表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/9

第1話 付喪神


 生源寺 丁(しょうげんじ ひのと)は日課の床オナをすべく、パンツ一丁になった。


 床オナと言っても、なにも固いフローリングに陰部を擦り付けるわけではない。ヒノトはお布団派だ。


 ティッシュを股間の定位置にセット。トイレットペーパーを使うという人間もいるが、精通前からの床オナ歴15年のヒノトに言わせればそんなのはエアプだ。トイレットペーパーは溶けるが、枚数を重ねたティッシュは頑強に耐えるからである。


 万年床に入り、寒くないように毛布を引っ張り上げる。タブレットを起動し、おかずを選ぶ。

 ありがとうファン●さん。俺は巨乳姉モノ好きなので、今日は●魔忍にしようと思います。それと、リリ●さん、スマホゲーとかRPGとかアクションとか、なにかと忙しいと思いますが、なるべく早く続編が出ると嬉しいです。


 床オナの神髄は、陰部をぐいぐいするにあらず。裸になった上半身の、乳首を敷布団で同時に刺激して楽しむのが肝要なのだ。手を使うようなことはしない。お布団の圧迫感でイクのが至高なのである。


 ぐいぐいぐいぐいぐねぐねぐねぐね。


 うつぶせのまま、両親にはとても見せられない奇妙奇天烈摩訶不思議な動きを開始。


 ちなみにヒノトは名前が原因でよく寺生まれのTさんなどとからかわれるが、父親は立派な地方スーパーの店長だ。

 そんなことを考えていると、果てる瞬間に脳裏に父親の会社にいる禿部長の顔がチラつく。オナニーしてる時に、よくわからん知人の顔が浮かぶこの現象には名前があるのだろうか。


「うっ……ふう」


 10分ほど床オナを楽しみ、ヒノトはパンツのなかに放出した。


 じゅうぶんにぬぐい、ティッシュはゴミ箱へ。少し敷布団にも飛んだが見なかったことにする。スマホのオナニー管理アプリに日付と回数と使用素材をメモ。そのままお布団を抜け出すと、脱衣所へ向かう。独り暮らしは、オナニーするときは便利だ。誰に気兼ねするでもないからだ。ちょっと濡れてしまったパンツを洗濯機にぽいと入れると、シャワーを浴びるために風呂場に入った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 シャワーを浴びたヒノトが三日目のバスタオルで体を拭きつつ部屋に戻ると、美少女が正座して待っていた。


「え、はい? きみだれ?」


 ぶらぶらしたまま尋ねる。

 実は内心ビビる。黒髪黒目でぱっつん前髪ストレートロングの和装袴編み上げブーツの和風美少女が、ひとり部屋にたたずんでいるのはどう見てもホラー以外の何物でもない。というかブーツ履いたままなのは最低限やめろ。


 切れ長の瞳をすいと細め、頬を赤く染めながら彼女が口を開く。


「ヒノトが精(物理)を注ぎ込んでくれたおかげで受肉したのじゃ。新しい命が(わたし)に宿ったのじゃ。認知するのじゃ」


「えーと、なにを言ってるかわからない」


「妾はお布団の付喪神、暮露暮露団(ぼろぼろとん)という。鳥山石燕の『百器徒然草』にも描かれている由緒正しい妖怪じゃぞ」


 はい、妖怪? 妖怪って説明不要のあれだよね? 闇に息衝くあれでしょ?

 え、なに実在してたの? 嘘だろ? こんな和風美少女が妖怪なの?


 現実が理解できず脳内で渦がぐるぐる巻く。


「えっと、俺はどうすればいいんだよ」


「付喪神は年経た物に宿る生命。持ち主に認知されることにより、その存在をより確立させるのじゃ。つまりは妾の主人はお前じゃ。主様(ぬしさま)よ、ほれ、新たな生命を認知せんか」


「あー、そう。でも俺、君みたいな貧乳より巨乳姉属性の方が好きなんだけど」


「せんべい布団の付喪神なんじゃから仕方なかろ!」

 

 思わずポロリとでたヒノトの本音に自称付喪神がいきりながら反論する。


 しまったニト●で買ったお布団セットだからまずかったのか。お布団の付喪神の胸の薄さは綿の薄さに連動しているとは。フランスベッドとかにしておけば金髪巨乳外人の付喪神だったんだろうか。そっちにすればよかった。


「主様は妾を認知せぬのか?」


「認知と言われてもなあ」


「ひどい! あんなに妾に腰を振っていたというのに!」


「お布団で床オナしてたんだからしょうがないだろ!」


「ひとでなしー! 夜伽の果てに生まれた新しい命を認知せぬのかー!」


「夜伽といっても語られた話はエロゲーだけどな!」


 フローリングにころがりジタバタジタバタ暴れる自称付喪神。妖怪というより駄々っ子か!


