6話 入部の条件だって!
「ふーんふんふーん~♪ 燃ーえる星たちよ~♪」
「友希はどうしたんじゃ? 機嫌がええのう」
休み時間、熊捕はなにやら歌を口ずさむ友希の席に近づいていく。
「昨日はレオパーズ相手に快勝だったからねー! そのおかげでお母さんが今日のお弁当を豪勢にしてくれたし、ノリノリだよ!」
「友希の弁当を見れば昨日のオーシャンズの試合結果が分かるんじゃな。あと、その読んでいる雑誌はなんじゃ?」
女子高生が読む雑誌といえば、服の雑誌だったりというのが定番だが、その雑誌に映っている写真では、野球のユニフォーム姿の女性しかいない。
「これは『週刊女子野球』っていう雑誌なんだ! プロから中学までの女子野球を網羅してる、私の愛読書だよ! ほら、どういう練習をすれば上手くなるのか、とかも載ってるんだ!」
そう言って、友希はペラペラとページを捲る。
「ほう、勝利至上主義にゃあ辟易するが、やるからにゃあ勝ちたいしのう。わしも買ってみるか」
「それなら、部室に置いとこっか? 私のお母さんが少し監修してるから、同じものが家に何冊かあるんだ。それなら皆で読めるし!」
「それは有り難いのう。そう言やあ、友希の母親はプロ野球選手と言っておったな。……友希は、野球が嫌になったことはないんじゃろうか?」
「うーん……」
ぺらぺらと雑誌を捲りながら、友希は思い出にふける。
ふと、その手が止まった。
女子高校野球の特集のところに視線が落ちる。
「チームが嫌になりかけた時はあったけど、野球が嫌いになったことはないかな」
「それはええことじゃの。……まあとにかく、部員をあと1人集めんとのう」
熊捕は腕を組んで考え込んだ。
クラス内で色々と当たってみたが、良い返事は返ってこない。
「ねー、雨音ちゃん。野球部に入ろーよー」
「ひゃん!」
友希が前の席に座っている真中の背中を指ですっとなぞると、奇天烈な声が上がった。
「おお、クールな女子と思っとったが、面白い声を上げるもんじゃの」
「いきなり何よ! しかも、呼び方が馴れ馴れしくなってるし」
真中は顔を赤くして振り向いた。
「そう言やあ、真中さんも野球経験者と言っておったな。確かに、経験者がもう一人増えりゃあ、練習も大分捗るしのう」
熊捕と友希はうんうんと頷いて、真中はそれを苦い顔をして見返した。
「なんなのよ、もう。そっちの子も野球部に入ったわけ?」
「わしは熊捕というもんじゃ。よろしく頼むけえ、先輩」
「いつから自分があんたの先輩になったのよ! ……まったく。自分は強いチームでやりたいの。上手くなりたいんだから当然でしょ? 悪いけど、素人だらけの部活は御免よ」
「ううむ、確かに素人と呼ばれるんは否定できんのう。じゃが、実際に見もせずに弱いと呼ばれるんも納得出来ん」
「そーだよー。雨音ちゃんがいれば、強いチームになれるよー」
友希は泣き顔を作りながら、後ろから真中に抱き着いた。
「えっ、ちょっ。……くっ、胸が」
真中は顔を赤らめながら、悔しそうに呟く。
そんな表情を見て察したのか、熊捕は真中の肩をポンと叩いた。
「わしも貧乳じゃけえ。悔しゅうのも分かるが、スポーツにゃあ邪魔じゃろう?」
「あんたは言いにくいことをスパッと言うわね。……そこまで言うなら、分かったわ」
「そうじゃの。まずは貧乳であることを自覚するんが……」
「そっちじゃないわよ! 勝負よ勝負! 自分はあと一週間以内に所属する野球チームを決めようと思っていたの。だけどその前に勝負して、あなた達が勝ったら、野球部に入ってあげてもいいわ」
真中は敵意剥き出しで熊捕を見つめる。
「ほう、勝負か。して、ルールはどうするんじゃ?」
「そうね。3打席立って自分を2回アウトに取ればあなた達の勝ちにしてあげる。どう、大分いい条件でしょ?」
友希は真中の身体を抱きしめたまま、少し考え込んだ。
