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Baseballスター☆ガールズ!  作者: ぽじでぃー
第二章 特訓!
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21話 負け犬根性

「……奇遇ね、こんなところにいるなんて」


 バックネット前で体育座りをする友希を見て、真中は安堵したように言った。

 すでに日は落ちている。外の街灯だけが頼りだが、それでも10mほど先にいる人の表情は分からない。

 それが友希にはありがたかった。今の顔を、誰にも見られたくなかった。


「雨音ちゃんこそどうしたの? 合宿前日に居残り練習なんて、体壊しちゃうよ!」


 声だけは、いつも以上に張った。だが、声色が自分でもいつもと違うように聞こえた。


「それなら家でやるわよ。アンタこそ、こんなとこで何やってるわけ?」

「……わかんない」


 別に隠したいわけではなかった。実際、友希は何をどうすれば分からずに、行き着くままにここに居る。


「……ま、別に自分はいいけど? 最初会った時からアンタのことは嫌いだったわ。親はプロ野球選手で、野球も上手いし、何より皆と楽しく野球をやってるのがね。アンタが潰れてくれれば、ドラフトの競争相手が減るんだから」

「……」

「でも、アンタは自分を野球部に引き入れた。アンタがいないと、うちのチームはハマスタにはいけない。そしたら、自分もドラフトに引っかからないじゃない。引き入れたのなら、責任はとりなさいよ」

「うん。……頑張る」


 蚊の鳴くような声で、友希は返した。

 だが、そんな声では、もちろん真中は納得しない。


「今のアンタは、頑張るように見えないのよ」

「ごめん……」


 いつもの調子に戻らない友希に対して、真中にも少し苛立ちが見えてくる。


「あーもう! うだつが上がらないってのはこういう事ね! なんなのよ、話しなさいよ! いつもみたく、聞いてもないことまで全部洗いざらい!」

「……面白い話じゃないよ?」

「いいのよ。今この状況よりは」


 真中になら、いいかと思う。監督は真中が友希と対極の考え方だと言っていた。なら、真中に話すことで何かが得られるかもしれない。

 なにより、誰かに話して胸に詰まった何かを吐き出したかった。


「……雨音ちゃんはさ、ここ5年のオーシャンズの成績って憶えてる?」

「はぁ? 知らないけど、全部Bクラスじゃないの?」

「……そう。5年連続Bクラス。しかも4位が一回で、他は全て最下位。今年も出だしはあまり良くない」

「それが、何だって言うのよ」

「監督が言ってたの聞こえてたかな? 私が、逆境に弱いってこと。たぶんね、最初は偶然だったと思う。たまたま逆境の場面で凡打が続いただけ。でも、そんな時に中学の監督が言ったの。『お前はオーシャンズなんか応援してるから、負け犬根性が染みついてるんだ』って」


 そこからだった。負けている試合の終盤で、バッターボックスに入るのが怖くなったのは。

 ストレートはいつも以上に速く見え、変化球はいつもよりキレが良いように見える。対照的に、自分のバットのスピードは緩慢に映った。


「……それは酷いわね。大体、アンタの母親が元オーシャンズの選手だって、その監督は知らなかったわけ?」

「知ってたよ。だけどね、その監督もオーシャンズファンだったんだよ」


 ファンだった。

 それは友希が中学生の時点で、すでに過去形だった。


「私のお母さんがいた時はいわゆる黄金期ってやつだったから、監督も『あの時はよかった』とか、『お前のお母さんは凄い選手だった』とか、褒めちぎっていたんだけど。でも、私は悔しかった。自分の事じゃないけど、悲しくて、悔しくて、仕方が無かった」


 もちろん、監督には逆らえない。

 友希は中学生だったし、事実、今のオーシャンズはプロ野球チームの中で相対的に見て弱い部類だったし、友希も逆境時には打てていなかった。


「でも、負け犬根性は違うよ。オーシャンズは勝ちにこだわってたし、負けてる時はどのチームよりも必死だったのに」


 ……だが、そのオーシャンズの必死さは空回りするどころか、むしろ悪い方向へ、悪い方向へと進んでいった。

 必死でやって、誰かが怪我をした。必死でやって、粘った末にギリギリで負けた。

 大差で勝って僅差で負ける。得失点数で見ればさほどなのに、勝率で見ると大きく負け越す。それがいつしか、オーシャンズの特徴になっていた。


 その負の連鎖の様な必死さが本当に友希へ乗り移ったかのように、頑張れば頑張るほど逆境時の打席の内容は悪くなっていった。


「お母さんが球団のOBで、色々と仲良くしてたから、選手と一緒にご飯に行ったりもしたし、キャッチボールしてもらったこともある。みんないい人で、好きな選手がたくさんいる。……だから、すごく悔しかった」

「……そう。で、アンタはどう思うの、小鳥遊」


 バックネット裏から、ザザッと靴と土の擦れる音がする。


「ごめん、出るタイミングを失って盗み聞きしちゃった」

「みずき……」


 申し訳なさそうに小鳥遊が出てくる。


「僕は……どうだろう、難しいな」


 何かを言葉に出そうとするが、喉で止まる。

 小鳥遊は居心地が悪そうに、唇を噛んだ。それを見て、真中が再び口を開く。


「自分が思うに、アンタは反骨精神が足りないのよ。チームを勝たせようとしてるんじゃなくて、負けないようにしてるだけ。同じようで、だいぶ違うわ。もっとちゃんと言えば、負けたとしてもその責任を負いたくないだけ。オーシャンズなんて何も関係ない。アンタ、負けるのが怖いわけ?」

