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オロチ綺譚

逃亡綺譚

作者: かなこ

シリーズ物です。上部「オロチ綺譚」より1作目「巡礼綺譚」からお読み戴けるとよりわかりやすいかと思います。

「あんなもの、どこで売れるの? 船長」

 菊池は生クリームをホイップしながら船長の南を見上げた。

「あんなものって言うな。ところで、それの生クリームは何に使うんだ?」

「あんこと一緒にどら焼きにはさむ」

「今度ホットケーキにもはさんでくれないか?」

「電動の泡立て器買って」

 菊池はしゃかしゃかと生クリームをかき混ぜながら、半眼になって南を睨んだ。

「贅沢言うな。手でできるんだから頑張れ」

「すんごい疲れるんだよ、これ」

 菊池は角が立つくらいに生クリームが泡立った事を確認すると、焼き上がったどら焼きを手にした。

「で? あの紙どうするの?」

「ああ、ヨナガで売るんだ。あそこはあの紙を加工して家具や建物の外壁にしたりするんだ」

「紙を? 水が染みちゃって破れたりしないの?」

「そこがヨナガの技術のすごいところだな」

 できたばかりのどら焼きに、南はかじりついた。

「ん、美味い」

「残しておいてね。北斗のリクエストだから」

「そういえば、その北斗はどうした?」

「散策。ほら、北斗ってここんとこ居残りばっかりだったから」

 そうだったかなと、南は再びどら焼きに噛み付いた。


 その頃の北斗は噂をされた程度でくしゃみをするような可愛げもなく、地表の約80%を海が占めるという惑星、オボロヅキの貴重な地面を歩いていた。

 今頃は自分のリクエストでどら焼きを作っているだろう菊池に、何か土産でも買ってやろうかと思いながら目の前だけを見て歩いていたせいか、ふと気付くとひと気のない場所に出てしまっていた。

 幸い方向感覚は人並み以上にあるので、迷ったとは思わなかった。少しだけ宇宙船『オロチ』のあるエアポートから遠ざかってしまったと思っただけだ。

 そろそろ時間も気になったので、違う道を通って帰ろうときびすを返した時、北斗の視界の端に何かが引っかかった。

 生き物の気配だった。

 空き家の崩れた土壁に回り込むと、確かに生き物が息をひそめている気配がする。

 その先を覗き込んだ北斗の目に、驚くべき姿が飛び込んで来た。

 一見すればただの人間だ。男性で、成人しているかどうかはギリギリだが、北斗よりは年上だろう。

 驚いたのは、薄汚れていても目を見張るような美しさと、その背に羽根が生えていた事だった。

 白く大きな羽根は、今はあちこちがむしられたようにぼろぼろで、毛先がおかしな方向に曲がっている。しかし映像でしか見た事のない姿に、北斗は一瞬心を奪われた。

 天使だ。

 北斗はそう思った自分を慌てて叱責した。そんな存在はこの世に存在しない。

 汚れているのは羽根だけではなく、男は全身が泥だらけで、自身のものと思われる血にも身体が半分近く染まっていた。

 だが生きて意識があるのは間違いないようで、今にも尽きそうな気力をかき集めて北斗を睨み返している。

 あまり他人には興味のない北斗だが、これだけ大怪我を負っているとわかる相手を放っておく事はできかねた。

 何をしている? そう尋ねようとして、北斗は瞬間的に身構えた。

 こちらに向かって来る荒々しい足音の気配を察知したのだ。

 この状況を考えれば、おそらくこの男を追っていると考えて間違いないだろう。

 北斗は人差し指を自分の唇に当て、静かにするようゼスチャーすると、そっと空き家から出て、近くにあった「売家」の張り紙を眺めているふりをした。

「おい小僧」

 声をかけられたのは、その張り紙を見つめた3秒後だった。

「こっちに、羽根の生えた男が逃げて来なかったか?」

 人相の悪い中年男に威圧的に詰問され、北斗は生意気全開で中年男を見上げた。

「はぁ? あんたこんな昼間っから酔っぱらってんの? それとも変な薬でもキメてるわけ?」

 オロチの仲間でさえ、北斗のこの口調は癪に触っただろう。ましてや赤の他人となれば、一気に感情を沸点まで到達させても無理はない。

「小僧てめぇ……ぶっ殺されてぇのか?」

「頭おかしいんじゃないの? そんな馬鹿に俺が殺されるわけないでしょ」

 複数の男達が一斉に銃を抜くより早く、北斗の銃口が男達へ向いていた。

「遅い。やっぱ酔っぱらってるみたいだね」

 そう言い終わるか終わらないかのうちに、北斗は男の1人がかけていたサングラスのフレームを撃ち抜いた。

「消えな」

 砕かれたサングラスが地面に落ちた後、北斗は低く告げた。

 どれだけ小柄だろうとどれだけ若かろうと、北斗は1度は軍に所属していた人間だ。チンピラ風情など敵ではない。

 威嚇射撃と殺気だけで男達を追い払った北斗は、彼らの姿が完全に消えてから、空き家へ戻った。

 そこには、まだ天使まがいの男がいた。しかし、気力が尽きたと当時に意識を失ったようだった。

「……俺1人じゃ運べないじゃん」

 北斗は通信機のスイッチを入れた。



「肋骨が5本ばっきりイッとる。右上腕の骨にヒビ、大きな裂傷は左大腿部に12針、あとはぼちぼちや。羽根に至っては右側は複雑骨折言うてもええな。内蔵も損傷しとる。全治半年や」