「あと、でかい声を出すな! 隣の部屋の人に誤解される!」


 さて困ったぞ。いきなり部屋にいて、妖怪を自称するこの女の子の存在を認めても良いのだろうか。

 そういえば、たしかに万年床のお布団は消えている。ということは彼女が付喪神というのは本当で――。


 ドンドンドン! と玄関ドアが激しく叩かれる。思考を中断。うるささに壁ドンされたのかと思ったが、ノックの音だった。古いワンルームアパートなので、インターフォンはとっくの昔に壊れているからしかたなしに叩いているのだろうが、それにしてもずいぶんと乱暴なノックだ。

 外からくぐもった声がした。


「こんばんは、NHKです」


 うわ、こんな夜に集金人かよ。居留守をしようかと思ったが、今の彼女との会話を聞かれてしまっただろうか。なにせレオパ●ス伝説並みに壁の薄いアパートなので、隣人がティッシュを取る音すら聞こえるくらいなのだ。

 いるのはバレてるに違いなかった。


「うちテレビないんすよー」


「主様、異様な気配じゃ。でるでない!」


 異様なのはお前だろ! と内心ツッコミながらヒノトは玄関に向かう。とりあえずバスタオルを腰にひと巻き。狭い部屋だ、見てもらってテレビがないことを確認してもらえば集金人もすぐ帰ってくれるだろう。ついでに声からすると集金人は女の人のようなので、半裸で応対して風呂の途中をアピールすれば効果的だろう。


「非実在・性存在を検知しました」


「はい?」


 扉の向こう側から、言葉とともに軋んだ音がする。

 視界が斜めにぶれた。半裸に柔らかい感触。見れば、付喪神の彼女がヒノトに体当たりして押し倒していた。


 その瞬間、ドアが真っ二つに吹き飛んだ。金属製のドアが宙を舞い、轟音とともに部屋の奥に突き刺さる。


 ぞっとする。切断面が鋭利だ。あんな物が自分に直撃していたらと思うと、肝が冷えた。


 キィィィンというモータ音を立てながら、なにかが部屋に上がり込む気配がする。


 それは、黒尽くめの女だった。全身が漆黒の金属光沢に包まれ、上腕部から刃を生やしている。ドアを叩き切ったのはこの刃か。そしてなにより恐怖感を煽るのが、無貌の顔面だ。つるりとした卵型で表情はいっさい無く、まるでマネキンのようだ。


「次から次へと、なんなんだよ今日は」


 呻く。何が起こっているかまったく理解できない。付喪神を自称する女の子に、アンドロイドじみたマネキン。床オナから始まって何が一体どうなった。


 実は床オナ中にテクノブレイクして死んで、異世界に転生でもしてしまったんだろうか。オナニー死とはまた失笑ものだ。トラックに轢かれるよりなさけない死に方だ。


 周囲に舞い落ちる羽毛に目が向くと、意識が現実に引き戻された。


「状況開始。非実在・性存在を排除」


 マネキンから聞こえた声は、NHKを自称した声と同じものだった。マネキンがヒノト目掛けて刃を振るう。躊躇いが一切ない、無慈悲な一撃だった。金属製のドアを一撃で叩き切ったのだ、あんなものが人間に直撃すればひとたまりもないのは明白で。


 あれ? これ俺死ぬんじゃね?


「聖浄位帯!」


 死の感覚に支配されていると、付喪神の少女が叫んだ。刃とヒノトの間に真っ白な壁が構築される。これは布……いいや違う、シーツだ! シーツが伸びあがり、刃を絡めとる。

 だがシーツと刃では勝負は明らかだった。一撃をほんのわずか遅らせただけで、触れる端から切り裂かれていく。


「なんということじゃ。お布団の絶対守護領域性が失われておる。これは、呪●のせいか。あの映画のせいで、人々がお布団の聖域性を疑っておるから、妾の防御力も衰えておるんじゃ」


 かや●か! か●こが悪いのか! ヒノトはホラー映画苦手なのでその作品を見たことはないが、もはや貞●と並んでキャラクター化してる怨霊のことは知っていた。

 たしかに●やこはお布団の中にも入り込んでくるよね! ●怨の放映前までは、ホラー映画を見てもお布団を頭から被ってれば安心してられたけど!

