背負った気持ち
数日後、マクレーンとソラルが直々にやってきて、両親に話をした。
二人は、俺の稀有な才能を力説した。決して頭ごなしに話すようなことはせず、両親にわかるように説明をしてくれた。
「ルシアンが生まれる前後で魔法の歴史が変わるかもしれない。それほどなのだ」
「元宮廷魔法士の私も、マクレーン様が仰ることは大げさではないと感じています」
少々大げさな気もするが、魔法学院へ行くための後押しをしてくれているのだと思うと、感謝の念に堪えない。
「魔法学院は、貴族の血縁者が通う場所。授業料などの学費も、それなりに設定されている。だが、安心してほしい。我がデラデロア家が全面的に支援する」
「しかし、それは……」
顔を見合わせる両親は、その点には難色を示していた。
裕福では決してないので、喜んで受け入れると思っていたから、不思議に感じた。
思わぬ展開に、マクレーンが困ったように言う。
「だが……。一般的な農家の収入では……」
「ご両親、ここはマクレーン様のお言葉に甘えたほうが……」
「少し、時間をください」
サミーが言うと、ソフィアもうなずいた。
それからしばらく、両親が何をしているのか、俺にはまったく知らされなかった。
変化があったとすれば、村のみんなが俺に優しくなったことだ。
虐げられていたわけではないが、以前と比べると、よく世話を焼きたがる人や親切にしてくれる人が増えた。
そして、とある日の夕食で、サミーが改まったように訊いてきた。
「ルシアン、魔法学院に行って、おまえは何をなしたいんだ?」
「学院に通って、今の常識を覆す。当たり前とされている魔法を壊す」
「魔法を学ぶのではなく、壊す、か」
ハハハ、とサミーは声を上げて笑った。
今の常識でも、良し悪しがあるはずだから、少なくとも何が常識とされているのかを学ぶ必要はある。
いきなりどうしたのだろう、と俺は首をかしげた。
俺が学院に通うのは反対だったソフィアは、今日は何も言わず、慈悲深い笑みで俺を見つめている。
サミーが、革袋を机にのせた。どちゃっと、重みのある音が響く。
「ルシアン。ここに、三〇〇万リンがある」
「そんな大金、どこから――」
俺が驚いていると、ソフィアが続けた。
「これは、学院に通うためのお金とその間の生活費よ」
学費は、マクレーンに支援してもらうつもりでいたが、生活費のことはまるで頭になかった。
三年間通ううちの一年分だという。残りの二年分は、どうにかするとサミーは言う。
時間をくださいとマクレーンに伝えてから、二週間ほど経っていた。
――まさか。
村中から寄付してもらったんじゃ――?
俺が作った農薬でよく作物が育つようになったものの、それだけでいきなり裕福になんてならない。だから、村の人たちに俺のことを話して回ったんだろう。
貴族の血縁者しか使えない魔法が使える、不思議な子供の話を。
「ルシアン、おまえは、魔法を使えないというだけで足蹴にされて、蔑まれた人たちの希望だ」
俺は、そんな御大層な人間じゃない。
自分の未練のために転生をして、今こうして生活をしていて……。
「ルーくん、大切に使うのよ」
受け取ってくれるか? と優しく言うサミー。
俺はずっしりと重い革袋を手に持った。
中は小銭だらけ。
……魔法学院に通う理由が、さらにできてしまった。
魔法が当たり前のように使われる前人生の時代では、能力に対する不満はあっても、魔法が使えないことに対する不満を持つ人はいなかった。
使えないからといって、差別されることもなかった。
だが、サミーが言ったように、この時代では、差別されている。
特権階級の証として、魔法を学ぶ――。
支配層とそれ以外を明確に分けるための、基準となってしまっている。
だがそんなものは、学問ではない。
魔法は、肩書きのために学ぶものではない。
誰かを見下すために習得するものではない。
もしかすると、こんな世の中にみんな辟易しているのかもしれない。
金持ちからすれば、はした金に過ぎないかもしれないこのお金は、みんなの願いが込められているのだろう。
……道理で重いはずだ。
革袋の中から「この世界を変えてくれ」――そう聞こえてくるかのようだ。
「領主様には、お礼と援助の断りを入れるつもりだ」
マクレーンの申し出を断るつもりだったことに、納得がいった。
特権階級からの施しは受けないという、一般市民としての意地があったのだろう。
「まあ、お金が集まらなければ、援助のお願いを改めてするつもりではいたが……思いのほか、集まった。みんな、ルシアン、おまえに期待をしてくれているんだ」
その気持ちを裏切れるはずもなかった。
……俺が現代魔法を壊す。
その先入観を、現実を、固定概念を、覆す。
誰もが豊かな生活を送るために、魔法が学べる世界を創る。




