似たふたり
梅雨の時期に咲く花はなんだっただろうか。
あじさいというとひねりがないけど、
小雨のなかに佇むそれを眺めているとそんな感想しか思いつかなかった。
「三条、花なんか眺めてないでサボるなよ」
飯塚先生は私のそばに立つと、その視線を私のみてる方向にむけた。
「花っていうかあじさいだけど」
「同じじゃないか」
私たちが見てるのはよくある普通の青紫のガクアジサイ。雨の雫を滴らせ、若干しょげているようにも見える。
「全然違うよ、花だと抽象的すぎるじゃん。雑草だってひとつひとつ名前があるんだから、ちゃんとよんであげないと」
「三条はいいこというな!」
飯塚先生は豪快に笑ってから「今度俺もショートホームルームのときに同じ話していいか?」と付け足した。こういうところはちょっとずるいと思う。
「どうしようかな、著作権料とるかも」
「それはまいったな」
どうしたもんかという顔をして、首元を自分のふとい指で触った。これは飯塚先生が困ったときによくやるやつだ。
それから「あじさいもいいけどな」と言ってから少しの沈黙。
「ちゃんとゴミ拾いはしろよ?」
どうも、これが先生の本命らしかった。
「でもこんな日にゴミ拾いするほうが面倒くさいよ」
「なにいってんだ。先生も家族サービス放棄して、仕事に励んでんだからな」
「そんなこと言わずに先生の力でなんとかしてよ」
「一教師にそんな権限あるわけないだろ?公学は手続き面倒くさくて小雨程度じゃスケジュール延期なんてできないんだよ」
「えー無力だなー」
「まぁそのなんだ。三条も無理しないで適当にな。こんな雨のなか風邪ひいてもしょうがないから」
「いってることさっきと変わってるんですけど」
私がそういうと「違いない」と飯塚先生は含みわらいでかえしてきた。その仕草がちょっとかっこよくてかなりむかつく。
そしてすぐに踵をかえし、雨でぬかるんだ土に、足あとをつけながら元いたベンチにむかっていった。
私は彼の後ろ姿を眺めて、それから両手で肩をさすった。
停滞前線だかなんだかで、おとといからふり始めた雨はいまは小雨になってはいるけど、ジャージのうえからでも肌寒いくらいでちょっと憂鬱だ。
2クラス合同のボランティア活動なんてサボりたいと思う一方、AO入試狙いの私には試験の成績よりも内申に響くことをする勇気もない。
私はさきほどの飯塚先生の忠告をむしして、結局ゴミ拾いを始めた。
真面目にやるつもりはなかったのだが、あの不真面目教師に心配されて、逆に彼のいうことに逆らってやろうという気になっていた。
でも、こんな風にやっきになって掃除するのは私ぐらいだろう。実際、周りの生徒は時間まで掃除をしているフリとか、皆適当に先生にみつからない公園の奥に行ったりしてサボったりしているし。
「ねぇアンタ。いま飯塚先生になんて話かけられたの?」
「えっと、あなたは?」
ゴミを拾い始めて数分して、知らない女子に話しかけられた。というか隣のクラスの子だ。
さっきまで飯塚先生のすぐ近くでサボっていた女子で心当たりもなかった。
私のグループでも全然話題にでたことのない人物だったけど、接点がない理由は明確だ。
彼女の見た目が不良ぽかったからだ。
眉間に皺を寄せ、それもすぐ判別できるくらい眉毛はほとんど剃っている。くわえて先生に忠告されそうな軽く茶色の入った髪色。
不機嫌そうで、近寄りがたいオーラで、人当たりの強さが言葉の端からにじみでていた。
正直私もさっきチラッと飯塚先生を見たとき、近くにいた彼女に気付かれて因縁でもつけられたらいやだなと思っていたくらいだ。
真面目にボランティア活動に参加する生徒にはとてもじゃないが見えない。
「なにジロジロみて」
「ご、ごめんなさい」
こちらの視線に気付いたのか彼女は眉をつりあげた。私が反射的にあやまるとさらに機嫌をわるくさせたようにみえる。
「それより飯塚先生となに話してたのか聞いてるんだけど」
「別にたいしたことなんて話してないよ。ゴミ拾いちゃんとしてるのーとか、そういう話」
「ほんとにそれだけ?」
「ほんとにそれだけ」
「ふーん、そう」
彼女は私への関心を失ったのか、右手で反対の腕につけている緑色のシュシュをいじりはじめ、別の方向をチラチラ見ていた。
用がないのなら早くここから立ち去ってほしかったのだが、彼女はまだなにか聞きたいことがあるみたいでこの場をさる気配はない。
一体、彼女はなにがしたいのだろうか?
目立つ恰好の彼女と比べてわたしは学校でも地味なタイプだし、どちらかというと教室の隅で友人達としゃべってるような人間だ。
普段着のときでさえ校則違反すれすれの彼女みたいなオシャレもしない。
きっとお互いちがう人種の人間なのだろう。
彼女とはこの場での会話を終えたらもう一生話しかけられることもないような気さえした。
「好きなの?飯塚先生のこと」
「はぁ!?意味わかんないし!」
私の発言に彼女は目にみえて動揺していた。
なにをいっているんだ。動揺しているのは私のほうだ。彼女にこんな質問するなんておもってみなかったから。
本当だったら私はそそくさとこの場をあとにして、ゴミ拾いに戻るつもりだった。
でも、どうしても彼女の目線が気になったのだ。
「ごめん、今言ったこと忘れて」
「どうしてそんなこと聞くの」
「だってあなたの目がいまも飯塚先生を追ってるから」
そらしていた視線を戻し、ゆっくりとこちらに向き直った。
「ねぇ、さっきアンタ本当は何見てたの?」
雨にかき消されそうな声で、彼女は小さく呟いた。
私達を濡らす小雨がさきほどより冷たくなったような気がした。
きっと女の勘なのだろう。
「何も見てないよ。でもああしていれば、飯塚先生に話しかけられるかもって思っただけ」
「そっか」
それから私達は、黙ってお互いのことをみつめて、どちらからともなく噴出してしまった。
だって、こんな偶然あるだろうか。
正反対な二人が好きになった人が同じ人で、しかもそれが教師だなんて。
きっと笑わずにはいられなかったのだろう。
そんなバカが世のなかに二人もいるなんておもうわけがない。
「あのさライン交換しない。アタシ達さ、友達になれるかも」
私はちょっと考えてから、彼女に答えた。
「友達ってそういう風にしてなるものなの」
「じゃあ同志?」
「違いないね」
そういうと、彼女はもう一度私に微笑んでみせた。
私はその時、初めて他人を美しいと思ったんだ。