30話 生徒会のみなさん!
6月半ば。6月と言えば梅雨である。
例年通りに雨の割合は多く、グラウンドが使えないとなれば屋内で練習するしかない。
必然的に、練習メニューは制限されていく。
「ほら友希、テルテル坊主なんか作ってる暇があるんなら、素振りでもしなさいよ」
「だってこう雨が続くとさー。雨音ちゃんが雨乞いなんかするからいけないんだよ」
「あれはスワンズの応援なの! 傘を振ってるだけで、別に雨乞いしてるわけじゃないのよ」
「スワンズの応援はなんかカッコいいのだ!」
「浮気しちゃああかんぞ。わしらのレッドスナーパーの応援も十分カッコええじゃろうが」
野球チームの応援歌談義に、いつもならオーシャンズの応援歌の1つや2つ口ずさむ友希だが、今はただ窓の外の景色を見て溜め息を吐くだけだった。
「なによ。センチメンタルな気分にでも浸ってるわけ?」
「……そう。みずきのお勧め本を読んでたらね……。って違うよ! 雨が嫌なの私は! 晴れがいーのー!」
「あの、僕のトラウマを抉るのは止めて欲しいな」
小鳥遊は小さな声で訴えたが、誰の耳にも届かない。
「まあ、連日となると嫌だけれど。自分は雨って結構好きよ。名前にも入っているし」
「雨の音が心に響くんじゃ」
「そして胸の奥がキュンとするのだ!」
小鳥遊のお勧めした本のフレーズを用いて会話するが、当然小鳥遊は気持ちよくない。
「……だから、やめてってば」
「よしよし。ごめんね、みずき」
「友希ちゃんの、ばか」
「でもさー、本当に梅雨って気が滅入るんだよねー。そろそろ晴れるらしいけど」
まだ太陽は沈んでいないはずなのに、灰色のどんよりとした雲が覆って夜のように暗く、気分も晴れない。
「友希さん達、監督が集合して欲しいと言ってますわ」
筋トレルームで練習していた一之瀬が、1年生を呼びに来た。
「あれ、ニノ先輩はどこにいるんですか?」
しかし集合場所に行っても2年生は3人しかおらず、いつも前面にいるはずの二宮がいない。
「ニノは生徒会の仕事がありますので、席を外していますわ」
「……えー、おほん」
話をしている部員たちの前で、監督は一つ咳払いをする。
「最近雨が続いて気分が落ち込みますねー。そんな気分を払拭するためにあるものを用意しましたよー」
「酒じゃないじゃろうな?」
「確かに気分爽快になりますけどー、さすがに違うのですー。答えはー、『練習試合』なのですー」
練習試合、という言葉を聞いた瞬間、部員は驚きと喜びの声を上げる。
合宿の時に紅白戦はしたものの、遊び半分な所はあった。今の自分達の実力が、他の高校やクラブチームと比較してどれくらいなのか、試したいという気持ちは皆持っている。
「で監督! 相手はどこなんですか!?」
「相手はですねー……」
ガチャリ。
二宮は呼び出しに応じて生徒会室を訪れる。
「かいちょー、何の用ですかぁ?」
「遅いぞニノ。野球部の練習も大事だろうが、生徒会の仕事をおろそかにして貰っては困る」
生徒会長の篠原佳奈は、副会長である二宮の机に書類を置いた。
少し硬質な黒髪に強気な目。整った顔立ち。それは性格にも表れているのか、書類は二宮の机のど真ん中に、一度のずれもなく置かれている。
野球の練習に忙しく、生徒会室に二宮が入るのは久しぶりだが、怖いほど何も変わっていない。
自他ともに認める完璧超人を前にすると、流石の二宮も少しだけ萎縮する。
「……じゃあかいちょー、あたしは練習に戻りますねぇ」
「逃がさんぞ」
会長は、踵を返した二宮の肩をがっちりと掴む。
「これはお前にしか出来ない仕事だ」
「あたしだけ?」
「そうだ。女子甲子園、神奈川県大会の申し込み用の書類だ。すでに鈴木先生のサインは貰っているが、部長のサインもいる。あとサインは規定をちゃんと読んでからにしろよ? お前は仕事が出来るからと言ってすぐ適当にやる癖があるからな」
「……はぁい」
ペラペラと、頬杖をつきながら書類を読む二宮に、会長は声をかける。
「そう言えば、学校統合の件を部員に話したらしいな」
「そうですけどぉ、駄目でした?」
