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500年後の魔法


 ガタゴト、と揺れる馬車の中で、俺は現代魔法についてマクレーンから話を聞いていた。


 マクレーンから「詳しく話を聞かせてほしい」と頼まれたので、今屋敷へと向かっている。


 用事が済んだら真っ直ぐ帰れとソフィアに口酸っぱく言われていたが、向上心を持つマクレーンの気持ちを無視するわけにはいかなかった。


 俺や両親が住む村の領主でもあるマクレーンは、貴族の嗜みとして幼少期から魔法を学んでいたが、もっと上手くなりたいという思いから、最近また魔法学を学び直しているそうだ。


「少なくとも、オレが知っている魔法というのは、精霊に呼びかけ、魔力と引き換えに魔法を発動させるものだ。オレが、というより、それが世界的な常識だ」


 なるほど。

 やはり、俺が前人生で提唱した精霊不在説というのは、どこかで握りつぶされたらしいな。


 向かいの席にマクレーンと執事が座り、俺の膝の上ではロンが健やかに眠っている。


「ルシアン坊ちゃんは、一体魔法をどこで教わったのです?」

「ええっと、それは、まあ、色々あって」


 執事の質問を誤魔化しているうちに、ふと疑問を思い出した。


「貴族の方しか魔法を使えないというのは本当なんでしょうか」


 当然のように二人がうなずき、マクレーンが続けた。


「ルシアンのあれは、魔法ではないのでは、と思っていたが……」

「いえ、あれは――」

「わかっている、魔法だというのだろう?」

「精霊に呼びかけもせず、呪文を唱えることもなく、あんな力を使うなど……ルシアン坊ちゃんはまさか精霊様の化身なのでは」

「両親がいる普通の人間の子供ですよ」


 と、謎の子供精霊説を否定しておく。


「やはり、まだ未熟なオレでは判断ができない。先生にも同じ話をしてもらえないか?」

「構いませんよ」

「ルシアン坊ちゃん、礼儀も言葉遣いも正しく……ご両親が立派に育ててくださったんですねぇ」


 うんうん、と執事は好々爺然とした表情でうなずいていた。目線が孫を見るそれだった。


「どうして貴族様しか使えないのでしょう」

「それは血筋だ、と。血縁が魔法の才能を左右するためだ、とオレは聞いている」

「然様でございます」


 血筋?

