志
ゲルズが撒いたお金を集めていると、ゲルズが気づいたらしく、ぐしゃぐしゃになった顔を触っては、痛みに唇を曲げていた。
「な、なんなんだ、今のは……」
「魔法です」
「あ、あれが魔法であってたまるか! 誰だ、おまえは」
「僕は、あなたが大好きな村人の子供ですよ」
「バカな」と、ゲルズは小さくこぼした。
「これで、力は見せたと思うんですけど、試験は合格ですか?」
苦虫を噛んだように、ゲルズは表情を歪めた。
「……あれは、魔法ではない。詠唱も精霊への呼びかけも何もなかった」
ソラルもそうだったが、魔法とはこうあるべき、という常識では、俺の魔法は計れない。
同様の説明をして、信じてもらえるかどうかは怪しいな。
「よって、魔法の素養ゼロとみなす」
「そんな」
よっぽど村人や一般市民が嫌いなのか、それとも、瞬時にボコボコにされたのが気に障ったのか、それともその両方か。
どうであれ、俺を入学させないつもりらしい。
今さら機嫌を取ったところで、ボコボコにしてしまった事実は変わらない。
どうしたものか。
俺が困っていると、パンパンパン、と緩く拍手する音が聞こえる。
振り返ると、老年の男がこちらへ歩いてきているところだった。
白髪の髪は短く、体格も大きい。
体重移動や視線の配り方は、完全に手練れのそれだ。
元は武芸者の類いだったのだろうというのは、すぐにわかった。
「カーン学長……!」
ゲルズが立ち上がって小さく礼をした。学長……ということは、ここで一番偉い人間か。
「何やら子供がウチにやってきたと聞いてな」
角ばった顔に学長は微笑を浮かべた。
「……どうやらこの子供、ロクに魔法も使えないのに、ひやかしで」
ゲルズの発言に俺は首を振った。
「魔法は使えます。お金も、ちゃんと持ってきました。ひやかしじゃないです」
お金を入れ直した革袋を学長の男に見せた。
「ふむ。子供が来るなんて珍しいと思ってな。さっきの様子を観戦させてもらったよ、ゲルズ」
「でしたら学長もおわかりでしょう。この子は、魔法などと嘯いていますが、あれは決して魔法などではありません」
やれやれ、と大げさにゲルズは首を振った。
「魔法ではないか。そうか。……それで、それの何が悪い?」
「は、はい?」
「ガスティアナ王国魔法使い三〇選であるおまえを、まだこんな小さな子供が、瞬時に叩きのめした。それこそ、魔法か何かのようにな。それだけで、十分な素質であろう」
「で、ですが! ここは、無粋な軍人や冒険者を教育する場ではなく、あくまでも魔法を教える場所……! 家柄確かな者に魔法を学ばせ、それを伸ばすことが肝要かと。何よりこの子はただの村人の子です」
カッカッカ、と学長は大笑いする。
「その村人の、しかも幼い子供に、おまえは負けている」
「ぐっ……それは、不意を突かれたからであって……」
「不意を突くのも、立派な戦術である」
あの程度のスピードで『不意を突かれた』ことになるのか。
ゲルズは、今まで誰とどう戦ってきたんだ……?
これが王国三〇選の魔法使い、か……。
この国の魔法技術や魔法使いの熟練度がどの程度なのか、おおよそ把握できた。
「ワシはな、ゲルズ」
「……はい」
「おまえの腕と能力を見込んで、入試を任せている。……先ほど示した能力は、まさしく才能の塊であると言えよう。それを不合格とするのであれば、おまえの今後の待遇も考え直さなければならんな」
「が、学長――! そ、それは……」
「往生際が悪い! 負けを認めいッ!!」
落雷があったのかと思うほどの怒声に、「ひい」とゲルズが尻もちをついた。
ため息を漏らすと、学長はしゃがんで俺に目線を合わせた。
「言いがかりのようなことを言ってしまい、すまなかったな」
「……いえ。もしここがダメなら、他のところへ行くだけです」
この地方にはここしかないが、国単位で考えれば、他に魔法学院はいくつかある。
「はは。そうくるか。ゲルズ、おまえのせいで金の卵をみすみす違う魔法学院に渡すことになりそうだったぞ。反省せよ」
「は、はい……」
まったく、と学長は、うなだれているゲルズから、俺のほうへ視線を戻した。
「ゲルズとのやりとりを聞いていた。村のみんなからもらったお金だそうだな」
「はい。貴族でも何でもない僕が魔法を使えることを証明して、魔法を差別の理由にさせない、そんな世界にしたいんです」
「ほぉ~。いい夢だ」
じろ、と学長は見下ろす。そしてニッと笑った。
「明日から通うことを許可しよう」
「ありがとうございます」
立つ瀬のなくなったゲルズが、顔をしかめている。
「学長」
「よい。ワシに考えがある。任せよ」
「そういうことでしたら……承知しました」
カッカッカ、と学長は笑い、俺の頭を雑に撫でた。




