魔法学院の条件
この時代では、魔法は精霊の力を借りて発動するもの――というのが常識らしい。
「魔法学院では、そう教えてるのよ」
「ルシアン、魔法学院というのは、魔法を学ぶための場所だ。我がガスティアナ王国では、同様の王立学院が五つ、各地方に存在している」
ふうん。そこが旧態依然とした精霊魔法を広めている諸悪の根源というわけだな。
その魔法学院には、ソラルもマクレーンも通っていたという。
俺の時代では、貴族は魔法使いの家庭教師を雇って個別に学んでいた。学院という便利な教育機関があるのなら、利用しない手はない。
「僕もそこに通ってみたいんですが、どうしたらいいんでしょう?」
マクレーンとソラルが目を合わせて、少し困ったような顔をする。
「……ルシアンは、普通の、村で生まれ育った子よね」
「はい」
「となると、難しいかもしれない。魔法学院に通うためには、貴族の血縁関係である必要がある」
「どこかの子供を拾って養子縁組をして、貴族の子供になったとしても、魔法の才能ナシと判断されてしまうわ」
血筋というのをそれほど大切にしているらしい。
「貴族の血縁者でなければ魔法の才能がないという話ですが、それなら僕はどうなるのでしょう。両親は魔法の素養がまるでない村人です」
ううん、と二人が考え込んでしまう。
貴族でなければ魔法を使えない――その常識は、俺という存在がいることですでに矛盾している。
「あまり聞かない話だが、特例として通える場合もある……らしい。噂程度の確かな話ではないが」
そんなことがあるんですか、と初耳らしいソラルも首をかしげた。
「抜群の才能を示した少女がいたそうで、その子は商人の娘だった。無視するわけにはいかないとして、学院に通うことが許されたらしい。あとあと調べていくと、貴族の遠縁だった、というオチがついたわけだが、ともかく、許された時点では『貴族の血筋に連なる少女』ではなく『商人の娘』として許された」
「では、僕も村人だけど通える可能性がある、ということですか?」
「噂話だからどこまで信憑性があるかは不明だが、もし本当の話なら、ルシアンでも通えるだろう」
「推薦状くらいなら、私、書いてもいいわよ」
「本当ですか」
「イタズラしたことを謝ってくれればね?」
ソラルはフフン、と勝ち気な表情で鼻を鳴らす。
この小娘……クッキーを硬くしたり紅茶を蒸発させたことを根にもっているのか。
「イタズラしてごめんなさい」
「いいのよ! 別に! 私、寛大だから。許してあげる」
……なぜか負けたような気分になる。
「まあ、私の推薦状がどれほどの効果があるかはわからないけれど」
「元宮廷魔法士の推薦なら、そこらへんの魔法使いとはわけが違う。きっと、ルシアンのためになるはずだ」
「ソラルのお姉ちゃん、ありがとう」
「い、いきなり、しおらしくしたってダメなんだから。……ね、ねえ、もう一回お姉ちゃんって言ってみて?」
リクエストに応えて、それから一〇回ほどお姉ちゃんと言ってあげた。
そのたびにソラルは悦に入って、表情を綻ばせていた。
お姉ちゃんと呼んでお願いをすれば何でも聞いてくれそうだ。
俺とソラルが話をしている間、つま先を見ていたマクレーンは何か考えていたようで、視線を上げた。
「ルシアン、魔法学院とは関係なく、デラデロア家専属の魔法使いにならないか?」
「専属の魔法使い?」
「ええええええ!? 専属!? 学院卒でも何でもないのに!? しかもこんなちびっ子に!?」
ソラルが驚いている理由も、専属の魔法使いという意味もよくわからなかった。
「どういう意味ですか?」
「あのねえ。子供だから知らないんでしょうけど、専属の魔法使いってことは、魔法顧問みたいなもので、私みたいにただの家庭教師として雇われるのとはワケが違うのよ」
「オレの相談役のような役回りだと思ってくれて構わない。相談に対して、魔法的見地から意見をもらいたい」
なるほど。
しかし、思いきった人材登用をするものだな。
「ルシアンの話では、魔法はもっと技術進歩をするのだろう?」
「はい。みなさんが知っている魔法の常識というのは、すでに否定されているものです。新常識があって、それをベースに理論を構築すれば、もっと様々なことができるようになります」
「君のように、呪文を唱えなくてもいい、と?」
俺は自信を持ってうなずいた。
「ねえ、ルシアン。『魔法』は、変わるの?」
「はい。変わるはずです。色んな人が使えるようになって、様々な考えをした人が出てきて、試行錯誤を繰り返し、当たり前だった魔法技術は過去のものになって、新しい魔法技術が、今よりもっと世界を豊かにしていくはずです」
それが、前の人生で俺がやり残したことでもあった。
魔法界へ貢献し技術革新を進めるには、まず現在の常識を覆すところからスタートのようだ。
まずは両親に事情を説明してきなさい、とマクレーンに言われ、俺は屋敷をあとにした。
家に帰ると、ソフィアが出迎えてくれた。
「ルーくん、遅かったけど、ちゃんと紙は買えた?」
「うん。買えたよ。それよりも、これ――」
俺は買ってきた紙とは別の、筒状になった紙をソフィアに渡す。
事情を説明したとき、子供の戯言だと思われないように、とマクレーンが書いてくれた手紙だ。
読みながら、信じられないとでも言うように、手紙と俺に目線を往復させた。
「サミー、サミー、ルーくんが――」
呼ぶと、やってきたサミーもその手紙に目を通す。
反応はやはり対照的で、サミーは嬉しそうに目を剥いた。
「ルシアン、おまえ、すごいじゃないか!」
魔法界のためにもルシアンを魔法学院へ通わせたい、ということ。そのため援助を惜しまない、ということ。手紙の内容を要約すると、この二点が書かれている。
「おかしいわよ。貴族しか通えないはずよ」
「そんなこと、領主様が一番よくわかっているだろう。それでも、ルシアンを通わせたいと仰ってるんだ」
「そんな……。まだ五つなのよ?」
ソフィアは、俺のことを心配してくれているせいか、不安そうだった。
俺の口からも説明をした。
魔法についてもっと学びたい、魔法学院に行けなくてもマクレーンが専属として雇いたいと言ってくれていると。
「オレたちの子を信じよう」
悲しそうな顔をするソフィアを、サミーが抱きしめた。喜んでくれたサミーですら、少し寂しそうな表情をしている。
両親に迷惑や心配をかけるつもりはないが、俺のことを想ってくれることは素直に嬉しかった。