 笹鳴はアナログな聴診器をぶら下げて、オロチの医務室から出て来てそう言った。

「命は助かりそうか?」

「そら大丈夫や」

 にやりと笑った笹鳴に、南はほっと息を吐いた。

「北斗もえらいもん拾ってきよったな」

 2人が一緒にブリッジへ向かうと、ちょうど菊池が北斗に紅茶を手渡しているところだった。

「お疲れさま。ドクター、あの人は?」

「大丈夫や、朱己。俺が患者を死なせるわけあらへんやろ」

 菊池はあからさまにほっとしてから、北斗の隣にいた柊にもカップを手渡した。

「あれ、オボロヅキの先住民だって伝説の有翼人種だろ?」

 柊の問いに、笹鳴が小さくうなずいた。

「多分な。俺も初めて見たし、断定できひんけどな」

「すごいね、天使みたいだった」

 菊池が南と笹鳴の分も紅茶を淹れながらうっとりと呟くと、南はわずかに眉を寄せた。

「だからだ」

「何が?」

「オボロヅキの先住民は、男は鳥、女は魚だったって伝説がある」

「魚?」

「人魚だ」

 菊池はぽかんと口を開けた。

「それ故に、乱獲されたんだ」

「乱獲ってどういう事?」

 菊池が細い首を傾げて尋ねると、笹鳴が後を続けた。

「俺達が出入りしとるオークション、朱己も何度か行った事あるやろ?」

「うん。色んな宇宙人がいてびっくりした」

「あれは表のオークションや。表に出せへん商品は、裏のオークションで出回る」

 菊池がはっとして口を閉じ、代わりに柊が笹鳴に視線を向けた。

「……人身売買か」

 柊の口調は重かった。

「せや。オボロヅキの先住民は、そのほとんどが捕獲され、観賞用に宇宙各地に売られた。そして、残った星に他の惑星の住民が住み着いたんや」

 菊池は汚らわしい事を聞いたとばかりに不機嫌そうに眉を寄せ、黙り込んだ。

「オボロヅキの人魚達は、その美しさで有名だったそうだが」

 菊池が途中で放棄してしまったので、南は自分でカップを取った。

「もうずいぶん前に滅んだと聞いている。海を離れては生きていけないんだそうだ」

 黙って聞いていた北斗が、操縦席で足を組んだ。

「士官学校では、不治の伝染病で滅んだって教わった記憶があるけど?」

「そりゃあそうだろう。当時の軍の最高指揮官クラスのほとんどは、『天使』か『人魚』のどちらかをたいてい飼っていたって話だからな」

「そうやなかったら、たかが1惑星の滅んだ種族が、これだけ多く知られとる訳ないやろ。軍やSPACE UNIONの高官様達が、その美しい姿を映像に残しとったんや」

 おぞましい、と菊池が小さく呟いた。

「せや、歴史はおぞましいもんやで、朱己。レオラク星の不死鳥も、カブト星の聖鈴草も、そうしてこの宇宙から消えたんや。……俺の故郷もな」

 そこにいた全員が笹鳴を見た。

 笹鳴の故郷の惑星は、もう存在しない。知識ではなく本能で治療ができるというその血を欲して、あらゆる組織に食いつぶされたのだ。

 笹鳴は、その惑星の生き残りだった。

「せやから、他人事とは思えへんねん」

「……そうだな、できる事なら助けてやりたい」

 南が両腕を組んでそう呟いた時、患者の意識が戻った知らせが、笹鳴の腕時計式のアナライザーに届いた。

「ちょお行って来る」

「うん。あ、何か食べられそうだったら、俺、何でも作るから」

 菊池の言葉に、笹鳴は少しだけ微笑んで背を向けた。


 有翼人種の男の名前は宵待と名乗った。

 翼があるにもかかわらず、身を守る為にずっと地下に潜んでいたのだと、宵待は言った。

 幼い頃に両親が海賊に連れ去られ、それからはただ身を守る事だけを目的に生き永らえて来た。死を考えた事もなかったわけではないが、両親が自分の命を守る為に海賊に捕らえられた事、そして、生きていればもしかしたら仲間に会えるのではないかという希望を捨てられなかった。

 地下にいたせいか宵待の肌は真っ白で、ただでさえ青い顔を更に際立たせていた。

「礼を……言うべき、なのかな」

「そないなつもりで助けたんやないやろ、北斗も」

 点滴の具合と医療機器のはじき出す数字を交互に見ながら、笹鳴はのんびりと答えた。

「以前やったら見捨てたんやろうけどな。朱己の教育のお陰で、最近はずいぶん人間らしゅうなったもんや」

「朱己?」

「うちのおかんで、愛玩動物や」

 笹鳴はくすりと笑った。

「うちには朱己がおるさかい、自分を飼うつもりも売り払うつもりもないねん。安心せぇ」

「……本音は、外見の治療だけして、オークション会場へ引きずって行きたい……って、ところなんじゃないか?」

「アホ言うんやない。そないな事したら、朱己に一生飯を作ってもらえへんわ」

 笹鳴は電子カルテを見た。

「ええか、よう聞き。自分の身体は今めちゃめちゃや。羽根まで入れると計20本以上の骨折、裂傷が15カ所以上、致死量寸前の出血の上に栄養失調まできたしとる。命に関わるほどやない感染症も幾つか見つかったし、内臓もあちこちやられとる。血液検査かてこないひどい数値見た事あらへん。生きとんのが奇跡や。こないな状態やったら、南かてよう放り出さへん」

「南?」

「うちのおとんや」

 笹鳴は薬品冷蔵庫からパックを取り出した。

「焼け石に水やけど、輸血せぇへんよりましやろ。何もせぇへんし、大人しゅう寝とき」

 点滴に含まれる睡眠薬のせいか、宵待のまぶたが下がり始めた。

「教えてくれ……ここは?」

「自由貿易船オロチ。俺達はフリートレイダーのクルーや」

 宵待のまぶたがゆっくりと閉じた。



「半年間はこの近くで商売するか」

 南は航路表を見ながら呟いた。

「なんで? 船長」

「全治半年なんだろう? 見ず知らずの貿易船に乗せられて遠くまで行かれたら、宵待だって不安になるだろう」

 そうっスねー、と柊は気の抜けた返事をした。船長がお人好しなのは、もうずいぶん前からわかっている。

「……そうも言ってられないみたいだよ」

 正面モニタを見ていた北斗が固い声を発し、振り返った南と柊の視線が、一瞬で硬質化した。

 一見してまともじゃない事がわかる連中が、複数のポートに乗ってこちらへ向かっている。

「あの額にタトゥー入れてる奴、さっき俺がサングラスを撃った奴だよ」

 南は小さく舌打ちした。

「柊」

「出港許可なら10分前に下りたぜ」

 柊が自分の操縦席の背もたれをひらりと飛び越えてシートに収まったと同時に、南が艦内放送のマイクに手をかけた。

「クルー全員に告ぐ! これよりオロチは緊急発進する! 至急持ち場へ戻れ!」

 伝達してから15秒で、菊池と笹鳴がブリッジに姿を現した。

「どうしたの船長!」

「説明はあとだ! コントロール! こちら自由貿易船オロチ! これより離陸する!」

 管制塔から怒鳴り声が聞こえたが、南は無視して操縦に関する全ての電源を入れた。

「エンジン全開!」

「コース、オートリフレクターセット」

「船体浮上、秒読みに入ります。10、9、8……」

 突然離陸体制に入ったオロチに、連中は驚くどころかよりスピードを上げて突っ込んで来た。

「死にてぇみたいだな。お望み通り黒焦げにしてやるよ」

 柊が上唇をなめた。その隣で北斗が操縦桿を引く。

『こちらオボロヅキコントロール! 出港コースを誘導する!』

「うるさいよ、急いでんの」

 北斗はかまわずに機首を上げた。

『待てオロチ! 緊急発進に足る理由を述べよ!』

「うるさいと言ってるだろう! このドッグをぶっ壊してもいいのか!?」

 南の怒声にコントロールが沈黙した。オロチの停泊していたドッグをモニタで確認したのだろう。明らかに規定を無視した武器を積載したポートが、オロチに向かっているのが見えるはずだった。

「エンジンローダー、ノーマル解除」

「出力曲線、レブリミット! 発進!」

 軍の巡洋艦のような出力で、オロチは宇宙へ向けて飛び立った。


「コース、プレセア12。軌道修正完了。オートパイロットセット」

「コントロールアウト」

 慌てて飛び出したオロチは、とりあえず最寄りの軌道に乗った。

「笹鳴、医務室は大丈夫か? 急発進だったから、身体に負担がなければいいんだが……」

「大丈夫や南。新型オロチは重力自動制御装置が強化されとるさかい、水もこぼれへん」

 南はほっとしたように背もたれに寄りかかった。それだけが心配だった。

「それにしてもあの連中、よっぽど宵待が欲しかったみたいっスね」

 オートパイロットになったので、柊はシートベルトを外して席を立った。

「そりゃあそうだろうな。絶滅したと思っていたオボロヅキ人が生きてたんだ。どれだけの高値で売れるかわかったもんじゃない」

 南は大きくため息をついた。

 連れて来たのはいいが、連中に船が知られてしまった以上、戻ればすぐにバレるだろう。かといって宵待をこのオボロヅキ星から離すわけにもいかないだろうし、連れて行く当てもない。

