3話 5人目なのだ! & 6人目じゃな
プロ野球が好きな方は分かるかと思いますが
広島→レッドスナーパー
阪神→レオパーズ
横浜→スターオーシャンズ
巨人→ラビッツ
中日→ダイナソーズ
東京→スワンズ
になっています。
「友希ー、遅刻するわよ」
「……うーん」
朝に弱い友希は、半分眠った状態で顔を洗った。
段々と目を覚ますと同時に、昨日の感触が蘇る。
軟式とは違う、硬式のボールの感触。
高校生になったんだな、と実感する。
「そう言えば友希、野球はどのチームでやるの?」
「それなんだけどね、高校の野球部に入ることにしたんだ」
友希がそう言うと、母親は首を傾げる。
「私も相模南に通っていたけれど、野球部なんてなかったわよ?」
「うん。今年からできたんだって」
「そうなの。でも、プロになりたいんだったら、私のチームに来た方がいいんじゃない?」
「母親が監督やってるチームなんて、依怙贔屓とか思われそうで嫌だよ」
「なら少し遠いけど、立浜女子なんてどう?」
友希はそのチームの名前を聞いて、少し青ざめた。
ハマスタの近傍に本拠地を置き、神奈川でも屈指の強豪チーム。
昨日の真中の言葉が蘇る。
勝つための、野球。
そして、中学の時の野球が、記憶から掘り起こされる。
「……まあプロにはそれが一番近道かもしれないけどさ。でも、強豪チームに入るより、そうじゃないチームで優勝する方が、楽しいじゃん」
「血は争えないのね。でも、もし戦うことになっても、手加減は一切しないわよ」
「分かってるよ。じゃあ、行ってきまーす!」
登校の途中、友希は小鳥遊とばったり出会った。
「おはよう、友希ちゃん」
「みずき、おはよー! ねぇねぇ、部員の話だけどさ」
小鳥遊はキラキラとした笑顔を友希へと向ける。
男に勝るとも劣らないイケメンっぷりは1年生の中ですでに噂になりつつあり、登校中でも周囲から熱い視線が送られる。……が、当の本人はまったく気づいていない。
「投山さんと、熊捕さん?」
投山桜と熊捕紅葉。友希が自己紹介の時に目を付けていた二人。
中二病の様な喋り方をしていた子と、広島弁の子だ、と小鳥遊もすぐに思い出す。
「そうそう! 自己紹介の時にさ、あの二人はまだ部活決まってなくて、しかも運動部に入りたいって言ってたから。早くしないと他の部活に取られちゃうよ!」
「休み時間に勧誘するってことだね。分かった。じゃあ僕は、投山さんの方を勧誘するよ。熊捕さんの方はよろしくね」
「うん!」
まだ授業は始まらない。
オリエンテーションのようなことを終えて、昼休みへと入る。
「投山さん。もし良かったら、僕と一緒にご飯食べない?」
寂しげな表情を浮かべながら、一人で弁当を食べようとした投山に、小鳥遊は声をかける。
赤みがかったサラサラとした髪をしており、顔を上げたが髪で左目が隠れている。身長は高くないが、筋肉がないわけでもなく、運動をよくしている小・中学生、みたいな印象だった。
「わ、我とか? そ、そうだな、別に、構わないぞ」
「じゃあ机、くっつけるね」
小鳥遊の正面に座った投山は、緊張したように箸が震えている。
「そ、それで、我に何か、用なのか?」
「そうだね。でもまずは僕と、友達になってくれるかな?」
「と、友達? ……友達、か。そ、そこまで言うなら、そう、だな!」
投山は何処に視線を向ければいいのか、右往左往している。
「それで、自己紹介の時、投山さんは運動部に入りたいって言ってたよね? もう部活って、決まったかな?」
「いや、まだ決まってないぞ……」
「それなら、僕と一緒に野球部に入らない? 部員が足りなくて、投山さんと一緒に野球、したいな」
小鳥遊が微笑むと、さらに緊張したのか投山は顔を赤くする。
「や、野球か。そうだな、悪くないのだ」
しかし、投山はなぜかもじもじし始める。
「どうしたの?」
「い、いや、投山さん、だとちょっと……」
「ああ、さん付けだと親近感がないよね。桜ちゃん、でいいかな? 僕のことはみずき、って呼んで欲しいな」
「みずき、か……」
投山はそう呟いて、下を向いた。
心配そうに覗く小鳥遊に構うことなく、ゆったりとした深呼吸を繰り返す。
そして、小鳥遊が思わず驚きの声を上げるほど勢いよく面を上げた。
「ふふふ、我の真名は投山桜ではない、大魔王・サタンなのだ! 大魔王もしくはサタンと呼ぶがいい!」
「えええ!? えーと……、桜ちゃんじゃ、駄目かな。凄く可愛いと思うんだけど」
狼狽している小鳥遊に、投山は残念そうに頬を膨らませた。
「むう、仕方ないのだ。例の機関に我の真名が知れ渡ってしまっても困る。よろしくなのだ、みずき」
「……例の機関って、なんだろう?」