3回中2回抑えればいいという事は、逆に真中は3回中2回、出塁しなければ勝ちにはならない。
友希は、腕を放して真中の顔を見る。
こちらを見下しているというわけではなく、確かな実力に裏打ちされた、自信を伴っている顔つきだった。
だが、こんな好条件をみすみす手放すわけにはいかない。
「分かったよ。じゃあ勝負は7日後、来週の金曜日だね!」
「ふん! せいぜい首を洗って待っていることね!」
ガタッ、と真中は勢いよく立ち上がる。
「……雨音ちゃん、どこ行くの?」
「どこでもいいでしょ?」
「じゃが、もう授業が始まるけえ」
ガララー、と教室の前の扉が開く。
「はいはーい、ではこれからの授業に使う教科書および参考書を配りますよー。……あら、真中さんどうしたのー、立ち上がってー。もしかしてー、手伝ってくれるんですかー?」
「……。任せて下さい」
見るからに非力な鈴木先生は台車に乗せて教科書を運んでいたらしい。
真中と一緒に、せっせと配布物を配っていく。
「ああいうんを見ると、勝てそうな気がするのう」
「あはは。野球以外では、おっちょこちょいなのかもね?」
そして放課後。
部室に入ると、昨日と比べて物が増えていた。
バットだったり、ボールだったり、ベースや救急箱、ホワイトボードまであった。
「やあやあ。今日はねぇ、練習もしたいんだけどぉ、まずはルールを覚えないといけないからねぇ。あたしや優美もそれなりに知ってはいるけど、理論的なことはあまり教えられないからさぁ、ゆっきーかずっきーが教えてくれないかなぁ」
右京はホワイトボードを見ながら頭に疑問符を浮かべており、左門はノートにホワイトボードの全てをメモしている。
「難しいネ! タッチプレーとか、タッチアップとか、訳分からないデス!」
「ワンアウト1、3塁の状況やと、ゲッツーを狙われる可能性もあるから、基本的に3塁ランナーはゴロゴーなんやね……」
一体、友希たちが来る前に何が行われていたのか。
「あの……、いきなりハード過ぎませんか?」
「いやぁ、質問が多くて深入りしてったら、収拾がつかなくなっちゃってねぇ。面目ない、にひひ」
「ルールを覚えるなら、まずはゲームとかで感覚を掴んだ方が早いですよ。詳しいことは、実際に動きながらじゃないと分かりにくいですし」
「ああ、スパプロなら家にあるよ。確かに、ゲームだと俯瞰的に試合を見れるから、いい教材になりそうだねぇ。進行時間も早いし」
「あ、それと、ひとつ重要なことがあって……」
友希は、今日の休み時間に真中と約束した勝負についてみんなに話す。
「それは、ルールを覚えるよりもまず、ある程度形を整えないと駄目だねぇ」
真中との約束は、試合ではなく勝負である。
ルールを覚えるよりも、その勝負に勝てる実力を身に付けなくてはならない。特にピッチャーの投山は、ルールを覚えている暇などない。
「……なんですけど、私ピッチャーやったことなくて、何も教えられないんですよね」
「じゃあ、僕が教えるよ。小学校の時は少しだけやってたからね」
「よし、じゃあバッテリーの方はずっきーに任せるよぉ。あたしたちは家でゲームしてるからねぇ」
「む……なにかずるいのだ。我もゲームを……」
「それは買って夜やればいいじゃろう」
「し、しかし、我はファミコンを持ってないぞ!」
ファミコンでは時代が古すぎる。と、誰もが頭に思い浮かべる。
「じゃあ、夜になったら私の家に来てよ! 明日は学校ないし、お泊り会しよー!」
「友希ちゃんの家か。僕も行くの、凄く久しぶりだな」
「なら決まりですわね。……あと友希さん、わたくし、野球用具の買い出しに行きたいのですが、手伝ってくださいますか?」
部室には野球用具が揃いつつあるが、部活動を進めていくにしては、確かに物足りない。
「分かりました。じゃあみずき、後で連絡するね!」
制服のまま、友希と2年生の4人は帰路へついた。