 南がキャプテンシートで途方に暮れそうになった時、ブリッジのゲートが開いた。

「え? よ、宵待?」

 驚いて声を上げたのは柊だった。宵待は麻酔で眠っており、重力制御で飛び立った事もわからないはずだった。そもそも、とても歩ける身体ではない。

「やはり……俺を、どこかに、売るつもり、か……!」

 蒼白な表情に憎悪をたたえた宵待が、羽根を引きずるようにしてブリッジにいる全員を睨んでいた。この世に生を受けてからずっと抱え続けて来た恨みが一気に吹き出しているかのような気迫は、あの柊ですら一歩後退するほどの迫力だった。

「落ち着け、宵待。自分を捕まえようとする連中がエアポートに来よったさかい、逃げただけや」

「貴様らの、好きにされるくらいなら……この船ごと滅んでやる……!」

 折れた翼が動いた。

「あかんて宵待、話を聞き」

「うるさい! 死ね!」

 翼に巻いていた包帯が引きちぎられた。渾身の気力で広げられた翼は無惨なほどぼろぼろだったが、それでも宵待の能力を引き出すには充分だった。

 オボロヅキ人の武器、それは希有な美しさと声だった。人魚であれば精神を錯乱させる音波を広域に発する事ができ、天使は人魚にこそ劣るものの、その羽根を反響板代わりにして機器に異常を与えるほどの低周波を発する事ができる。

 身体中を駆け抜ける重低音にクルー全員は耳を塞いだが、これほどの振動では耳でなくとも全身で捕らえてしまう。

「ちょっ……! レーダーが……!」

 北斗は操縦桿を握り締めたが、あらぬ方向に機体が傾くのを止められない。他のレーダーも一斉に乱れ始めた。

「待て、宵待、話を……!」

「うぎゃー! 骨が砕けるー!」

 柊が床に転がった。

 外からの攻撃には無敵の新型オロチでも、ブリッジ内からの直接攻撃は計算外だった。

 その破壊的な低周波のさなか、つかつかと宵待に近づく者がいた。

 菊池だった。

「この馬鹿! 何やってんの!」

 そう言うが早いか、宵待の両頬を思い切り左右に引っ張った。

 思いも寄らなかった反撃に、さすがに宵待も低周波を発し続ける事ができなくなった。

「絶対安静だってドクターに言われただろ! 傷が開いたらどうするんだ!? っていうかもう羽根の傷口は開いてるし!」

 怪我人相手とは思えないほど、菊池は怒っていた。こういう菊池の怒りには、オロチのクルーなら誰でも身に覚えがあった。心配の許容量を超えると、菊池は怒りだすのだ。

「言う事きかないとゴハン作ってあげないぞ! いっぱいゴハン食べて元気になってから、復讐でも何でもすればいいだろ!」

 無茶苦茶な理論だった。それは宵待にもわかった。

 しかし、菊池は怒鳴りながらも大きな目に涙を浮かべていたので、何も言えなくなった。この小動物まがいの男は、泣くほど自分を心配している。

「ドクター! 宵待をベッドに縛り付けてきて! 羽根に包帯も巻き直して!」

 席からずり落ちそうになっていた笹鳴は、菊池の叱責でやっと我を取り戻した。

「……自分、なんで今の低周波の中で平気やねん……」

「怒りで我を忘れてたんでしょ」

 床に転がったままの柊が、呆れたように呟いた。

「治療するなら早くして」

 ぶっきらぼうな声は北斗だった。

「後方に5つ。さっきの連中が追いかけて来たみたいだね」

 全員がいっせいに後方のモニタを見た。明らかに武装した戦艦が1隻と戦闘機が4機、解像度の高いスクリーンに映っている。

「全員戦闘態勢!」

 南の号令に、全員が一斉に席についた。

「悪いな、宵待。ちょおそこに捕まったってや」

「自動照準システムオーバー! インパクトキャノン及びプレ・ロデア砲ディスチャージ!」

「オートパイロット解除! パネルチェンジ完了! オートリロードシステムオン!」

 オロチのブリッジにあるあらゆる計器に光が灯った。

「敵速度800。距離600。プレ・ロデア砲の軸線に上乗」

「船長、発射許可を」

「許可する。敵を殲滅せよ」

「了解」

 北斗は機体を反転させざま、プレ・ロデア砲を発射した。途端に1機が火を吹く。目にも留まらぬ速さだった。

 それに警戒したのか、残り4隻はなかなかプレ・ロデア砲の砲撃内に入ろうとしない。

 北斗は執拗に接近を試みたが、1隻を追いつめると他の船が邪魔をしてくる。それが何度も繰り返された。

「外道のくせに、連携はいいみたいだね」

「代わってやろうか? 北斗」

「うるさい」

 北斗は柊をじろりと睨むと、操縦桿を握りしめた。

「駄目だ、北斗。射程距離が短すぎる」

 菊池の声など聞こえないかのように、北斗はプレ・ロデア砲を発射し続けた。

「やめろ北斗! プレ・ロデア砲はタダじゃないんだぞ!」

 南が悲鳴を上げた。

 その悲鳴に隠れるように、宵待が苦痛の声をかみ殺した。絶対安静にしていなければいけないぼろぼろの身体で、渾身の低周波を放ったのだ。もはや息をする事すら苦しい状況で、シェイカーの中身のように揺れ続けるブリッジの壁にしがみついているのも限界だった。

 菊池がその宵待をちらりと見て、シートベルトを外した。

「菊池! すわってろ!」

「近すぎて狙えない。船長、操縦して」

 菊池は転がるようにキャプテンシートへ移動すると、南の足下に座り込んだ。

 南は忌々しげに息を吐き、菊池の頭を抱え込むように、その額に手を当てた。

「笹鳴は菊池の代わりに航法補佐! 柊は副操縦に徹しろ! 北斗は一瞬でいいから連中の動きを止めろ!」

 目を閉じた菊池の身体が白熱化し始めた。

「Sシールドフルパワー!」

「エアスキッド固定!」

「撹乱ミサイル発射!」

 北斗の叫びと同時に発射されたミサイルは空中で飛散し、辺り一面に鏡の欠片のような乱反射を起こした。

 流れ込んで来る菊池の力をコントロールする為に、南は神経を集中した。解放された菊池の力は、有象無象の宇宙船を一瞬で塵にできる力を持っている。操縦を間違えば取り返しのつかない事態を招きかねない。