いつの間にか本調子になったのか、投山は隠れていた左目を手でかき上げている。校則では禁止のはずの、カラーコンタクトが施されている周到ぶりだった。
「あ、あはは。じゃあ放課後、一緒に野球部の所に行こうね、桜ちゃん」
「ふむ、よかろう!」
話している二人は気付かないが、その会話はクラスの注目を集めていた。元々顔立ちが男の様でかつイケメンな小鳥遊。そして言葉使いにかなり特徴がある投山。
あの友希でさえも、その会話の行く末は気になっていた。
「……それで、三咲さんもわしを野球部に勧誘しに来たんか?」
友希の正面に座っているのは、熊捕。
黒髪をポニーテールに結んでいる、精悍な女子。目は半開きで一見ボーっとしているようだが、よく見ると眼つきは鋭い。
「うん! 熊捕さんも運動部、しかもチームスポーツがやりたいって言ってたから」
「構わん。ただ、ひとつ確認したいことがあるんじゃが」
すぐに了承したことに対して友希は戸惑いながらも、熊捕の話に耳を傾ける。
「わしは、物心ついてから今まで、剣道を嗜んできたんじゃ。それこそ、毎日毎日。中学では、全国大会の決勝戦までいったが」
「全国の、決勝!?」
驚きを隠せない友希を気にも留めず、熊捕は続ける。
「それでも、優勝できんかったわしには、何の価値もなかったんじゃ。勝利至上主義、なんて、わしは絶対に御免こうむるけえ」
友希の頭に、またしても中学の時の記憶が蘇る。
勝利を第一に。それ以外のことは全て余計なものだった。
私は、野球をやっているのか。それとも、戦争にでも赴いているのか。
時々、分からなくなった。野球じゃなくてもいいんじゃないかと、そのチームは何かがおかしかった。
「……もちろんだよ。少なくとも、私は絶対にそんなことをしない。約束するよ!」
「分かった。なら今日の放課後、仮入部するけん」
「ホントに!? ありがとー、熊捕さん!」
「紅葉で大丈夫じゃ。よろしくのう、友希」
「うん、紅葉ちゃん! でねでねっ、野球はね!」
昼食を食べるのをそっちのけで友希は野球の楽しさを説いていく。
固い表情だった熊捕の顔も、段々と溶けていき、小さく笑顔を見せるようになる。
……それを、真中はじっと見つめていた。
「いやぁ、2人も連れて来てくれるなんてねぇ。うんうん、良い調子だねぇ」
大きく頷きながら、上級生の二人は笑顔を見せている。
授業もまだないのか、どうやら先に練習していたらしい。
ユニフォームは砂を被っており、額には汗が滲んでいる。
一通り自己紹介を済ませた後に、一之瀬が道具を配る。
「これが、約束のユニフォームとグローブですわ。スパイクはあとでサイズを聞かせてもらいますわね」
「ユニフォームといっても、学校名も何も書いてないのう」
「まあ試合用のやつは今度ねぇ。とりあえずこれで6人かぁ。今日はちょっと呼べなかったけど、あと1人は仕込んであるから、安心して」
ユニフォームに着替えるのは後にして、グラウンドに整列する。
その前に、二宮が立った。
上級生でもあるし、必然的にキャプテンである。
「今いる6人とぉ、目星を付けた1人を合わせて7人かぁ。最低でもあと2人はいるねぇ」
腕を組んで二宮は項垂れる。
友希から見ても、もう2年生には入ってくれそうな人はいないという事が想像できた。
「あのー、一人なら、一応可能性あるかもです。低いけど」
「友希ちゃんそれって、真中さんのこと?」
「うん。一回断られたけどね。なんとなーく、入ってくれそうな気がするんだ」
「そうかな。僕にはちょっと、厳しそうに見えたけど」
友希と小鳥遊の会話を聞いて、二宮は少し考え込んだ。
「どうしましたの?」
「いやねぇ。正直な話をするとさぁ、女子甲子園いくのって厳しいよねぇ。そう思わない? ゆっきー」
突然話を振られて友希は狼狽する。
それはもちろん、勝つことを至上主義として、有名選手を引き抜いているチームもある。そんな所に、初心者もいるチームでトーナメントを勝ち抜くのは、簡単な話ではない。
だけど、「難しい」とこんなに早く言ってしまうと、チームの士気が下がってしまう気がした。
「……言えないってことは、厳しいってことだよねぇ。うんうん。だからさぁ、一刻も早く練習しなきゃだよねぇ。出来ればこの場で、ポジションとか決めたいんだよねぇ」
「……もう、ですか?」
「そうそう。といっても初心者は空いてるポジションに付けばいいから、ゆっきーとずっきーで三遊間は埋まってるとしてぇ、あと確率は低いけど入ってくれるかもな女の子のポジションって分かる?」
「確か……センターだった気がします」
「よし、じゃあ三遊間とセンター以外の残りで、希望制だねぇ」
