」


 返事をして、トムソンから掃除のやり方を一通り教わる。


「夕飯の時間までにできたら上出来だ」

「頑張ります」


 俺の身長よりも大きなモップを掴んで、床にモップをかけバケツにつける。ジャバジャバとやると、中の水がすぐに濁った。

 ふむ。綺麗に見えていても、汚れていた、ということか。


 じゃあな、と言って去ったトムソンだったが、心配なのか廊下の角からこっそりこっちを窺っているのがわかる。


 バケツのところまでいちいち戻るのが面倒だな。


『重力』魔法をバケツに使う。中身がこぼれないようにふわりと浮かせる。

 この魔法もずいぶんと上手く使えるようになった。

 これはこれでいい修行になるな。


「……バケツが床から浮いてる……?」


 ごしごしと目をこすって、トムソンが顔を廊下につけて、できた隙間を確認している。


「こ、これが魔法か……!?」


 モップをかけて、浮いているバケツを引き寄せる。すい~と小気味よく俺の足下にバケツがやってきた。


「か、勝手に動いた……!?」


 こっそり見守っていることも忘れたトムソンは、あんぐりと口を開けている。


 バケツは重量にすると一〇キロほどあるため、『重力』なしで持ち運ぶとなると、かなり重いし体力を使う。


 モップをかけてはバケツを引き寄せる。それが、足にまとわりつく子犬のようにも見えた。

 何度も繰り返すと、「あのバケツ生きてる……?」とぼそっとした声が聞こえた。


 気づくと、バケツの中は真っ黒に汚れた水でいっぱいになっていた。


「汚れたら水を換えるように言ったぞ。ルシアン、今度は何をする……」


 トムソンがショーを待ちわびる子供のようだった。


 ここは三階。飛び降りて水を流し、井戸から水を汲んでまた戻る――なんてことは、やはり面倒だ。


 あまり使ってこなかった神様からもらった魔法――『空間』を練習するいい機会だろう。


『空間』魔法は、空間と空間を繋げて入口と出口の扉を作れるものだ。出口を作らなければ、異次元に物を置いておくこともできる。


『空間』魔法を発動させる。


 空間の出入口を作り、入口にむけてバケツをひっくり返す。


「お、おい! そんなことをしたら水が――」


 慌てるトムソンをよそに、外から、じゃー、と汚水の排水音がする。

 もちろん、俺が掃除した場所には一滴たりとも落ちてない。


「この音は……」


 トムソンが、窓から外を見る。指定した出口は、宿屋裏手にある排水用の溝だった。


「あの汚水が、あそこの溝を流れてるってのか!?」


 さて、バケツが空になったので、新しい水を汲もう。


「さすがに井戸……使う……! 魔法使いだろうが何だろうが、水は、井戸。汲みにいかざるを得ない……! 川が近くにないのなら、井戸の水。古今東西、そう決まっている」と、小声でつぶやきながら、俺の動向を見守っている。


 ずっと見ているのはバレているので、いい加減出てきてほしい。暇なのか?


 残念だが、トムソン。

 魔法使いは、井戸など使わなくてもいい。

 水流魔法『ウォーター』を発動。


 空になったバケツが、廊下から飛び出した水を受け、すぐに満ちた。


「魔法……魔法って、何だ?」


 混乱の極致なのか、定義を確認しはじめた。


『付与定着』魔法を使い『強度上昇』を掃除道具それぞれに付与した。

 それから、風塵魔法『効果範囲拡大』も付与しておく。

 これなら、俺がいないときでも主人が楽に掃除ができる。


「……というふうに魔法を使いましたけど、大丈夫ですか?」


 隠れているトムソンにむかって言うと、何も言わず、爽やかな笑みでグッと親指を立てた。

 問題ないということでいいらしい。


 掃除は、魔法の修行にもなっていい。これからも積極的にやらせてもらおう。


 夢中になっていると掃除はすぐに終わった。


「あっという間に掃除が終わっちまった……。これが、不世出の奇才……」


 子供につけるにしては物々しい称号だと思うが、ありがたく受け取ることにしよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