 レーダーの補足範囲を乱反射させる撹乱ミサイルが敵船の動きを止めた一瞬、南は菊池の力を横一直線に凪ぎ払った。

 まるでハサミで切られたかのように、4つの宇宙船は一瞬で真っ二つに切り裂かれ、紙のようにあっと言う間に燃え尽きた。

「熱っちい! 菊池もういい!」

 南は菊池の額に当てていた右の手首をぶんぶんと振った。

「コースはプレセア12に固定したまま全速前進! オボロヅキ政府から逃げ切れ。……まぁ、追って来ないとは思うがな」

 消した5隻の宇宙船は、見るからにゴロツキのものだった。政府もわざわざゴロツキの後始末ごときで手を煩わされたくはないだろう。

「笹鳴、宵待を医務室へ連れて行け。そして終わってからでいいから、俺の右手の火傷も何とかしてくれ」

「自分で舐めとき。柊、宵待を運ぶさかい手ぇ貸しや」

 さっきまでの戦闘などなかったかのように、クルーはそれぞれの仕事に戻った。

「宵待、ええ子やから言う事きき。ベッドに戻るんや」

「なぜ……俺を、助ける……?」

 苦しい息の下、宵待はそれでも懐疑的な視線のまま笹鳴を見上げた。

「なんで、しんどい相手を目の前にして放り出せんねん」

 まだ笹鳴の手を取ろうとしない宵待に、笹鳴は苦笑した。

「俺も滅んだ惑星の生き残りや。気持ちはわかる」

 宵待は一瞬目を見開き、そうしてやっと、笹鳴の手を取って崩れるように倒れ込んだ。


「眠ったで」

 ブリッジに戻って来た笹鳴は救急セットを携えており、南の右手を取った。

「ひどい火傷やんなぁ。朱己ももうちょい手加減したってや」

「ごめんな、船長」

 しおらしく謝る菊池に、南は苦笑した。

「あの状況じゃ仕方ない。もう少し自分の力を制御できるようになってくれると嬉しいがな」

「うん、頑張る」

 今度、南の為に生クリームをはさんだホットケーキを作ろうと決意した菊池の後ろで、北斗が振り返った。

「で、あの人どうすんの? 船長」

 南は困ったように眉を寄せた。

「なんかな、もう俺はこういう星の下に生まれたんだと思うんだ」

「何が?」

「途方に暮れてる人間を拾う運命というか」

 南の言葉に、北斗は黙り込んだ。北斗自身も軍を飛び出したところを南に拾われたクチだし、柊もUNIONを辞めてふらふらしていたところを拾われている。

「っていうか、北斗が宵待を連れて来たんだろ。責任持てよ」

 菊池に後頭部をつつかれ、北斗はすねたように顔を逸らせた。成り行きでこうなっただけだ。

「まぁ、最終的には宵待が自分で決めるだろう。それまではオロチに乗せてやるさ」

 包帯の巻かれた右手を大事そうに左手で抱えて、南は苦笑した。



 数日後、宵待は目を覚ました。

 本来ならまだカプセル内で眠っているはずだが、重力制御されているはずの医務室でさえ感じる揺れに、揺り起こされたのだ。

 笹鳴の治療と最新機器のお陰で、黙っていれば傷のほとんどは少々痛む程度にまで回復しており、宵待はゆっくりと身を起こした。

 カプセルを開け、そっと床に足をつけると、縫った左足から脳天に刺さるほどの痛みが走ったが、それでも点滴のスタンドを支えに立ち上がった。

 いったい何が起こっているのか。

 医務室から出てみると、揺れているというよりは回っているという感じだった。通路の両側に設置されている可動式の手すりに左手で捕まり、固定されていた右手で何とか点滴のスタンドを掴んだままブリッジを目指した。医務室には格段に劣るが、船全体にもそれなりの重力制御装置はついている。しかし、これだけ回転していては、上下の感覚もまるでわからない。

 ブリッジに到着した宵待は目を見張った。

 全面の巨大なモニタに見える無数の光の半分は、惑星ではなく、敵艦だった。

 オロチのクルーはその1つ1つをしらみ潰しに叩き落としている。笹鳴は菊池の席で補佐に回っており、菊池は笹鳴の席で白熱化していた。おそらく例の力で片っ端から戦艦をひねり潰しているのだろう。

「エンジン全開! 振り切れ!」

 南の怒声に、柊が怒鳴り返す。

「とっくに全開っスよ! 焼き切れる寸前っス!」

「ドクター! ワープまだなの!?」

「チャージ80%! きばらんかい北斗!」

 戦場のような慌ただしさに驚いて、宵待はよろけた。その拍子に点滴のスタンドが壁に当たって音を立てる。

「宵待! 起きたのか!?」

 南は前方を見たまま怒鳴った。よそ見をしているヒマなどないようだ。

「予備のシートでベルトを締めろ! 3分後にワープする!」

 質問を許す雰囲気ではなかったので、宵待はよろけながらも近くのシートに着席した。

「菊池! 能力解除!」

 菊池の白熱化が徐々に解け始め、3分後きっかりに常態に戻った。

「ワープブースター全開! ロック解除まで5、4、3、2、ディスチャージ!」

 音速を超える風圧を、宵待は感じた。


「ワープアウトまで3分。軌道計算クラスパワーセッティング完了」

 ブリッジの全員がシートに深く腰掛けた。

「……ワープアウトしたら損害を調べる。宵待以外の怪我人はいるか?」

 誰も返事はしなかった。

「……なら、いい」

 南はゆっくりとデスクに前のめりに寄りかかった。

「新型オロチで助かった。以前のオロチだったら、こんな無茶な連続単独ワープなんてできなかったよ」

 菊池が派手にため息を吐いて、いくつかの計器をいじっている。

 宵待は宇宙船にはあまり詳しくないが、連続単独ワープが可能なのは軍のAクラス戦艦しかない事くらいは知っていたので、どうしてUNIONにすら属していない自由貿易船にそれが可能なのか不思議だった。

 前回ここに入った時はあふれるほどの殺意を抱えていたのでよく観察していなかったが、よく見てみると、シロウト目にも最新式の上にひどく真新しいのがわかる。医務室からここまで来る通路だって可動式の手すりが付いていて、それに掴まって歩く事なくここへ来られた。その距離だって結構あったような気がする。という事は、このオロチはかなり大きいのだろう。これだけ大きい宇宙船を、たった5人で動かせる技術となると、すでに宵待の世間知識を超えていた。

 オボロヅキの地下から出た事など数えるほどしかなかったので、最近の技術がどこまで進歩しているのかはわからないが、フリートレイダーというのはそれほど儲かるのだろうか。それにしては、彼らの身なりは華美ではない。むしろ古くさいタイプの制服を身にまとっており、今時アンティークショップにもないような場違いにレトロなアナログ時計が飾られている。

 宵待は、今度はクルーを観察した。

 全員が若い男ばかりだ。そしてなぜか、全員の顔に疲労が濃かった。

 さっきの戦闘で疲れたのかとも思ったが、それにしては目の下に隈まであるのはおかしい。まるで、ここ数日眠っていないかのようだ。

「ワープアウト秒読み開始。10、9……」

 今度は背中から押し出される感覚がして、宵待は思わず目をつむった。初めての経験だが、これがワープというものなのだろう。

「座標軸確認、アルテミスより50光年M23G600~700あたり。周囲に飛行物体及び衛星・惑星なし。軌道最短スカイライン223、ポイント80HKK。オートパイロットセット」

「コントロールアウト。北斗はそのままモニタリング。俺と柊で損害を調べる。菊池は何でもいいから食い物の用意をしてくれ。笹鳴は宵待を医務室へ連れて行け。……起こして悪かったな」

