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入試


 完全に子供扱いをされた俺は(見た目が完全にそうなのだから仕方ないが)、少女たちに案内されて、教務室と呼ばれる場所へと連れてこられた。


 どうやら、ここは教師たちの控室のようで、室内にいた何人かの大人が俺のほうを見た。


「子供……?」

「先生、この子迷子みたいで」

「いや、だから僕はここに通うために……」


 魔法は魔法、これはこれ、ということらしく、少女たちは俺が通おうとしていることは半信半疑のようだ。

 髪の毛を後ろでくくる男の教師が言った。


「通う? てことは、編入希望者ってことかい?」

「はい。お金も、ここに」


 背負ったリュックを下ろして、革袋を机の上に置く。


「大金だな……。本当に……?」


 いまだに信じられないらしい教師は、革袋と俺を何度も見比べる。


「お父上様の爵位は?」

「……爵位はありません」

「そうか……。まあ、今どき珍しくもないのか」


 貴族の血縁者というのは、遠縁でも問題ないらしいので、父親が貴族である必要はない。

 勝手に勘違いしてくれたのはラッキーだ。


 用紙を渡されて、記入欄があったのでそこを埋めていく。

 名前、年齢、出身地、両親の家系、魔法学習経験の有無。あった場合は得意魔法の記入――。


 両親の家系の欄で手を止めた。困ったな。サミーとソフィアの家系は知らない。家も納屋も古いので、どちらかの親が農夫だったのだろう、というのは想像に難くない。

 知らない村人との会話を聞くに、二人ともあの村近辺の出身だと思う。田舎特有の、小さいときからの知り合いが周囲に多すぎる。


「わからないなんてないだろう。貴族なら自分の出自くらい知っているものだ」

「ゲルズ先生、ルシアンくん、魔法を二種類使えるんです。だから貴族だと思いますよ?」

「に、二種類!?」


 信じられないとでも言いたげに、教師はこちらを見る。ゲルズという名前らしい。

 俺がうなずくと、援護するように少女たちが口々に声を上げた。


「ちっちゃくてもすごい子はすごいって、先生言ってたじゃーん」

「水と風属性の二種類。さっき使ったの、私たち見たんです」


 一番効果が高そうな物を持っていることを思い出し、推薦状を教師に渡す。


「これ。ソラルって人が書いてくれました」

「ソラル? 最年少宮廷魔法士の、あのソラルか?」


 この界隈では有名な少女だったのか。

 ソラルの勝ち気な顔を思い出す。


 ……そんな才能溢れるようにはまったく思えなかったが。

 宮廷魔法士は辞めていて、マクレーンの家庭教師に収まっていることをみんな知らないようだ。


 ゲルズは頭をかくと、「よし、わかった」と言った。


「ちょうど僕が編入や入試の審査をしている。だから、ちょっとした試験を受けてもらうよ」


 どうにか、門前払いは回避できたようだ。


「試験があるんですね」

「うん。以前までは家系が証明できたらなかったんだ。けど、肩書き目当てで入ってくる者が増えてしまってね」


 嘆くようにゲルズは頭を振る。

 試験の場所まで歩きながら、近況を教えてくれた。


「ここで魔法のイロハを学ぶんだけども、『魔法の勉強をしていた』というだけで、庶民たちは見る目を変えるからね」


 この時代の魔法は、例外はあるものの、特権階級だけの技術らしいから、特別な目で見るのも無理はない。


 ゲルズ曰く、だから試験で成長の余地があるかどうかを判断する必要があるという。

 入学したものの、ろくな魔法が使えないまま卒業する者がいれば、学院の評判にも響いてしまうそうだ。


 学院の教師も、なかなか大変らしい。

 それだけ、魔法を学ぶということは、人を選ぶことのようだ。

 俺が魔法を使っただけで、村のみんなが驚くのも道理というわけか。


「よし。ここで力を見せてもらおう」


 やってきたのは、ゲルズが演習場と呼ぶ校庭だった。

 ゲルズが何かつぶやくと、青白い半球状の膜が周囲を覆った。


 魔法障壁の一種だ。だから演習場なのか。


「学院に入るためには、専用のカードキーが必要なんだ。君はどうやって中に入ったんだい?」

「解除して入りました」

「はぁっ!? か、解除――!?」


「安心してください。もっと強いセキュリティを張り直したので。敵の魔法部隊、一個連隊が集中攻撃しても持ちこたえるはずです」

「ちょ、え。意味が……。どういうこと……」


 おほん、とゲルズが威厳を取り戻すように大げさな咳払いをした。


「……君の実力は、ソラル宮廷魔法士も認めているようだが、あの推薦状がねつ造の可能性もある。すまないが、確かめさせてもらうよ」

