迷子扱い
「ここか」
多くの少年少女が建物の中に入っていく出入口付近で、俺は立ち止まった。
魔法学院とやらの場所は、サミーがメモに書いてくれていたので、迷うことはなかった。
正式には、王立エーゲル魔法学院と呼ぶそうだ。
エーゲル地方だからエーゲル魔法学院。
各地方にひとつあるという話だったから、別地方では、エーゲルのところが変わるのだろう。
背負った鞄の中には、入学の手付金である五〇万リンが入った革袋があった。
加えて、ソラルが書いてくれた推薦状を持っているが、いきなりやってきた子供の相手をしてくれるのだろうか。
もしものときは、事情を説明するしかないな。
「考えても詮無い事か」
なんとかなるだろう。
俺は学院の敷地内に入る。
貴族の血縁者を預かる場所とあってか、セキュリティは完備されており不審者対策もしてある。まあ、程度は知れているが、ないよりはマシだろう。
「子供……?」
「ちっちゃーい」
「誰かの弟?」
俺よりも背の高い少女たちが、こぞって俺に注目をする。
一人がしゃがんで目を合わせてきた。
「どうしたの? 何かご用?」
「ここに入学をするために、やってきました」
くすくす、と遠巻きにしている生徒たちが笑っている。
「ああ、入学じゃなくて、正しくは編入です」
それで笑われているのかと思ったが、どうやら見当違いだったらしい。
好意的な笑顔ではあるが、やはりこの見た目では小馬鹿にされても仕方ないか。
「お勉強しに来たの? 偉いねー?」
なでなで。なでなで。と少女に頭を撫でられる。
ううん……完全に子供の戯言だと思われているな。
別の少女が俺を覗き込んだ。
「どこからの来たの? 迷子かな」
「家はネルタリム村です。今日はこのダンペレの町にある宿屋さんから来ました。迷子ではありません」
その宿屋の主人は、マクレーンの知人らしく、事情を知っていたので話も早かった。
しばらく両親とは会えないが、ソフィアが時間を見つけて、たまにこちらに来てくれるらしい。
「ネルタリム村? すごい遠いね……」
「お名前は? いくつ?」
「ルシアン・ギルドルフです。五歳です」
わかりやすいように、手で「5」とやってみせる。
「「「「……っ」」」」
少女たちの目線がさらに優しいものに変わった。
「偉いねー。こんなところまで一人で。お母さん、どこにいるんだろうね?」
「私たちでお母さん捜してあげよう」
「ええ。そうしましょう!」
何人かが、真面目な顔でうんとうなずき合った。
「あの、僕はここには、一人で……」
「ルシアンくん、ジュースとか飲む? お姉さん、今ひとつあるんだけど。アップルジュース」
「いえ、遠慮しておきます。喉は乾いてないので」
「ズルーっ。あ、わたしも、わたしも! ビスケットあるよ?」
ジュースもビスケットも、ずいっと強引に渡されてしまった。
い、要らない……。
アップルジュースは、リンゴの形をした容器に入っていた。
というか、俺の話をまったく聞いてくれない少女たちは、勝手に盛り上がっている。
迷子のルシアンくんは、お母さんを捜しにここにやってきてしまった、という設定がいつの間にかできあがっていた。
そうなら中には入れないだろうに。
俺が困っていると、ひょい、とアップルジュースを少女が取りあげた。
正直、要らないし持て余していたので助かる。
「ストロー刺してあげるね。このほうが飲みやすいでしょ?」
ぷす、とストローを刺して、俺に返してくれた。
そうじゃない……そうじゃない……。俺が困っているのはそこじゃない。
だが、善意を踏みにじるほど俺は悪人ではない。
ストローでちゆうう、とやってみると、なかなかどうして、甘くてほんのりとした酸味が実に美味。村では飲めないものだ。
しげしげ、とリンゴの容器を見つめてまた飲みだすと、少女たちが目を輝かせた。
「の、飲んでる……」
「ちっちゃい口で一生懸命飲んでる……」
「おいしい? アップルでよかった? オレンジもあるよ?」
「わたし、子供が好きそうな食べ物、ちょっと買ってくる――!」
まるで保護された子猫だな。
このままじゃ埒が明かない。
俺は村の代表として、ここに来ている。
保護されて門前払いされるわけにはいかないのだ。
「『ウォター』」
水流魔法の初歩を使ってみせた。
「え――っ」
「魔法?」
驚きを口にした少女たちに、廊下から水流が一本、二本、と立て続けに飛び出した。
「きゃあ!?」
「冷たいっ!」
魔法はそれぞれ少女たちに命中し、ずぶ濡れになる。
加えて、廊下も水浸しになってしまった。
「今の、ルシアンくんが……?」
俺はこくんとうなずいた。
「す、すごい……」
「『ウォター』って……水分なんてどこにもないのに」
ん?
水流魔法を使うときは、水分が近くに必要なのか……?
なんと不便な……。
「しかも、魔法名を口にしただけで、水魔法が発動するってヤバくない……?」
「ああ、でも、びしょびしょ……」
魔法を使えることや、ここで勉強をする必要があることを理解してもらうための魔法だ。
被害を与えるのは本意ではない。
「『ウインド』」
今度は風塵魔法を発動させる。
さっきの『ウォター』と同様、加減しておいた。
「今度は風魔法っ!?」
ビュォォォォォ。
廊下に突風が吹き荒れ、少女たちに吹きつけた。
「と、飛ばされるぅぅぅ!?」
髪の毛が乱れ、例外なくスカートの裾を押さえつけ、目を開けていられないほどの風圧だったようだ。
そのおかげで、衣類の水分はすべて吹き飛んでいた。
水流魔法は略され水魔法。
風塵魔法も同じく略され風魔法と呼ばれているようだ。
ヒュゥゥゥ…………。
魔法がやむと、少女たちはその場にへたりこんだ。髪はボサボサ、服も乱れ放題だった。
「僕、魔法が使えるんです」
「それは、『ウォター』でわかったけど、どうして二属性使えるの……?」
「……どうして? どうしてって……どういう意味ですか?」
少女たちが目を合わせた。
「普通は一属性だけだから」
誰だ……そんな間違った常識を植え付けたやつは。
俺は頭痛を堪えるように、こめかみを押さえた。
「ルシアンくんってすごいんだね」
「すごいかどうかはわかりませんけど、僕は迷子じゃなくて、魔法の勉強をするためにここに来たんです」
「そういや、最初、そう言ってたっけ」
ようやく真に受けてくれた。
「でも、ルシアンくん?」
一人が怒ったような表情をする。
「急に魔法を使ったらダメだよ?」
と、注意された。
うむむ。一理ある。制御ができない魔法を使ったりはしないが、何かが原因で制御不能になる可能性もなくはない。紙ほども薄い可能性だが。
力を理解してもらうためとはいえ、びしょ濡れにしたり乾かしたり、髪の毛をボサボサにしてしまったことは謝ろう。
「ごめんなさい」
「うん。よしよし。『ごめんなさい』ができて、偉いねー?」
なでなで、と頭を撫でられた。