 南がやっと振り向いて苦笑して見せた。


「……いつも、こんな感じなのか?」

 医務室へ戻った宵待が尋ねると、笹鳴は中途半端な笑みを浮かべて点滴と包帯を取り替えた。

「まぁ、こんなもんや」

「嘘だ」

 宵待は笹鳴を見上げた。

「さっきまで撃ち合っていた船は、軍のものでもUNION加盟船でもなかった。全部海賊だ」

「あれ全部が海賊のわけないやろ。俺達がどんだけ嫌われてなあかんねん」

「笹鳴、俺は生まれてから今までずっと海賊から逃げてきた。軍かUNIONかの区別はつかなくても、海賊とそうでないものは見分けられる」

 笹鳴は黙って医療機器を調節していた。

「……俺が乗っているからか?」

 笹鳴はまだ黙っていた。

「そうなんだな? 連中は俺が目当ててこの船を狙っているんだろう?」

「もう寝とき。全治半年やで。まだ1週間も経ってへん」

「笹鳴」

「身体が弱っとる時は、ろくな事考えられへん。お医者さんの言う事は聞かはった方がお利口さんや」

 笹鳴は医療カプセルを閉じ、疲れた顔で、それでも笑って医務室を出て行った。



 次に宵待が目を覚ましたのは、それから更に数日経ってからだった。

 痛みはずいぶん和らぎ、知らずに蓄積されていた倦怠感は跡形もない。今回は揺れで目を覚ました訳ではなく、睡眠薬が切れて自然に目覚めたせいもあるだろう。

 宵待はゆっくりと身を起こした。

 そろそろ目覚める事がわかっていたのか、カプセルの横には栄養ドリンクのボトルが置かれていたので、宵待は躊躇なく口をつけた。彼らが自分に危害をくわえる気は、少なくとも今はないという事はわかっていたから。

 カプセルを開けてそっと足をつけると、以前の痛みは驚くほどなかった。ちょっと引きつった感じがしただけだ。笹鳴は優秀な医師なのだろう。

 右腕は固定されたままだったし、羽根はびくともしないほどテーピングをされていたが、点滴のスタンドを支えにする事なく立つ事ができた。

 医務室を出て可動式の手すりにつかまり、宵待は再びブリッジへ向かった。彼らはどうしているのか。まだ自分の為に不眠不休の航海をしているのか。

 ブリッジの手前で、宵待は入るのをためらった。会話が聞こえてきたからだった。

「……これだけ海賊掃除したんだからよ、UNIONから報酬もらってもよくね? 俺達」

「同感だよ、しぐれ。でも証拠の動画を撮ってるヒマがなかったから、信じてくれるかなぁ……」

「今から破片を探しに戻るんだったら、1人で行ってよね」

「無理やって、北斗。めちゃめちゃにワープしたよって、履歴たどるだけでも一苦労や」

「というよりも、だ。ここはどこだ?」

 南の力ない問いに答える声はなかった。

「……ここがどこかっていうのはまだ計算できないけど、とりあえずもうプレ・ロデア砲は撃てないよ。ミサイルも10分も撃ち合えばなくなる」

 菊池の声も相当生彩を欠いていた。おそらくあの力を幾度も使ったのだろう。

「近くに補給施設がないか探してくれ、菊池」

「了解」

「でもさ、船長……宵待って、そんなに高く売れんの?」

 気の抜けた柊の声に、宵待は身体を硬直させた。

「さぁなぁ。戦闘中にちらっと聞こえた海賊どもの通信では、50億とか言ってたが」

「50……っ!? このオロチを買ってもまだおつりが来るじゃん!」

「そらぁ目も眩むわなぁ」

 笹鳴ののんびりした声に、宵待は身体の震えを押さえ込んだ。今なら、もう1度低周波を放てばオロチを破壊できるだろう。だがそれは最後の手段だ。そんな事をすれば自分も間違いなく死ぬ。体力が回復した今は、自分の命が惜しかった。

「そんなもんか? 俺にはよくわからんが」

「船長は無欲っスからねぇ」

「無欲とかそういうのとは違うと思うが……人の命に値段がつくというのがよくわからん」

「うはは! 俺、船長のそういうとこ大好き! 8,000のところにUNIONの衛星を発見したよ、船長」

「よし、そこへ向かってくれ、北斗。……北斗、大丈夫か?」

「……大丈夫に決まってんでしょ。行くよ」

「頑張れ北斗。今みんなにおにぎりとお茶を用意して来るからな」

 菊池がこちらに向かって歩いて来る気配がして、宵待はとっさに隠れようとしたが、よろけてドアを開けてしまった。

「宵待! また勝手に歩いて!」

 菊池が眉を吊り上げてずんずんと宵待に近づいた。

「退屈かもしれないけど、寝てなきゃ駄目だろ! どうしても出歩きたいっていうなら、車を用意してあげるから!」

「あ、いや……」

「いや、じゃないだろ! あ、もしかしてトイレ? それならこっち」

 菊池は宵待の手を取って歩き出した。

「この船って大きいから、最初は迷うかもしれないけど、でも上にちゃんと行き先書いてあるし、このスライドに行き先を入れたら行きたいところへ行けるから」

 掴まって、と言われて、宵待は何となく従った。立ち聞きをしていましたとは言いにくい。

「お腹も空いてるだろうけど、宵待はもう3週間も点滴だけだったから、ドクターがいいって言ったら重湯を作ってあげる。固形物はもうちょっと我慢な」

 当たり前のように自分に無防備に背中を向ける菊池に、宵待は少し混乱していた。自分を売り払った方が、彼らにとって遥かに楽だろう。金も入るし一石二鳥だ。なのにどうして、彼らはこんな苦労をしてまで自分を助けるのか。

「はい、ここトイレ。こっちがキッチンだから、終わったら寄ってくれよ。医務室まで案内するから」

「あの……菊池」

「なに?」

 菊池は腕まくりをしながら振り向いた。

「なぜ……俺を海賊に売り渡さない?」

「なんで売り渡さなきゃいけないんだ?」

 菊池があんまり普通に聞き返して来たので、宵待は1度口を開いたが、何も言わずに閉じた。

「あのさ」

 菊池はポケットからスカーフを取り出して頭に巻いた。

「俺達は確かに貧乏だし、この船だって貰い物だし、お金が欲しくないとは言わないけど」

 貰い物だったのか、と宵待は妙に納得した。どうもこのクルー達には似合わない気がしていたのだ。

「でもね、船長の絶対命令なんだ。人身売買と麻薬だけは絶対に駄目だって。それを破ったら、この船から降ろされるの」

「……1番儲かるような気がするけど」

「人の道を踏み外してまで、美味しいものを食べたいとは思わないよ。……じゃあ、俺おにぎり作ってるから」

 菊池はキッチンへ入って行き、宵待はそこに立ち尽くしたまま、菊池の消えたドアを見つめていた。

 3週間。

 3週間もの間、オロチのクルー達は自分を抱えて逃げ続けてくれた。

 何の利益にもならないのに、無駄に弾薬と燃料を消費して、薬を使って治療してくれて。1度は船を破壊しようとすらした自分を、命がけで守ってくれた。

「……そんな人間も、いるんだな……」

 宵待は、両親が連れ攫われてから初めて、胸が温かくなっている事に気づいた。



 医務室に戻れとやかましい菊池を、もう傷はほとんどいいから大丈夫だと何とか説得して、宵待はブリッジまでおにぎりとお茶を運ぶのを手伝った。

 右腕と右羽根にはまださすがに痛みが残っていたが、あとは筋力さえ戻れば日常生活に問題はない。

 再びブリッジに姿を現した宵待にクルー達は驚いたが、驚いただけで特に他のリアクションはなかった。そんな事はどうでもいいとばかりに、ずいぶん長い時間何も口にしていなかったのか、むさぼるようにおにぎりを食べ始め、菊池は人数分のお茶を煎れた。