 きみなんか無茶苦茶なこといって責任転嫁しとらんか? というツッコミは言葉にならなかった。


「下がるぞ、主様」


「どわあ!」


 少女のものとは思えぬ膂力で、ヒノトは首根っこを掴まれた。浮遊感。宙を舞い、一気に五歩ほど下がる。刃を避けきった。

 だが狭い部屋だ。それ以上の逃げ場はなかった。


「行動続行」


 マネキンが無貌を向け、頭部の奥底から電子音を発する。


 ヒノトの傍らで、付喪神の少女が膝をついた。


「おい、急にどうした。大丈夫」


 言いかけて口を閉ざす。

 付喪神の少女の左腕が肩から失われていた。最初にヒノトを押しのけたときに、飛んできたドアに切断されたのだろう。


 傷口からは、血の代わりに羽毛が舞い散っている。さっき見た羽毛と同じものだ。


 ヒノトが万年床にしていたのは、ニ●リで買った布団セットだ。

 だが、掛布団だけは奮発して羽毛布団にしていたのだ。付喪神を自称する少女の傷口から零れ落ちるのは、間違いなく羽毛布団の中身だった。

 なら、この和風美少女は、本当にお布団の付喪神なのだ。


 傷口から羽毛をまき散らしているさまは、人のそれとは違いおよそ負傷らしい負傷には見えなかったが、やはり辛いのだろう。人間ならば重症なのだから、当然だ。膝をついた少女は、美しい面を苦悶に歪めている。


「すまぬ、主様。目覚めたばかりで力が足りぬ。これ以上は妾には無理じゃ」


 別に謝ることじゃあ、と言いかける。

 マネキンが動く。刃がぎらりと陰惨に輝き、ふたりまとめて切り裂こうと翻る。


 思わず付喪神の少女を庇って立ちはだかる。

 意味のない行為だ。そんなことはわかっている。


 それでも、傷ついた彼女を守らずにはいられなかった。


「やめろ!」


 恐怖心か、反逆心か。どちらともつかない感情で叫ぶヒノト。

 鼻先に刃の先端が触れ、うっすらと皮膚を切り裂き。


 眼前で、がくんと刃が停止する。まるでそれは、突然何かに引っかかったかのような急な動きだった。


 目を凝らす。部屋のなかに、知らないうちに縦横無尽に何かが巡っている。


 糸だ。ぱっと見には気が付かないほど細い細い糸が、蜘蛛の巣を思わせ伸びている。マネキンの全身に、黄金色の糸が何本も絡みついていた。部屋中に張り巡らされたそれが、四肢を封じているのだ。


「動けないでしょう? 一本で100キロ、寄り合わせれば戦車すら持ち上げられる。首吊り狸の絞首ロープを形成する繊維に絡めとられたんだ、たとえ人工筋肉でよろった貞潔守護兵器といえども脱出できないよ」


 ウィスパード・ボイス。ハスキーな少女の囁き声がする。


 次から次へと。一体何なんだ。事態の推移を呆然と見守るヒノト。


 いつの間にか。玄関には、明るい髪色をしたツインテールの少女が立っていた。


 細眉を引き締め、凛々しい表情をしている。首には黒いチョーカー。とびきりの美少女だが、こちらもまた残念なことにやたら薄い胸をしていた。

 泰然としている様子が、却って隙無く状況を伺っているようだ。構えた両手それぞれ五本の指から、糸が伸びているのが辛うじて見えた。

 剥き出しの白い肩には、毛むくじゃらの生き物が乗っている。


 狸だ。狸を連れた、クールそうな少女だった。


「騒ぎを聞きつけて来てみれば、やっぱりお前たちか――ノー非実在性存在クランズマン、通称NHK。5Gの帯域を優先使用できるお前たちが、貞潔守護兵器のセンサーを通してリアルタイムで聴いているのはわかってる。だから、覚えておいて」


 ツインテールの少女が両手を軽やかに振るうと、連動し部屋中の糸が動く。締め付けが増し、マネキンは一瞬でバラバラになった。凄まじい切れ味のワイヤーで切り裂かれたようだった。


「私たち『ナニをこく自由を十全に守る会』は、絶対に屈しない。妖怪たちの力を借りてもね」


 転がった無貌を踏みつけ、ツインテールの少女は情念を込め宣言した。


 これが、ヒノトと妖怪たちとの出会い。

 そしてノー・()非実在性存在・()クランズマン()と、オナニーの自由を守る者たちとの戦いに巻き込まれた日の始まりだった。


「ところできみさ」


 ツインテールの少女が、藍の瞳でヒノトを冷ややかに眺める。


「はい?」


「貞潔守護兵器はね。非実在・性存在を使用したオナニーの脳波に優先して反応するから、二次元で自慰行為してるところを襲われたんでしょうけど――チンブラしてないで、パンツでも履けば? 皮が余ってるのは、見てて気持ちの良いものじゃないから」


 いつの間にか、ヒノトは全裸になっていた。

 バスタオルは斬られたドアにより壁に突き刺さっている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