 魔法の才能に血縁は無関係だ。

 魔法を一部の人間にしか使えないようにする、というような、恣意的なものを感じる。


 誰だ、そんなことをしたやつは。俺がやろうとしていることと、まるで逆ではないか。


 俺の魔法技術や知識を伝える――それは、魔法界に貢献し、魔法技術を発展させる狙いがある。

 そうなるには、色んな人間が魔法を使えるようになったほうがいいのだ。


 様々な魔法の見方、考え方、それに対するアプローチ。


 一部の限られた人間が頭を悩ませるより、魔法を使える様々な人が考えたほうが技術は進歩する。


 そのはずなのだが……。


 本来進歩するはずものものが進歩していない――それを神様は危惧していたのかもしれない。


 俺の考えを広めるためには、まず閉鎖的な魔法に対する考え方から改める必要があるようだ。




 馬車に揺られること三〇分ほどで、マクレーンの屋敷に到着した。


「ルシアン坊ちゃん、お時間はまだ大丈夫ですか?」

「紙を買ったら真っ直ぐ帰るように、と母に言われていますが、日没までに帰れば問題ないと思います」


「……日没までに?」


 執事は太陽が傾いた空を見上げる。日暮れまであと一時間ほどか。

 町へ向かったときのように飛べば、家まで三〇分もかからず帰れるはずだ。


「無理を言ってしまってすまないな。ルシアン。ネルタリム村だったか? それなら、馬車でも少し時間がかかってしまう」

「はい、すぐにお送りしなくてはご両親が心配なさいます」

「いえいえ、お構いなく。一人で帰るほうが早いので」


「「?」」


 さっぱり意味がわからない、という二人の顔だった。


 屋敷に入ると、主の帰宅を出迎えた使用人に上着を預け、「こっちだ」と先導するように廊下を進む。

 貴族の家というのは、どの時代でも似たようなものらしい。

 俺が知っているそれと大差はない。

 ただ、田舎なので、都の貴族と比べれば質素なほうなのだろう。


 応接室に入ると、執事が一礼する。


「では、わたくしめはこれで。ここへいらっしゃるように、先生にお伝えいたします」

「視察の付き添いご苦労だったな」


 いえいえ、と首を振って、去っていった。


 先生……。たしか宮廷魔法士の職に就いていたのだったな。


 お茶と茶菓子のクッキーが出されロンと食べていると、扉がノックされ外から少女の声がした。


「マクレーン様、ソラルです」


 マクレーンが入室を促すと、ソラルと名乗った少女が入ってきた。

 金髪碧眼の目鼻立ちの整った少女だった。一四、五歳といったところか。


 マクレーンが俺との事情を説明すると、ソラルはこっちを一瞥して鼻で笑った。


「あり得ません」

「とは、オレも思うのだがな」

「精霊の力なくしては魔法は発動しません。もしそれを『魔法』だと言い張るのであれば、マクレーン様、ペテンを疑ったほうがよろしいかと」

「子供がわざわざ?」

「うっ……それは…………そ、そうです!」


 引っ込みがつかなくなって開き直ったのがわかった。


「きっと、マクレーン様に取り入るために、準備を進めていたのです」


 なんという濡れ衣。


「この子の使った『魔法』とやらは、手品、ペテンの類いなんです」


 ……ここまで言われるとはな。


 前人生でも言われたことはついぞなかった。俺の魔法を、ペテン、手品だとコケにされたのははじめてだ。


「フフ、いいだろう、小娘。そこまで言うのなら見せてやろう」

「なぁーにが小娘よ。私よりも年下のませガキちゃんが」


 ませ、ガキ……だと!?

 俺の気持ちを代弁するように、ロンがソラルに向かって鳴いている。


「ロロン! ロン!」

「何この子、可愛い」


 ロンの癒し力に目を奪われている隙に、俺は魔法を発動させた。


「お、おほん。ともかく。マクレーン様、惑わされないでください」


 俺の力を目の当たりにしたマクレーンは、納得いかなさそうだ。


 ソラルがクッキーを手に取り口に運ぶ。


 ガキ、と硬質な音がし、手元のクッキーを見つめた。


「硬っ!? 何これ!?」

「宮廷魔法士サマも、大したことがないらしい。『硬質化』の魔法も見抜けず、そのクッキーを食べようとしてしまうとは」

「え、『硬質化』……?」

「土属性の初歩だ」

「し、知ってるわよ、それくらい! でも、その魔法で、こんなに硬くなるなんて……」

「驚いたか」

「お、驚いてないわよ……!」


 顔は十分驚いているぞ。


「しょ、しょーもないイタズラしないでよね……いつの間にそんな魔法を……。まったく」


 気を取り直すように紅茶の入ったカップを手に取る。


「『焦熱』」


 火炎魔法を発動させると、ソラルのカップに入った紅茶が瞬時に蒸発した。


「な、な、な、何よこれぇぇぇ!? 『焦熱』って、もっと大規模な効果範囲が相当広い魔法よ!? それをこんな子供が、一瞬で使うなんて」


「魔法の才能に年齢は関係ない。それと、『焦熱』を広く大きく使うのは、バカでもできる。精緻な魔法制御能力があれば、ピンポイントに仕掛けることも容易だ」


「嘘……」


「謝罪してもらおうか。俺の魔法をペテンだの手品だのと貶めたことを」


 うぐぐぐぐ、と悔しげな表情をしながら、「ごめんなさい」とソラルは謝った。


 俺が魔法をかけているのも忘れて、ソラルはまたクッキーを口にして、「硬いっ!?」とまた驚いていた。


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