 宵待にはお茶だけが振る舞われた。笹鳴が強攻に固形物は駄目だと宵待を止めたからだが、宵待自身はそれほど空腹を感じているわけではなかった。子供の頃からの逃亡生活で粗食と空腹には慣れているので、それほど食べたいとは思わない。

 予備のシートに腰掛け、お茶を飲みながら、宵待はクルーを眺めていた。

 みんな、やはり目の下に隈を張り付かせている。北斗などは、おにぎりを持つ事すら気怠そうだ。

 宵待は立ち上がり、南に近づいた。

「お、何だ? 座ってた方がいいんじゃないのか?」

「もう大丈夫。それより、まだ言ってない事があって」

「何だ?」

 もごもごとおにぎりを頬張ったまま、南はキャプテンシートから宵待を見上げた。

「……助けてくれて、本当にどうもありがとう」

 宵待は、生まれて初めて他人に頭を下げた。

「君にも。君が助けてくれなかったら、俺は間違いなく死んでいた。ありがとう」

 宵待は北斗にも頭を下げた。

「……別に。あのまま放っておいたら、この人がうるさいから」

 北斗は菊池を視線で指した。

「菊池、どうもありがとう。他人に泣くほど心配されるなんて初めてだったよ」

「泣いてない。それより、治療をしたのはドクターだろ。ドクターにこそお礼を言わなきゃ」

「俺は医者よって、当然の事やろ。柊かて、何度も自分を心配して無駄に医務室に足を運んどったで」

「無駄って何スか」

 宵待は笑った。本当に久しぶりに、笑う事ができた。

「せっかく感謝してもらったとこ悪いんだがな、宵待」

 言いにくそうに、南は口を開いた。

「逃げ回っているうちに、オボロヅキからはずいぶん離れてしまったんだ。多分……1万光年くらい」

「かまわないよ。……どうせもう、あの星では生きてはいけない。もし仲間がいるとすれば、多分他の星に逃げているんじゃないかという気もするし」

 宵待は苦笑して、再び予備のシートに腰掛けた。

「これから燃料補給をするという場所で、降ろしてくれないか?」

「馬鹿言うなよ。また追っかけられるぞ、あんた」

 柊がおにぎりを持った手で宵待を指差した。

「せや、それに全治半年や言うたやろ。まだひと月経ってへんで。医者としては外出は許せへんな」

「しかし、俺がここにいる限り、君達を危険に巻き込む事になる」

「海賊みたいな雑魚、別に危険じゃないけど」

 北斗が不機嫌そうに呟く。

「外の空気を吸いたいのはわかるけど、もうちょっと我慢な」

 菊池はそこでお別れだという意味だとは思いもよらなかったようで、勘違い発言をした。

「と、言うわけだ。俺の船に乗ったからには、俺の許可なしで下船されると困る」

「でも、君達を危険な目に遭わせたくない」

「だから、危険じゃないっての」

 北斗が本格的に不機嫌そうな顔をした時、アラートが鳴り響いた。

「チッ! また出たのかよ。ゴキブリかっての」

「あんた説得してきたら? 友達でしょ?」

「ぶっ殺すぞ北斗」

 口喧嘩をしながらも、オロチのエース2人は残りのおにぎりを口の中に放り込んでお茶で流し込み、シートに身を沈めた。

「全員戦闘態勢! 無駄弾使うなよ、北斗! 柊!」

「了解」

「うぃーっす」

 宵待は予備席でベルトを締めた。

「敵数30か……。あとちょっとで燃料補給ができるってのに」

「距離とってるやつは俺がやる。ドクター、航法補佐をお願い」

「任しとき」

 菊池がモニタを睨んだまま白熱化する。その前方では、北斗と柊が実際に撃った数を数えながらトリガーを引いていた。それほど残弾数が少ない。

 それでも、遠方の敵は菊池がESPで凪ぎ払ったお陰で、かろうじて敵を駆逐する事ができた。

「……菊池、残弾数は?」

「プレ・ロデア砲はエネルギーゼロ。ミサイルは全部合わせて12発。ちなみにワープももう無理」

「10秒で撃ち尽くしちまうぜ……。朱己、補給基地までは?」

「300」

「あとは、もう何も出て来ない事を祈るだけ……」

 南のセリフが終わらないうちに、再びアラートが鳴り響いた。

「うそだろ……! こっちはもうほとんど丸腰なんだぞ……!」

 南が青ざめた。

「菊池! 敵数は!?」

「……80」

「はちじゅう!?」

 柊が叫んだ。さっきの倍以上だ。

「ドクター、もう1回航法補佐お願い」

「無理や、朱己。ここんとこ立て続けやろ」

「絶対に、死んでも止める」

 菊池の身体が再び白熱化する。しかしそろそろ限界のようで、汗と震えが目に見えた。

「くそっ……! 北斗! 柊! 近づいて来た奴だけ確実に息の根を止めろ! 笹鳴! Sシールド全開!」

「了解!」

 オロチは最後まで戦うつもりのようだったが、今の残存エネルギーを聞いた後では、宵待にはとても勝ち目はないように見えた。頼みの菊池も体力の限界だ。

 自分を助ける為に、彼らはここまで戦ってくれている。なのに自分は何もできないのか。

 宵待は席を立った。

「宵待! 座ってろ!」

 南の声を無視して、宵待は菊池に近づいた。

「菊池、俺の声を宇宙空間へ届けられるか?」

 菊池は白熱化したまま、ゆっくり宵待を見上げた。以前は輪郭が見えないほどの白熱化だったが、今はぼやけている程度だ。もう力は残っていないのだろう。

「できるだけ広範囲に届けてくれ。それだけでいい」

 宵待は菊池の手を自分の喉に当てた。途端に焼け付くような痛みが走る。それでも、何もしないではいられない。

 宵待は思い切り息を吸い込むと、ありったけの力で低周波を発した。喉の半ばでそれは消え、声は出ない。菊池が遠方へ飛ばしている証拠だ

 その途端、モニタに映っていた海賊達の船がすべて動きを停止させた。そして、中央の船から音が聞こえるほど派手に装甲がはがれてゆく。徐々に船体全体がひしゃげ、連鎖反応のように爆発した。

