死を誘う匂い01
そうだ、死のう。人生に疲れた。何故か今唐突にそう思った。思ってしまった。そこからは早かった。
大学の校舎の屋上は普段は閉まっているのだか、何故か今日は空いてた。好都合だろう。
「よし、死のう」
声に出して屋上を歩いていく。そして遂に屋上の縁へと足をかける。覗き込むと予想以上に高くてクラクラする。
まるで地面が呼んでいるかのようにユラユラ揺らめく。
そして、体が傾きかけた時だった。
「待ちなよ。君、憑かれてるよ」
そんな声が私を呼び止めた。
ゆっくりと振り返ると、ボサボサのくせ毛に赤のパーカーを着た青年が立っていた。
「ごめん⋯⋯なさい。私、死ななきゃ」
そして私は、勢いよく屋上から飛び出した。
「ちょ、あぁもう!」
声と同時に私を追うように青年も屋上から飛び出してきた。
そして、気付く。何故私は死のうとしたのだ。怖い。死にたくない。どうしてこんなことに。感情が一気に溢れだしてくる。
「し、にたく、ない」
私は極限の恐怖の中、重力に引かれながら弱々しく呟いた。
「絶対に、君を助ける」
いつの間にか、先程の青年が私の目の前まで来ていた。
「どうして、どうしてあなたも来たの?特殊な魔術が使えるの?」
私は問うた。そうしなければならない。今から私達はおそらく死ぬ。この青年の最後の言葉を聞かなければならない。
「何故って、そりゃあ」
彼は1度区切り、そして顔に笑顔を浮かべて叫んだ。
「俺が君を助けたいから!!」
青年は力強く私の体を抱きしめる。全身を打つ風の中で温もりが私の体へと染み入る。
「ぉぉおおおお!!!」
青年はそう叫ぶと校舎の方へと手を伸ばす。彼の手が校舎に触れる。バチンっ!と手は弾かれるが青年は何度も繰り返す。手は校舎触れ続け、血にまみれていく。
「うおおおぉぉおおりゃあああああ!!!」
叫びに連動して、青年の腕周りの筋肉が隆起。私を抱きしめる力も強まる。
ガクンっ!!と体にかかる重力が強まり、苦鳴が漏れる。
ありえない事に、青年は魔術を使った訳でもないのに人間1人を抱えたまま、出っ張った窓の段差の部分を掴んでいた。
「な、んとか、なった」
青年は呟く。その横顔には疲労が滲んでいる。
下を見ると4階の辺りまで落ちていた。確か、屋上が16階だったから随分と落ちている。
宙ぶらりんの足が恐怖を煽る。全身の震えを止めることは不可能だった。
「引き上げるよっと」
青年が片手で私と自分をゆっくりと持ち上げていく。出っ張りの部分へと膝をつき、青年は立ち上がる。
「これ、窓空いてないな。ここの部屋に人も居ないし⋯⋯仕方ないか」
そう言うと青年はガラスを殴る。パリンと音を立てて、容易く割れる。手を伸ばして鍵を下に下げて、窓を開ける。
「ほいっと」
青年は私の体を部屋の中に投げ込む。
「きゃっ」
短い悲鳴が私の口から漏れる。思ったより痛かった。
「君を助ける事が、出来て良かった。てあれ?」
青年が私にそう言った瞬間だった。風が吹き込み、彼の体が大きく傾き、そして遂には──
「だぁぁぁぁああああ!?」
落ちた。あまりに呆気なく。
私は急いで立ち上がり、窓枠から乗り出して下を見る。
「い、いやぁぁぁあぁぁぁ!!」
見て、しまった。地面へと打ち付けられた。青年の姿を。頭から溢れ出す血がパーカーの赤を黒へと変換していく。地面にも広がっていき、残酷な光景を作り出す。
私は蹲り、頭を抱える。
「私のせい、だ。私なんかを助けようとしたから⋯⋯彼は」
絶望に包まれていた。私は、人の人生を奪ったのだ。命なんて、どうやったって償いきれない。どうすればいいんだ。
とにかく、彼の元へ行かなければならない。私は、自分へとそう命じて、震える体を無理やり立たせる。
「行かなきゃ⋯⋯」
そして、私は震えながらも部屋を出た。
校舎の中を震えながらも歩む。すれ違う人達が私を見て心配そうな目線を送ってくる。しかし構っている暇はない。
校舎の正面玄関を通り抜け、裏側へと回る。そして、遂に彼の元へとたどり着く。
私は口元を手で覆い、悲鳴を漏らさない様にする。
彼は地面へと打ち付けられたままだった
私は彼の状態を確認するため近付く。そこである事に気付き、疑問を覚えた。
「血が、無い?」
そう、先程まで彼と地面を真紅に染めていた血が今はないのだ。まるで時間が巻き戻ったみたいに綺麗さっぱりと。
私は1歩ずつ、ゆっくりと彼への歩を進める。1歩、1歩、1歩、1歩、1歩。ゆっくりと歩き、そして、辿り着く。
「うそ、でしょ?」
思わず、私は呟いてしまった。だって、彼の体には傷の1つすら見当たらなかった。彼はすうすうと寝息をたてていた。
これが私と、不死身の伏見くんとの出会いであった──