死を誘う匂い02
「⋯⋯ッ。またか。やっちゃったなぁ」
体を起こす。体の節々がパキパキ鳴った。
周りを見てみる。小部屋で壁や床は茶色。部屋の中央にカーペットが敷かれている。窓から差し込む光が心地良い。昼過ぎぐらいだろうか。ベットから少し離れた場所にドレッサーがある。あの中には俺にはよく分からない道具が詰まってる。
手でベットを押してみる。うん。いつもの感触だ。
恐らく、ここは先生の家だ。先生が大学からわざわざ運んでくれたんだろう。
「せんせー。今回はどれぐらい寝てました?」
顔をドアの方へと向けて、声を大きめに出す。すると、控えめな足音がこちらに近付いてくる。
「おや、起きたか。今回は1時間程だ。段々と短くなってきているね」
ドアが開いて声の主が姿を現す。腰まで届きそうなサラサラの金髪。整った顔立ち。そして、何よりも──小さい。全体的に。主に背が。
「おい、今失礼な事考えてたろ。火達磨にしてやろうか」
先生は両手に火を出して俺に近付けてくる。
「ちょっ!憶測でそういう事するのは駄目ですって!!」
全力で先生から逃れようと逃げる。
「ふむ、それもそうか。すまなかったね」
先生は火を消して俺から離れる。ふぅ、危ねぇ。
「あ、そうだ。女の子いませんでした?こう、リスみたいな雰囲気の」
俺はようやく思い出す。変なヤツに憑かれてた女の子を助けて、しくじってしまったのだ。最後が閉まらない男だな、俺は。
「あぁ、その子なら、えーとえーと。あった。これ」
先生が差し出した紙切れを受け取る。そこには15個の数字が並んでいる。
「電話番号ですか?」
「そ。私が出向いてやっても良かったがどうせ君がやりたがると思ったからね。聞き出しておいてやった」
先生は俺の性格をよく分かっている。伊達に10年近くの付き合いと言う訳でも無い。
「じゃあ、もう行きますね。問題を解決するなら早めにね」
「では、いってらっしゃい。すぐに戻ってくるなよ」
俺は先生にお礼を告げて部屋から出て、玄関へと向かった。
大学に着いてすぐに食堂に向かう。移動中に電話をかけて会う場所を食堂にしたからだ。
にしても先生の家は大学から遠すぎる。瞬間移動できる先生はずるい。
食堂に着くと、既に例の子は着いてた。
「ごめん。待った?緋野さん」
電話で名前を聞いていた。実は駅の中で電話してて、よく聞き取れなかったから少し心配だ。
「い、いや。別に⋯⋯」
この反応なら間違えてないっぽい。良かった。
緋野さんの向かい側に座る。顔をみて見ると真っ青だ。
「大丈夫?顔色良くないけど」
「あ、いや。その、あなたが、えっと、怪我とかないのかなって」
女の子はおどおどしてる。うん。リスと言うより叱られた犬っぽい。
「俺は大丈夫!怪我なんて10年間してないよ」
「10年間⋯⋯?」
オット、これ以上は話が脱線しすぎるな。閑話休題。
「まぁ、俺の話は置いといて。君の話をしよう。えーと、一応聞くけど、今は死にたいと思ってないよね?」
「え、うん。全然思ってない」
よし、良かった。まぁ、今は彼女の体に何も憑いてないから大丈夫だと思ってたけど、念の為の確認だ。
「じゃあ、本題に入ろう。恐らくだけど君は誰かに魔術で自殺させられそうになった。つまり、これは事件だね」
「え、そう、なの?」
緋野さんの顔が驚きに染まる。当然だろう。
「俺はちょっと特殊な力が使えてね。それで君の異常に気付けたんだ」
緋野さんは頭にはてなマークを浮かべる。急に特殊な〜〜なんて言われてもピンと来ないだろうが、まぁ別に分からなくても困らないからいいや。
「別に説明しなくても分かると思うけど、現代は様々な魔術が発展して生活が豊かになったよね。でもそれは同時に個人がとても危険な力を持てるようになったって事だ。いくら法で縛っても大きな力を持った者はその鎖を容易に引きちぎる。今回みたいにね」
緋野さんは理解の色を示している。
「まぁ今回の犯行は直接的な破壊がない分ありがたいけど、あともう少しで人が死ぬところだったし笑えない」
「そう、ね」
緋野さんは身を縮める。当然だろう。死ぬかもしれなかったのだ。
「さて、じゃあ聞くけど誰かに恨まれてるとか無いよね?」
こういう事件はまず聞き込みからだ。今はあまりにも情報がないからな。
「無い、と思う。それに私、友人とかもいないから」
「ふーむ。そいつは参ったな。誰かに付きまとわれたりとかもしてないよね?」
「無い、と思う」
参ったな。これじゃ話が進まない。あの時は一瞬すぎて色とか形とかもあんまり見てなかったからなぁ。
「うーん、じゃあ飛び降りる前に誰かと話したりしてない?もしくは手を握ったりとか」
他人の精神を操るような魔術は高度だ。もし使うなら体に魔法陣を忍ばせたり、会話で直接刷り込むのが常識だ。
「ないと、思うけど。あ、でも」
「でも?」
「屋上に行く前に講義を受けてて、その時にペンを拾って貰ったんだけど、関係ないかな?」
ふむ、それは一考の余地ありだ。ペンに魔法陣を組み込ませて、それに触れたら魔術発動。全然有り得る。
「ペン拾ったヤツの顔覚えてる?」
「微妙だけど見たら分かると思う」
よし、それならいける。
「次の同じ講義はいつ?」
「えっと明日の3時限目」
「決まりだ。場所は?」
「第4講義室」
「明日の3時限目が終わった後に2人でそいつに事情聴取だ」
かなり事件が進んだ。何とかなりそうだ。