「すげぇ……」

「ぼけっとしとらんと機首を上げ!」

 笹鳴の怒声に、柊は操縦桿を握りしめた。

「攻撃は任せたぜ、北斗。俺はこの船を補給基地へ運ぶ」

「着陸の時に代わってあげようか?」

「いらねぇよ。……こちら宇宙貿易船オロチ。衛星ヘルメス、着艦許可を願います。船体コードOROCHI54881326」

 宵待と菊池の連係プレイで、敵船の数はあっという間に激減しつつあった。北斗も敵船の位置を見定めて、ミサイル1発で2隻以上の船を破壊している。並の腕ではない。

 あと少し、という時、敵船の1隻が突っ込んで来た。Sシールドのエネルギーが限界に近づいて点滅をし始めた瞬間だった。

「あかん! 当たる……!」

「全員何かに掴まれ! 来るぞ!」

 クルー全員がモニタを凝視したまま機体にしがみついた瞬間、思いも寄らない方向から光が飛んで来た。

 突っ込んで来た機体は、オロチにぶつかる寸前にその光によって腹に大穴を開けられ、2秒後に大爆発を起こした。その衝撃でオロチが後方に吹き飛ぶ。

 北斗がとっさに舵をとり、笹鳴が反射的にフルパワーにしたSシールドのお陰で、オロチは間一髪巻き込まれる事を免れた。

「……なんだ? 今のは」

「俺達を助けてくれたのか? どうしてUNIONの衛星が、フリートレイダーの俺達を助けるんだ?」

 レーザーを打ち込んで来たのは、衛星ヘルメスだった。

 UNIONに加盟していない自由貿易船は、あらゆる保護も援助も受けられない事になっている。それなのに、なぜ。

 南は表情を硬化させた。

「……空きっ腹のまま、逃げなきゃならないかもな」

「なんでや? 南」

「この船を助ける理由など、今は1つしかない」

 笹鳴ははっとしてモニタに映る衛星ヘルメスを見た。

 宵待を手に入れる事が目的なのか。これだけの海賊が宵待の存在を知っているのなら、UNIONも知っていて当然だろう。

「エンジン全開! ずらかるぞ!」

「待ってくれ。もう充分だ。俺をUNIONに引き渡してくれ」

 宵待は菊池の熱で火傷した喉を押さえてクルー達を見た。もうこれ以上、彼らを危険にさらしたくない。生まれて初めて両親以外で自分の命を惜しんでくれた人々に、恩を仇で返す事などできない。

「オートリフレクターセット! 出力曲線ステージ2!」

 宵待を無視して柊が叫ぶ。

「頼む、もういい! もう充分だ! 降ろしてくれ!」

「ハイパワーブースターディスチャージ秒読み開始! 10、9、」

 笹鳴も、宵待の声を無視した。

「逃げられるわけないだろう! 弾薬もエネルギーも底を尽きてるんだぞ!」

「それでもだ」

 南は宵待を睨んで、そして笑った。

「俺達はお前を見捨てない。これはオロチの掟だ」

 宵待は泣きそうになった。

 彼らは自分の為に死ぬつもりだ。ただ拾っただけの怪我人の為に、売れば一生楽に暮らせる金を手にできるのに。

「頼むから降ろしてくれ……!」

 宵待は膝をついた。

 彼らを死なせるくらいなら、喉を潰されて飼い殺しにされる方がマシだ。

 誰かを思う気持ちは自身を豊かにしてくれる事を知った。誰かに思われる事は優しい気持ちにさせてくれる事も知った。大切な事を教えてくれた人々を、自分のせいで傷つける事などできない。

 宵待は生まれて初めて、心から捕獲される事を願った。

「エンジンローダー全開……って、え?」

 菊池が虚を突かれたような声を上げた。

「あ、え、ええ? 船長ちょっと待って!」

「待てるか! 急げ!」

「違うんだってば! 衛星ヘルメスより通信! モニタ出すよ!」

 モニタに映し出された人物は、宵待以外の全員に見覚えがあった。

『……ったくたわけが。そそっかしいのもたいがいにしろ』

 先のスイリスタル太陽系でウンカイ艦隊を統率していた、軍事司令官のリンドウだった。

「え? リンドウさん?」

 柊がぽかんとモニタを見上げた。

『柊か。間抜け面は健在のようだな』

「あんたに面がどうこうとか言われたくないっス」

 むくれる柊にわずかに苦笑して、リンドウはモニタの向こうから南を見据えた。

『久しいな、南船長。無事で何よりだ』

「あ、ああ……。なぜリンドウがここに?」

『俺だけではない』

 そう言って、リンドウは後方を振り返った。その後ろには、セイランの軍事司令官であるセイメイと、ヒムロの軍事司令官のレイカが立っていた。

『やぁ、オロチのみんな』

『相変わらずシケた面してやがるな』

 事情が飲み込めないオロチのクルーに、セイメイが低く笑った。

『詳しい話は後だよ。とりあえず、降りておいで』

『スイリスタルの誇りにかけて、UNIONにはお前達に指1本触れさせねぇよ』

 オロチクルーは全員が顔を見合わせ、その後に南を見た。



「ふむ。さすが我がウンカイのレアメタルで造られた船だ。傷らしい傷もない」

「ばーか。うちの精密機器のお陰に決まってんだろ」

「その技術でこの船を造り上げたのはセイランである事を、忘れないで欲しいね」

 衛星ヘルメスに降り立ったオロチを見て、それぞれの軍事司令官が満足そうに会話している後ろから、南は恐る恐る声をかけた。

「自画自賛しているところに悪いんだが、いったいどういう事だ? なぜ3人揃ってここにいる?」

 3人の軍事司令官は振り向き、そして各々苦笑した。

「ここ3週間の間、たった1隻でかなりの数の海賊どもを倒したそうだな」

「好きでやってたんじゃないっスよ」

 柊は近くの壁に寄りかかった。

「事情は聞いてるよ。そちらが噂のオボロヅキ人だね」

 セイメイに向かって宵待が身構え、菊池と笹鳴が庇うようにその前に立った。

「心配しなくても何もしねぇよ。つか怪我してるじゃねぇか。立ち話は身体に堪えるだろう。移動しようぜ」

 南は注意深く周囲を見回しながら、レイカに続いた。


「まずは現在の我々の立場を説明しよう」

 リンドウはソファに背筋を伸ばして腰掛け、口を開いた。

「この間の戦争で、軍でもUNIONでも手を焼いていた海賊どもを倒せたのはお前達オロチのお陰だと言う事は誰もが知っているが、公式上は我々スイリスタルという事になっている。そのせいで、我々はUNIONにも軍にも顔が効くようになった」

 それを受けて、セイメイが続ける。

「全宇宙の海賊のほとんどが、ある自由貿易船を追いかけている。それがどうやらオロチというらしいという情報をUNIONから聞いてね。3皇帝が揃って君達を助けろと命令を出したんだ。理由を聞いて驚いたよ。オボロヅキ人を匿って逃げるなんて、まったく君達らしい」

「そこで、スイリスタルの技術を駆使してオロチの軌跡を追った。滅茶苦茶だぜ、お前らの軌跡。合計すれば30万光年くらいは飛び回ってる。うちで造ったものじゃなかったら追いきれなかった」