「お願いします」


 ぺこり、と頭を下げると、ゲルズがさっき渡していた金を数えている。

 鉄くずでも入れているとでも思ったのだろうか。


「小銭ばかりだな……」

「すみません。村のみんなが僕のために出してくれたお金で」

「村? ……まさかとは思うが、村出身なのか?」


 隠してもいずれバレることだろう。


「そうです」


 言うと同時に、険のある表情に変わった。


「さっき言っただろう。素質の有無を見るって」

「魔法が使えるのなら、それは『貴族』なのではないのですか」

「屁理屈を並べるな! 賤しい農夫のガキが。どこぞの落ちぶれ貴族の末裔か何かなんだろう?」


 うちの両親の血筋を辿っても、貴族には行きつかないと思う。

 数百年前の家系図までわかるのなら話は別だが。


 ゲルズの言い分が、世間一般の認識なんだろう。


「……僕を貶すのは構いません。ですが『賤しい農夫』という言葉は取り消してください」


 俺は、サミーがどれだけ毎日仕事に精を出しているのか、知っているつもりだ。

 それを、バカにはさせない。


「村人風情が魔法を学ぶなんておこがましいッ! 分を弁えろ!」


 前人生でも、貴族にこの手の輩はいた。

 排他的な純血主義者。高貴な血が薄れることを極度に嫌う。そして、そうなった者をとことん見下し、差別する。

 ゲルズからすれば、親等が遠ければ、それはもう魔法が使えても貴族ではないのだろう。


「賤しい農夫の子を通わせるなど、この学院の品格が問われるだろうッ!」


 ……二度言ったな。取り消せと言ったのに――。


「分を弁えて、何かいいことがあるのですか? 足下だけを見て、前も上も見ずに暮らして、それでいいことがあるのですか?」

「ふん。何をしようとも私が不合格と言えば、ここに通うこともできないんだぞ?」


 嘲笑するように口元を歪めて、ゲルズは足を一歩前に出した。


「私の靴をなめて綺麗にしろ。そうしたら、考えてやろう」


 言っていることが無茶苦茶だな。

 なめたところで、どうせ結果を変える気はないくせに。


「そもそも、こんな薄汚い金で魔法を学べるなんて思うなよ」


 持っていた革袋を逆さにして、ゲルズは金をそこらじゅうにばらまく。

 ついでとばかりに、砂をかけるように地面を蹴った。


「おいッ!」


 いかん。少し感情的になってしまった。見ると、ゲルズが少しひるんでいた。


「な、何だ、い、いきなり大声で……」

「それは、村のみんなや両親が、俺のために出してくれたお金だ」


 確かに、お金自体は綺麗ではなかった。

 土の汚れがついていたり、それ自体が錆びついていたりした。

 裕福な家どころか、水準以下の経済状況の家が多い中で、みんながどうにか出してくれたお金だ。


「薄汚い金が、地面にあろうが袋の中にあろうが、大差はないだろ?」


 俺は、ぐっと拳を握った。


 今まで俺は、俺のためだけに俺の魔法理論や魔法の新常識を広めたかった。

 だが、今はそうではない。


 俺に期待してくれる両親や村の人たち。

 魔法が使えない――使えないと思い込んでいる世界中の人たちのため。

 みんなのために、俺は、ここで引き下がるわけにはいかない。


「俺は――固定概念(おまえみたいなやつ)を殺すために今ここにいる!」


「吠えるな! 村人が!」


 風塵魔法『神速』を発動。地面を蹴り、一気に接近する。


 ゲルズは、まだ半笑いの表情で俺がいた場所を見ていた。


 土木魔法の『部分硬化』を発動。両手足を金剛石並みに硬化させた。


『衝撃無効』の無属性魔法を発動。

 跳ね返る衝撃を無効化。反動で拳や足を痛めて俺が怪我をすることはない。


『痛覚五倍』の無属性魔法を発動。……痛みにのたうちまわれ。


 そこで、ようやく俺が眼前にいることにゲルズが気づいた。


「い、いつの間に――。ひ、ひ、火の精霊よぉぉぉ」


 遅い。遅い。遅い。おまえが信じ誇った現代魔法はその程度か。


 無属性魔法『三連牙』を発動。


 右拳をゲルズの腹部に深く突き刺す。


「っ――――!?」


 くの字に体が曲がった瞬間に、側頭部へ蹴りを叩き込む。


 もし攻撃が見えていたら、俺の手や足は『三連牙』の魔法で三本ずつに見えただろう。


 人形のように地面を一度バウンドするゲルズ。

 容赦はしない。

 追撃し、ゲルズの顔面へ左拳でアッパーカットを見舞う。


 ぐしゃり、と腐った果実が潰れたような音がする。

 吹っ飛んでゲルズが、壁に叩きつけられた。


「魔法とはこういうものだ。覚えておけ」


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