確かに、希望のポジションの方がやる気は出るだろう。だが、ポジションにも適正というのがある。
「あの、左利きとかは考慮した方が良いと思います」
「あー、確かにそうだねぇ。確か今日来てない1人は右利きだから、左利きは優美だけかなぁ?」
「……ふふふ、我も左利きなのだ!」
待ってましたと言わんばかりに、投山は一歩前に出てポーズを決める。
「へぇ~、サタンちゃんも左利きなんだねぇ」
「我をサタンちゃんと呼ぶな! 威厳が無くなるのだ!」
「いいじゃん可愛いんだからぁ、にひひ。えーと、優美とサタンちゃんが左利きでぇ、左利きが有利なのは、ピッチャーとファースト、もしくは外野だねぇ」
二宮と一之瀬は顔を合わせてうんうんと頷く。
初心者ではあるが、生粋のラビッツファンとして、野球には詳しい二人だった。
「じゃあわたくし、ファーストが良いですわ。背も高いですし……」
一之瀬は挙手をして言った。少し最後、歯切れが悪かったが。
友希も、身長が高いからその方が良いと思っていた。
だが。
「そうだねぇ。優美は足もそんな速くないしねぇ。安定感のあるファーストが良いよねぇ」
「……二宮。次に太ってるって言ったら、ぶちのめしますわよ」
一之瀬はいつも細目だったが、目を見開いて二宮を睨みつけた。三白眼となっていて、声はドスが聞いており、いつもとのギャップで熊捕以外の新入生は震えあがる。
「太ってるとは言ってないんだけどねぇ。ちなみに、優美があたしのことを二宮って言う時は本気で怒ってる時だから、みんな気を付けてねぇ。にひひ」
笑ってる場合なのか、とその場の全員が思ったが、二宮は何事もなかったようにポジション決めを続ける。
「じゃあ次。サタンちゃんはどこがいい?」
「……ふふ、ふふふ。我は死屍累々の中心で頂に立とうぞ!」
……。
皆の頭の中に疑問符が浮かぶ、が投山は答えを言う気は更々ない。満足げの顔をしたままふんぞり返っている。
その暗号を解読したのは。
「……投手?」
友希だった。
熊捕以外は、正解を言われて気付く。
「なるほどぉ、死屍累々ってぇ、4つの塁のことかぁ」
「で、頂がマウンドですね。でも、桜ちゃん野球やったことないのに、よく知ってたね」
「我が情報網を持ってすれば簡単な事なのだ。ピッチャーというのが最も格好いいのであろう?」
フンス、と満足げな表情を浮かべる投山だったが、ピッチャーのイントネーションが少し違う。
「それだと水差しじゃ。携帯で調べたんじゃな」
「ふぇっ?」
全員が気付いただろうが誰も言わなかったことを、熊捕は言い放つ。
「いやぁ、あたしもそれなりだけど、もみもみちゃんは言いにくいことをズバッと言うねぇ」
「……もしかして、もみもみちゃんというのはわしの事ですかのう?」
「もちろんだよ、にひひ」
「卑猥じゃけえ、止めて欲しいのう」
「はいはい。じゃあ、もみちゃん。ピッチャーとファースト、あと3遊間は埋まったからねぇ。まあ、ピッチャーは複数いても全然いいけど」
「……なら、キャッチャーじゃな。面を被るのは慣れておるけん」
初心者にバッテリーというのは些か荷が重いと、友希も小鳥遊も思った。
まあそれでも、試してみないとどうしようもないのだが。
「じゃあ、あたしはセカンドかなぁ。肩はそんな強くないけど、足だけは自慢できるしねぇ」
「逃げ足だけは、というやつですわね」
「優美に掴まったら酷い目に遭うからねぇ、にひひ。まあとりあえず、これがグローブねぇ。バッテリーで投げてみたらぁ?」
それを聞いて、投山はキャッチボールをすることもなくマウンドに上がった。
「ふふふ。我が大魔王の投球、受けてみるが良い!」
投山はマウンド上で左腕をグルグルと回した。
熊捕はマスクだけ被り、防具をつけずにキャッチャーの位置に座る。
「というか、昨日マウンドなんてありましたっけ?」
「……。いやぁ、今日業者を呼んで、ちょっとねぇ」
投げるには問題ないが、横や後方はぼろぼろな傾斜。
あれで業者に頼んだのであれば、ぼったくりではないだろうか。
そう思いを馳せたが、友希は急造バッテリーの方に目を向ける。
投山は初心者とは思えないフォームで振りかぶり、足を上げ、上体を下げる。
「アンダー、スロー……?」
人物紹介⑤
投山 桜 (なげやま さくら)
相模南女子高等学校 1年A組
??番ピッチャー 左投げ左打ち
156㎝ 50Kg 髪色:赤
出身:神奈川
好きな球団:レッドスナーパー
好きなこと:料理
人物紹介⑥
熊捕 紅葉 (くまとり もみじ)
相模南女子高等学校 1年A組
??番キャッチャー 右投げ右打ち
158㎝ 50Kg 髪色:黒
出身:広島
好きな球団:レッドスナーパー
好きなこと:歴史