「……うん。負けるのは怖いし、嫌だ」

「自分だって負けるのは嫌だわ。でも怖いってなに? まるで負けることを想定して戦ってるみたいじゃない。勝つことだけを考えてたら、負けた時の事なんて考えないわよ、普通」

「……うん」


 真中の口調はいつもより尖ったものになり、さすがに友希も気圧されていた。

 普段なら助け舟を出す小鳥遊も、今だけは口出ししなかった。

 肩が小刻みに震える友希を見て、真中は声色を変える。

 静かに、しかし強かに、真中は友希の目を見つめる。


「自分の、面白くない話を聞かせてあげるわ」

「……?」

「自分の母は小学生の時に死んだわ、癌でね」


 友希も小鳥遊も、初めて聞いた話に驚愕した。

 もし自分の母親が小学校の時に亡くなっていたら。そんなことは考えたくもなかった。


「今でも父に馬鹿にされるけれど、その時自分は泣きに泣いたわ。なんで泣いてるのか分からなくなるくらいにね。……でも、父は泣かなかった。交通事故とかならともかく、病気だから覚悟もしてたんでしょうね。一切の弱音を吐くことなく、葬式や通夜までやりきった。酒が入ってた時に聞いたのだけど、母の遺言だったのよ、泣かないでって言うのは。普通、泣くところなんでしょうけど。でも父は意地っ張りだった。それが遺伝したのか、自分も意地っ張りなのよ。見てれば分かると思うけど」


 身内が死んだ話なのに、真中は特に感情の起伏もなく、淡々と話す。

 それが、意地だった。

 どれだけ辛いことがあろうとも、決して折れない。


「自分もその時決めたわ。何があっても心が折れないように、意地を張り続けることを」


 真中にも、もちろん野球の試合で緊張することはあった。

 それでも、その緊張すら『これくらい乗り越えて当然』と頭に言い聞かせ、結果を出し続けてきた。


「アンタに意地はあるわけ? 何が何でも勝つという気持ちが。オーシャンズ以前に、負け犬根性が染みついてるんじゃないの」


 友希はハッとする。

 勝てば楽しいし、負ければ楽しくない。だから勝ちたいとは思っている。


 でも、違う。

 楽しみたいと言う気持ち以上に、勝ち負けにこだわったことはなかった。

 それは野球であっても、スポーツではない。


「別に、勝つためにはラフなプレーもしろと言ってるわけじゃないけど」


 ……負ければ高校がなくなる。

 この場にいる3人で廃校の話を知っているのは友希だけだ。

 自分に勝ちにこだわる気持ちがないのであれば、チームに迷惑を掛けることになる。


「……小鳥遊も何か言いなさいよ」

「そうだね。……本当は、友希ちゃんを慰めようと思ってたんだけど、雨音ちゃんの話を聞いてて、それは別に友希ちゃんのためにならないと思った。だから、一切口出ししなかった。僕も雨音ちゃんの意見は正しいと思う。でも気付いてないだけで、友希ちゃんの中にも意地はあるはずだよ。ストレートが速く見えるなら、それを打てばいい。変化球にキレがあるように見えても、それを打てばいい。オーシャンズを応援してる時に言ってたじゃん、『強いチーム相手に勝つのが面白いんだ!』って」

「……そっか。そう、だよね」


 今までの逆境時は、自分のメンタルを保とうとばかりして、対戦相手が目に入らなくなっていた。

 そうじゃない。メンタルなんて、見つめ直しているだけでは何も変わらない。


 自分が、何故オーシャンズを応援しているのか。

 きっかけは母親が所属していたからだが、今はもういない。

 好きな選手がオーシャンズには多いが、他球団にも好きな選手はいる。

 なぜ毎年優勝争いをしているチームではなく、オーシャンズを応援し続けているのか。


 見たいからだ。

 前評判を覆して、並み居る強豪球団に勝利を重ね、劇的な優勝をする瞬間を。


 それは、自分がプレーしている時も同じだ。

 試合の状況が最悪だろうが、自分のメンタルが最悪だろうが、それを跳ね返すのが、自分の望むプレーだったはずなのに。

 劇的な勝利がしたくて、野球をやっているのだから。スポーツの楽しさは、勝ち負けの延長線上にあるものだから。


「……ありが、とう。逆境に、弱いのを、オーシャンズの、せいにしてたのは、私、自身だったんだね」

「なに泣いてるのよ。自分がせっかく、心を折らないっていう話をしたのに」

「違う。違うよ。嬉しいからだよ」

「……馬鹿。こっちまで恥ずかしくなってくるじゃない」


 真中は友希から目を逸らして小鳥遊の方を向く。


「ふふ。友希ちゃんからこんなに感謝されるなんて、照れちゃうな」


 顔色までは分からないが、もじもじとしている小鳥遊を見て真中は呆れ声で呟く。


「……アンタは、どこか変な所がおかしいわね」


 夜は更けて、合宿は明日。


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