29話 給料日なんだ!
今日は5月25日。
25日に限った話ではないが、一般的にこの日にちを給料日として設定している会社は多い。
右京や左門は家庭教師として日雇いのように働いた日に給料をもらっていたが、友希が働いているスポーツショップ、小鳥遊の働いている書店、熊捕と左門が働いている二宮の小料理屋も25日が給料日となっていた。
友希は部活の後、バイトのために新しく作った口座の残金を確認し、にやけそうな顔を我慢しながら皆の元に戻る。
「どうじゃ? ちゃんと入っておったか?」
「うん! 途中からだったからあんまり多くはないけど、2万5000円入ってた! 明日お年玉と合せて、グローブ買うんだ!」
「我も明日グローブを買うぞ!」
「わしはミットじゃな。一応決めてあるが、やっぱり手に取ってから決めたいけんのう」
「なんで、自分まで駆り出されなくちゃならないのよ」
明日は皆で集まって、友希のバイト先でグローブを買う約束をしている。すでにグローブを持っている真中も強制参加で。
そして今日は……。
「みずきのバイト先にお邪魔するのだ!」
日は既に暮れているが、駅前は人の往来が多く、明かりも眩い。
外からは分からないが、駅ビルの6階に小鳥遊の働いている書店がある。
小鳥遊のバイト終わりにご飯を食べに行く約束をしているので、時間はまだある。
駅ビルの中で洋服やCDなどをウィンドウショッピングした後、目的の書店へと入った。
「いらっしゃいませ。……あ、友希ちゃんたち、もう来たの? バイト終わりまであと1時間くらいあるけど」
「やっほー! 来ちゃったー」
小鳥遊は制服を着用しているためか、いつもより物静かで、大人びたように見える。
「初めて来たが、思ったより広い書店じゃのう」
様々な種類の本が、いくつもの棚に陳列されている。
「そう言えば、みずきは読書が趣味と言っていたのだ! お勧めの本を教えて欲しいぞ!」
「いきなりお勧めって言われても難しいな……」
「みずきの好きな本でええんじゃ。ジャンルで言やあ、何が好きなんじゃ?」
「ジャンル? そうだね、歴史小説とか?」
小鳥遊は、なぜか目を逸らして答える。
「ほうか! 実は、わしも歴史ものが大好きなんじゃ! 特に江戸末期から戦後にかけての歴史の動きがたまらなくてのう。みずきはどの時代が好きなんじゃ?」
「えっ? め、明治維新らへんとか?」
「ええのう。攘夷か、開国か。尊王か、佐幕か。色々な思惑の中でうごめいて、歴史が変わっていく瞬間っちゅうのは本当に堪らん」
目を輝かせて明治維新にくいつく熊捕に、すこし小鳥遊は後ずさる。
「我は推理小説が好きなのだ! 最後の方に、一気に謎を解いていく爽快感は素晴らしいのだ!」
「桜ちゃんって推理小説が好きなんだ! 私はあんまりグロテスクなの、得意じゃないからなぁ。合宿のお化け屋敷もそうだったけど」
「我も殺人事件とかのは苦手なのだ。でも、人が死なない推理小説もいっぱいあるぞ!」
投山はそう言って辺りをきょろきょろし始める。
「うちにもグロテスクじゃないミステリコーナーはあるよ。そういえば友希ちゃんって、いつもどんな本を読んでるの?」
「……なんていうか、活字が苦手と言うか、ね? 漫画以外だと、読んでもファンタジーとかSFとかなんだよね。そ、そうだ、雨音ちゃんはどんな本を読むの?」
「……なんか話題逸らしに使われた感が強いわね。自分は科学系の読み物とかかしら。宇宙とか、生物系とか」
「へー意外。なんか恋愛小説とか読んでそうだった」
「そっちの方が意外でしょうが!」
読書のジャンルで盛り上がっている中、他の一般客が小鳥遊に質問してくる。
勿論仕事中なので、友達よりもお他の客を優先しなくてはならない。
「あのー、小鳥遊さん。また恋愛小説のお勧めを教えて欲しいんですけど……」
他の高校の女子なのか、制服姿の女の子だった。
また、ということから、以前も聞きに来たことがあるのだろう。
「え……。そう、ですね。今週の売り上げ、恋愛部門で2番目だったこの本とかどうでしょう。時代は戦後間もなくですけど、まだ身分の差があって、その壁を乗り越えようとする2人がとてもロマンチックなんです」
「買います! 私も小鳥遊さんとそういう……。はっ、すいません!」
その女の子は、逃げるようにレジへ走っていく。
「……みずき?」
友希の問いかけに、小鳥遊は恐る恐る友希たちがいる後ろを振り向く。
「なに、かな?」
「アンタって、そうやって女子をたぶらかすの上手いわね」
「酷くない!? 質問に答えただけだよ?」
「じゃが、歴史小説が好きっちゅうのは方便じゃったんじゃのう。わしは悲しいぞ」
「いや、だから質問されただけで、別に恋愛小説が好きというわけでは……」
「『店員・小鳥遊が勧める恋愛小説10選! センチメンタルな気分に浸りたいあなたに』っていうポップを見つけたのだ! それぞれの本にみずきの感想が書いてあるのだ!」
「!? 隠していたはずなのに!」
いつの間にかどこかに消えていた投山は、爆弾ワードを持ってくる。
小鳥遊はそれを聞いて一気に青ざめた。
「ほう。好きでもないジャンルで感想をここまで書くとは、仕事に対する意識が高いのう。見上げた根性じゃなあ、みずき」
