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第7話 はじめての場所へ

 またもパトカーのサイレンが近付いてくる。

 集合住宅でこれだけの大乱戦だ。通報されるに決まってる。


「なんでココがクランズマンにばれたのかわからないけど。移動した方がいいみたい」


 マンサクの糸を手繰るのをやめるリン。四肢を再形成したふわふわ獣毛の狸は、太った体格とは真逆の軽快な動きで、たんと床に降りる。

 リンは奇跡的に損傷一つないクローゼットを開けると、急ぎ服を取り出した。


 季節感からはずれた秋物のコートを身に着ける。

 今の衣装はぼろぼろだが、悠長に着替えなおしてる時間はないという判断なのだろう。


「ヒノト、ごめん。男物はないから、途中でなにか買おう。夜伽に合う服も」


「妾は大丈夫じゃ。血で汚れた袴もこのとおり」


 夜伽がぱんと袴をはたくと、一瞬で汚れが消える。真新しい袴になっていた。

 どうやらお布団の付喪神である彼女が、布を使う能力で生み出した服らしい。というよりも、服もまた夜伽という存在の一部なのだろうか。


「ということは、半裸なのは俺だけか」


 苦笑する。黒騎士の斬撃により負傷した肉体は神の加護により治っていたが、破れた服はそのままだ。とても街中を歩ける恰好ではなかった。


「急ぐポコ。パトカーがマンションの敷地に停まったポコ」


 階下を監視していたマンサクが急かす。リンと夜伽が頷き合う。いつの間にか以心伝心のふたりに、ヒノトは困惑する。なに意思を通じ合ってるの?


「急ごう。ベランダから飛び降りよう」


 言ってリンは即座にマンサクを紐解くと、十指に纏いなおす。全員分の靴をそれぞれの足元に引っ張ってくる。リンはブーツを履くと、二、三度床を蹴りつけ履き心地を確かめる。


 突然駆けだすと、折れた柵を踏み越えてダイブ。夜伽もあっさり続く。


「え? ここ五階じゃなかったっけえええええええ!」


 叫ぶ。ヒノトに知らされないうちに、全身にマンサクの糸が絡みついていた。説明して飛び降りさせる覚悟を決めさせる時間をリンは惜しんでいたのか、問答無用で引っ張られる。


 部屋を抜けベランダから飛び出し空中へ。ふわっとした感覚がしたかと思うと、猛烈な勢いで落下を開始。

 先行しているリンをぐんぐん追いかける。ついでに地面がずんずんせまる。風が耳元でぎゅるぎゅる鳴っている。がんがんぐんぐんずいずい下降中!


 というか真下はコンクリフル造りに見えるんですが!

 落ちてぶつかる! トマトみたいに潰れて破裂する! いろいろ飛び出ちゃうううううう!


 あ、いつの間にか闇が晴れて月がでている。

 実はきれいな満月だったんだなあ、と現実逃避してると下方でリンが叫んだ。


「夜伽、任せたから!」


「おうともじゃ。任されたのじゃ!」


 下を見ると、落下地点に白い布が膨らんでいく。厚さとふっくらさを増したそれは、お布団だとわかった。

 夜伽が自分の能力でぼわんとお布団を呼び出し、落下の衝撃を受け止めるためにクッションとして展開したのだ。


 リンと夜伽は、アイコンタクトだけでやってほしいこと・やるべきことを伝え理解していた。気付かぬはヒノトだけだった。


 ぼふーん、という柔らかな感触のなか、ヒノトは無事地面についた。

 と思ったが、糸で振られたぶん、ヒノトの落下速度はふたりを上回っていた。お布団の奥底まで減り込むと、バネ仕掛けのように反動で吹っ飛ばされる。放物線を描いたヒノトはそのまま茂みにどざざざと飛び込み草と木の汁に塗れた。


 今度はあらかじめ説明してくれ。ちゃんとすぐ覚悟するから。

 頭を下にしてヒノトは独り言ちた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 二十四時間営業しているディスカウント店に立ち寄った。リンは衣服を買い込み人目を憚りながら出てくる。駐車場の陰で待っていたヒノトは荷物を受け取ると、いそいそと着替える。


 クレジットカードや電子マネーは足跡が残る。もっとも匿名性が高い支払方法は、結局のところ現金だ。

 電子取引から位置を追跡されるのを嫌ったリンは、自腹で服を揃えてくれた。深夜なのでATMは開いてない。手持ちの現金が減るのを惜しみ、買ってきたのはヒノトのぶんだけだった。


 二件立て続けであった騒ぎからか、周囲を巡回しているパトカーを尻目に移動を開始する。


「次はどこに行く? クランズマンから身を隠せそうな場所は?」


「親しい人以外、誰も知らないはずのセーフハウスで襲われた。情報が洩れているのかも。あらかじめ用意していた部屋は、安全が確信できるまで使えない」


 路地裏の闇に紛れながらリンは答える。


「公園とか駅だと、パトロール中の警察に見咎められるかも。個室ビデオ店へ行こうか。ホテルよりも店側の監視は緩いし、ネットカフェみたいに身分証のコピーはされない。とりあえず寝床は確保できる。狭いだろうけど、なんならシャワーも使えるところ知ってるし」


 ヒノトは頷き、再度移動を開始する。


 世間知らずのヒノトは知らなかった。

 まさか、個室ビデオ店があんなに摩訶不思議な場所だったなんて。


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