56話 運命の抽選会!
「なんで今日、関東大会の決勝を見れないわけー!?」
「仕方ありませんわ友希さん。抽選会の方がわたくし達にとっては大事ですから」
関東大会の決勝には、神奈川代表の立浜クラブと東京の代表が勝ちあがっていた。
しかしながら、雨によりグラウンド整備の時間が押し、ちょうど決勝と抽選会の時間が被ってしまった。
「じゃあ立浜クラブはどうするんですか?」
「それはわたくしに聞かれても……」
友希の質問には、要綱を読み込んできた二宮が答える。
「春の大会で優勝した立浜クラブと準優勝の斡木クラブは①か⑯のどっちかだからねぇ。抽選会にはいなくても、そこまで問題はないんだってぇ」
春の大会で優勝した立浜クラブと準優勝の斡木クラブは初戦で対戦したりしないように、反対のブロックになるよう配慮されている。
今回は参加チームが16校で区切りが良くシードは存在しないが、実質的にシードのようなものだ。
抽選会は広いホールで行われ、各校のキャプテンが壇上に上がり、それ以外の選手や監督は客席で見守っている。
「緊張しますネ!」
「うちらは部員少ないしなぁ。出来れば強い所とは当たりたくないなぁ」
最初に抽選を行うのは、春大会で準優勝だった斡木クラブ。
斡木クラブの抽選だけ別で、①と⑯の番号が記された紙が入っている箱が用意される。
くじを引くのは当然、斡木クラブの主将、高嶺凛。
場馴れしているのか、緊張した様子を微塵も見せずに箱から紙を引き抜く。
最初なのでどちらを引こうと何かがあるわけではないのだが。
「これ、ね」
紙には①の数字が記されていた。
「んふ、何事も1番は良いことね」
トーナメント表の1番に、斡木クラブの名が刻まれる。
そして自動的に、16番には立浜クラブが入った。
「あ、ニノさんが立ち上がったのだ!」
各チームの主将の中では比較的小柄な二宮が、相模南の名を呼ばれて立ち上がる。
さすが生徒会副会長を兼任しているだけあって、初めての舞台にもかかわらず飄々としている。
だが、度胸とくじ運は全く関係なかった。
「……ありゃ」
二宮が引いた番号は。
『相模南女子高は2番に決まりました。続きまして、河咲女子高の―――』
壇上の二宮は元の席に戻り、一息つくと。
後頭部を掻きながら、相模南女子のナインがいる観客席の方に舌を出した。
対してナインは、事情をよく掴めていない一部を除き、目を細くして二宮を見つめていた。
「……全く、ニノのくじ運の悪さは一体どこから来ていますの?」
「まさか、初戦から斡木クラブが相手なんてなぁ。予想外やね」
対戦相手の主将・高嶺はこちらへ向けてひらひらと手を振っている。
余裕のある表情に、友希は少しだけ背筋が寒くなる。
それでも、それを面に出さないよう友希は笑顔で返して見せた。
勝負は2週間後に控えているのだから。
抽選会が終わり、学校に戻ってくる。
「……いやぁ、まさか初戦に斡木クラブとはねぇ。ごめんねぇ」
言葉では謝っているが、二宮は相手なんてどこでも一緒と言わんばかりの表情を見せる。
「良いですけれど。どうせいつか闘わなければいけませんから」
一之瀬は言葉とは裏腹に、まだ納得していない様子だ。
1回戦以降だが、神奈川の4強は見事に分散された。
順当に行けば準決勝で翔和女子とぶつかり、決勝で立浜クラブか大田原クラブと会い見えるだろう。
もちろん、自分達が勝ち上がればの話だが。
二宮はあまり気に留めていないようだが、特に2年生の雰囲気は重い。
それは、斡木クラブの公式戦を目の当たりにしたからだろう。
決勝戦に上がってきたのは違うチームだったとは言え、今の雰囲気でどれだけ強かったかを物語っている。
そんな中、声を出したのはアメリカからやって来たマリーだった。
「みんな駄目だよ。最後は気持ちだよ。はっきり言うけど、相手の方が強いと思う。でもね、格上相手に気持ちで負けたら、絶対に勝てないよ」
「それは分かりマス、ケド……」
気持ちを入れ替えろとだけ言われて、簡単に替えられるなら悩みはしない。
「良いよ。ワタシが相手になってあげる」
そう言ってマリーはユニフォームを手にした。
着替えただけなのに、目つきが変わったような気がする。
「さあ、最初に打席に立つのはだれかなぁ?」
「……。ミーが立つネ!」
練習をする予定ではなかったが、すぐに準備をして打撃練習に入った。
マリーが投球練習をしているのを見る。
……ストレートしか投げていないのに、皆は驚きを隠せなかった。
120Km/hオーバー。
それは日本の女子プロ最速と遜色ない。
断言できる。
マリーより打ちにくい投手がいる可能性はあるが、マリーより速い球を投げる投手は、神奈川には存在しないことを。
もちろんバッティングマシンでこれ以上のスピードを投じさせることは出来るが、実際の人間が投げた球とはどうしても齟齬が生じる。
活きた球でこんなに速い球は、それこそ男子に投げさせるしかないが。
そもそも男子であっても120Km/hをコントロール良く投げられる人はそんなにいない。
「うちも打ってみせるわ!」
続々と、長蛇の列が出来ていく。
段々、段々とタイミングがあっていく。
マリーの投じた球が130を数えた時だった。
最後に打席に立った一之瀬の打球が、外野の柵を越えていった。
「ふいー。疲れたよぉ。ワタシももうだめー」
2、3回休憩を挟んだとはいえ、ずっと投げっぱなしだったマリーはクールダウンしながらタオルで汗を拭く。
「マリーさん、ありがとうございました。わたくし達のために無茶をさせてしまって……」
「いいよいいよ。ワタシが勝手にやったことだもん」
1人ひとりが、確実にヒットだと言える打球を打つまで投げ続けた。
1人で130球を投げ切ってまでマリーが皆に与えたかったのは自信だ。
最速の球を打ったと言える自負。
気持ちで勝つために絶対に必要なもの。
「マリー、また一緒に野球やるデス!」
「……ふふ。うん、必ずね」
練習が終わり、別れの時間が来る。
明日でアメリカに帰るマリーは、少しだけ含みを持たせた言い方で去って行った。