「……そ、そうだよ。僕は恋愛小説が好きなんだ。でも、恥ずかしかったから」
恥ずかしそうに俯く小鳥遊に、友希は肩をポンと叩く。
「友希ちゃん……」
「こういう時は堂々としてればいいんだよ。恥ずかしがったり、隠したりするからいけないんだよ」
「……友希ちゃん、まだゲームの時のことを根に持ってたんだね」
友希たちは小鳥遊10選の恋愛小説をそれぞれ購入し、小鳥遊のバイト終わりに合わせて夕食を食べに行った。
小鳥遊の顔色は優れなかったが。
そして翌日。
一年生だけでなく、二年生もグローブを買うために集まった。
「雨音ちゃん、すまんなあ。うちら、どういうグローブ買えばええかわからんねん。一応調べてはみたんやけど」
「いえ、大丈夫です。左門先輩も、右京先輩も候補は絞ってるみたいですし」
真中はカタログの付箋が張ってあるページを捲りながら返す。
「雨音、昨日のわしらの時と反応違わんか?」
「アンタ達は意味もなく呼び出すからでしょ。まあ……楽しかったから、いいけど」
「……僕がピエロになったからね」
「みずきがお化け屋敷の後と同じ表情になっているのだ!」
「あ、そう言えばぁ、お化け屋敷の時の悲鳴とか録音してあるけどぉ、聞く?」
「「いいです」」
一年生の4人は声を揃えて拒否した。
「ぐずぐずしてないで、レッツ入店ネ!」
右京の掛け声とともに自動ドアをくぐると、待ち構えていたかのように友希と一之瀬が立っていた。
「いらっしゃいませ!」
各々がグラブを手に取り、感触を確かめてレジへ持っていく。
友希と一之瀬も、特別に30分だけ休憩を貰ってレジへ並ぶ。
そして。
「やったー! やっと手に入れたよー! 私の愛しのグローブ! 恋が実るっていうのはこういう感じなのかな?」
「よかったのう。恋愛に例えるんはどうかと思うが」
みんながみんな、買い物袋からグローブを取り出して装着する。
まだガチガチでグラブを閉じることも出来ないが、みんな持って来たボールでキャッチしてみたり、写真を撮ってみたりとはしゃいでいる。
「あら? 友希と一之瀬先輩はどこにいったの?」
唯一グローブを購入していない真中は、いつの間にか消えていた友希と一之瀬の行方を目で探す。
すると、店の制服に着替えた2人が商売の目をして皆に近づいてきた。
「みなさん、グローブを手入れする道具を買い忘れていませんか?」
「グラブの型をつくる木槌やバンド、手入れ用のオイルも今なら安いよ!」
背中に隠していたのか、グローブの手入れ道具を人数分目の前に出してくる。
「ゆっきーは商売上手だねぇ」
「……自分はもう持ってるから、いらないんだけど」
「自宅用と部室用で予備を持っておくのも大事だと思いますわ」
「そんないりませんけど!?」
「いやー、店長がちょっと誤発注しちゃって余ってるんだ」
後ろを見ると、恥ずかしそうに店長が後頭部を掻いている。
「買うのはええんやけど、どうやって使うんや?」
「それはですね、部室の雑誌に書いてあるので、明日みんなでグローブの手入れをやりましょう!」
オイルやバンドは全員分、木槌は2つ購入して部室に置いておくことにした。
野球部全員が解散して、友希もバイトが終わり自宅に戻る。
お風呂と夕飯を済ませると、すぐに自室に戻った。
机の上にある新品のグローブ。
手入れしたい気持ちをぐっと堪えて、ただ眺めるだけ。
だけど、ただ眺めているだけなのに、時間はあっという間に過ぎていく。
翌日、あまり眠れなかった友希は朝練のために急いで部室に向かった。
「友希、遅いのだ!」
ドアを開けると、すでに全員集まっていた。
雑誌を参考に、皆のグローブを木槌で叩いてスポットを作り、オイルを馴染ませて柔らかくしていく。
それでもたった一日では硬いままだったが、簡単なキャッチボールをして感触を確かめていく。
そして朝練を終えると、グローブをバンドで固定して再び型を作る。
午後、授業が終わり、また部活のために部室へ行く。
ロッカーを開けて着替えを終え、グラウンドへ出て行こうとした時だった。
ロッカーを閉める前、一之瀬から受けとった古いグローブが友希の目に入った。
「新品を見ると、余計に古く見えるのう」
「本当よ。アンタ達、よくこんなので練習してたわね」
「でも使いやすかったのだ」
確かに古い。
一之瀬がバーゲンセールのようなもので買って来たといったそれは、元の色さえ分からないほどにまで変色し、時代さえ感じさせる。
それでも。たった一か月半しか使っていないけど。
この古いグローブには、すでに愛着がわいていた。
新しいグローブに心惹かれた後でも、友希は手入れを欠かさなかった。
「……これ、どうするのかな」
部外者にしてみれば、一見ゴミのようにも映るグローブの山。
それでも、捨てるというのは気がひける。
「来年の新入生のために取っておこうよ。僕たちみたいに、使うかもしれないし」
「そうだよね!」
ハマスタに行ければ、来年も野球部は存続する。きっと、入部希望者も多いだろう。
無造作に置かれたグローブの土埃を払い、整列させる。
「また来年、活躍してもらうからね!」
整列したグローブにしばらくの別れを告げるように声をかけ、ロッカーを閉める。
そして新しいグローブを手に持ち、1年生の5人はグラウンドへ駆けだしていった。