 レイカがじろりと北斗を睨んだ。追いかけるのに相当苦労したのだろう。操縦していたのが北斗だという事は、スイリスタルの人間なら誰でも知っている。その操船技術も。

「我々はそれぞれの皇帝に指示を仰ぎ、必ずオロチを見つけ出し、どのような理由であろうとも救出・保護・協力をするよう申し渡された」

 リンドウは重々しく両腕を組んだ。

「我々はお前達に大きな借りがある。とても返しきれる借りではない。お前達が命をかけてオボロヅキ人を守るというのなら、俺達だってそうする」

「もう海賊にも誰にも狙わせない。スイリスタルのプライドにかけて、守らせてもらうよ」

 眼鏡を押し上げてそう言うセイメイに、柊と菊池はソファにだらりと身を沈めた。

「よかった……」

「助かったね……」

「ちょっと待ってくれ」

 南は両腕を組んだ。

「オボロヅキ人は、よく知らんがかなり高い値段が付いているそうだ。それを匿うとなると、スイリスタルにも迷惑をかける事になる。申し出はありがたいが、承諾しかねる」

「なら勝手にしろ。俺達も勝手に守る」

「待たんかい、レイカ」

「俺達はオロチのクルーじゃない。それぞれの皇帝に仕える軍人だ。お前の命令より皇帝の命令を優先する」

「そういう事だ」

 セイメイとリンドウに立て続けにそう言われ、南は額に手を当てた。

「……ったく……どうしてこう、スイリスタルってのは頑固な奴ばっかりなんだ」

「その言葉、そっくり返してやるよ、南」

 笑ってレイカにそう言われ、南は肩を落とした。

「アホやな、自分ら。海賊どもをおびき寄せる事になるで?」

「望むところだ。全員タンホイザー砲の餌食にしてやる」

 軍事司令官達は聞く耳を持つつもりはまったくないようで、3人そろってソファにふんぞり返った。

「助けてもらおうぜ、船長。俺達だけで宵待を守るのは、もう無理っスよ」

「しぐれの言う通りだよ。北斗もそう思うだろ?」

 急に話を向けられ、北斗は帽子の下からおっくうそうに菊池を見た。

「俺は別に。このままこの人連れて飛んでもいいけど?」

「俺も別に一緒に旅をするのはかまわないんだけど、逃げ込める場所があった方が安心できるじゃないか」

「助けが欲しけりゃUNIONにでも加盟すれば?」

「北斗……お前俺に喧嘩売ってる?」

「この程度で頭に血が昇るなんて、まだまだ子供だね」

「……今晩のメニューはドリアとミートローフとフォカッチャとマリネね。和食は来月までなし!」

「そうやってすぐ食べ物で言う事聞かせようとする」

 むくれた2人がにらみ合うのを放って、南は軍事司令官達に向き直った。

「じゃあ、こうしよう。宵待はこのまま俺達の船に乗せる。で、困った時にはスイリスタルを頼る」

「仕方あるまい。ではスイリスタルと星交があるすべての基地に、最優先でオロチの要求を飲むよう伝達しよう」

「しゃあねぇなぁ。ったく融通きかねぇんだからてめぇは」

「そもそも、どうして最初から我々スイリスタルを思い出してくれなかったのかと疑問に思うところだが、我々はそんなに頼りないか?」

 南は困ったように頭をかいただけで、何も言わなかった。

「あの、いいかな」

 遠慮がちに発言したのは、宵待だった。

「ああ、すまん。お前の事なのに、お前抜きで話を進めてしまって」

 端っこに座っていた宵待へ、南は慌ててスイリスタルとの関係を説明した。

「話はわかった。でも、俺がオロチに乗船している限りオロチは狙われ続ける。だったらスイリスタルに隠れていた方が、君達も安心なんじゃ」

「それやったら意味あらへんやろ」

 笹鳴が長い足を組んで宵待を見た。

「どこかにまだ仲間が生きてはるかもしれへん。俺達と一緒におった方が、見付けやすいで?」

「だからって、その為に君達を危険にさらすわけには」

「しつこいな。危険じゃないって言ってるでしょ」

 北斗が仏頂面で宵待を睨みつけた。

「俺も別に、今更食事の用意が1人分増えたって問題ないし」

「掃除の分担とか減ってくれると、俺もありがてぇなぁ」

「と、言うわけだ、宵待。船長の俺も、お前に下船許可をくれてやる気はないんでな」

 何も言えなくなった宵待に、レイカが笑った。

「やめておけ、宵待とやら。こいつらは30年以上もはびこってた海賊を向こうに回してでも、ポーカーの借りを返そうとするほどの根性の持ち主だ」

「1度守ると言ったものは死んでも守る。そういう連中だ。安心しろ」

 宵待は軍事司令官達を見て、それからオロチのクルー達を見た。

 逃げる生活はこれからも続く。

 しかし守ってくれる仲間がいる。自分を観賞用のペットではなく、同じクルーとして迎えてくれる人がいる。

「俺……このままオロチに乗っててもいいんだろうか……」

「そうしろと言ってる」

 宵待は両手の拳を握りしめた。

 一生諦めて、そんな希望すら忘れていたのに、まともに生きていく権利を与えてもらえた。もう『生きる』事だけが生きる目的ではない。誰かを思い、誰かに思われて、感謝と信頼を知った。それはきっと、生きて行く上でとても大切な事なのだろう。それらを知る権利をも与えられたのだという事が、宵待は胸が苦しくなるほど嬉しかった。

 嬉しいと思える自分を幸福だと思った。

「ありがとう……」

 震える声でそう告げ深く頭を下げる宵待に、各々が微苦笑を交わした。

「そうと決まれば話は終わりだ。オロチは何もかもスッカラカンだそうだが、てめぇらだって腹が減ってるだろう。飯の用意をしてあるぜ」

 空気を一新するようにレイカが告げると、セイランも畳み掛けるように口を開いた。

「その前に傷の手当が先じゃないか? 宵待は喉に火傷を負っているようだが、どうしてそんなおかしなところに火傷を?」

「詮索も後だ。部屋を用意してある。治療と食事を済ませたら休め。情けない顔になっているぞ。その間にオロチを整備しといてやる」

 南は地上へ降りて初めて、身体の力を抜いた。




「ここがヨナガ……」

 宵待は地に足をつけた。衛星ではなく、きちんとした他の惑星に降りるのは初めての事だ。

「ヨナガ星はスイリスタルとも交易があるんだって。だからいつでも連絡してくれって」

「困ったら、

 北斗が逃げ、菊池がそれを追いかける。

 オロチにクルーとして乗り込んで1ヶ月。宵待には何もかも初めて見聞するものばかりだった。宇宙の広さに愕然としたが、同時にこれだけ広ければ同郷の1人くらいは生きているかもしれないとも思えた。

「きれいな星だね、ヨナガは」でしょ。安易に頼るのはやめたら?」

「頼るだなんて言ってないだろ。本当に北斗は口が悪いよね」

「あんたは頭が悪いよ」

「何だとこら!」

 どつき合う北斗と菊池に目を細めて、宵待は深呼吸した。ヨナガはオボロヅキとは真逆で地面の方が多い星だ。上空からは山と森がたくさん見えた。

「宵待、船長としぐれが交渉から戻るまでは、オロチの近くで我慢な。帰って来たら街へ出かけよう」

「羽根がしまえるんなら、最初からそうしてればいいのに」

「体力が落ちるとしまえないんだって言ってただろ。お前いったい何を聞いてたんだよ」

「自分だって聞いた先から何でも忘れるくせに」

「忘れてない!」

「ここもきれいだけど、イザヨイもきれいな星だよ。建物が太陽に七色に反射して、夜には青い月がいくつも昇るんだ」

「地球の方がきれいだよ。青い星なんて珍しいし」

 今度行こうな、と笑う菊池に笑顔を返した時、笹鳴から通信が入った。

『南があとちょっとで戻るそうや。今夜は外食するよって、全員出かける支度したって』

「やった! 外食! 船に戻ろ!」

「また露天で買い食いじゃないの?」

「それでもいいよ。後片付けしないで済むから」

 菊池に背中を押されて、宵待はオロチに向かって歩き出した。

 青空に美しく映える、白く大きな我が家へ。

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