「いや、駄目ではない。他の生徒に漏れなければ、な」
「それなら大丈夫ですよぉ。たぶん」
「……たぶんは余計だ」
二宮は書類を読み終え、サインをする。
県大会は9月の土日に行われる。
夏休みを挟むとは言え、カレンダーを見ると残り日数が大分少なく思えた。
「締め切りは今月末だ。忘れないうちに郵送しておけよ」
「はぁい。じゃあ、いってきまーす」
二宮は返却用用紙を封筒に入れ、ジャージのポケットに入れる。
「お前は本当にそういうところが適当だな。……ああ、そう言えば、来週の練習試合の話だが」
「? 練習試合?」
「なんだ、聞いていなかったのか。来週の日曜日に練習試合を組んだと、鈴木先生が言っていたぞ。その審判としてあたしたちも参加することになったからな。お前達には期待している、とりあえずお手並み拝見させてもらうからな」
「かいちょーが? 野球のルール、分かってますかぁ?」
「あたしを誰だと思っている。昨日ルールブックは読んだから大丈夫だ。ま、巴も大丈夫だろう」
会長が指差した方を見ると、会計の前橋巴が必死にルールブックを暗記していた。
「巴さんもいたんだ。いやぁ、全く気づきませんでしたよぉ。相変わらず、ステルス機能高いですねぇ」
会計の席に座っていた前橋は二宮の声に顔を上げる。
いつものことだが、寝不足のように血色が悪い。眼鏡の奥はクマができているのか、少しだけ心配になる。
「お前、私のこと馬鹿にしてないか?」
「してませんてばぁ。にひひ。巴さんもなにかスポーツした方がいいんじゃないですかぁ? 血行良くなりますよぉ」
「余計なお世話だ。事務仕事ならお前より体力はあるってーの。それより部費の件だが、購入品があるなら早く言え。お前が会計の仕事をしてくれるなら話は別だがな」
「はーい、善処しまぁす。あ、そうだ、練習試合の相手チームって分かりますかぁ?」
「えーっと、なんってったっけ? 佳奈憶えてる?」
「斡木クラブだろう? 鈴木先生が高校の時に所属していた」
「……斡木クラブ!?」
監督の言葉にナインはさらに驚きの声を上げる。
「そうですよー。私も監督一年目ですしー、伝手があるのはそこくらいしかありませんしねー。ちなみに、試合はここでやりますよー」
そうは言っても、という話だ。
ここ数年は立浜クラブが覇権を握っているとは言っても、監督が高校時代の頃までは斡木クラブの天下だったし、最近でも決勝の常連ではある。
「いきなり強敵ですね……」
強敵、と小鳥遊が言うのも無理はない。
「でも、ハマスタに行くには避けては通れぬ道なのですー。まあ、とは言っても練習試合は1年生だけでー、2年生は出てこないらしいですけどねー」
「なんやぁ。びっくりしてもうたわ」
左門も、他の皆も、斡木クラブの実力については、動画サイトにアップされている春の大会の動画などで知っている。
自分達を贔屓目に見ても、まだあの実力には到底追いついていないことは理解していた。
「1年生ですけどー、中にはレギュラークラスの選手もいるらしいですよー。それにー、野球の経験年数で言えば、向こうの方が上ですのでー、胸を借りるつもりでいかないといけませんよー」
「……胸を借りるって、なにかエロい言葉ネ!」
「はい、右京さんは素振り100回追加ですー」
「ホワイ!?」
文句を言いながらも、右京は素振りをすぐさま開始する。
みんなが練習試合のことについて談笑している中、ふと投山が窓の外を見ると、先程まで止む気配の無かった雨が上がっていた。
「友希が作ったテルテル坊主の効果が出たのだ!」
「やっぱり? えへへー、凄いでしょ! どう、雨音ちゃんも納得した?」
「ただの偶然でしょうが」
雲から微かに光が差し込んでいる。天気予報では、どうやら雨はしばらく降らないらしい。
「では、明日からは試合に向けた練習を始めますよー。朝練が出来るように、今の内にグラウンド整備だけやっちゃいましょー」
「「はーい」」
練習試合をやるのだから、汚いグラウンドでは申し訳ない。
スポンジやかっぱぎを使って、いつもより念入りにグラウンド整備をしていった。




