19話 合宿だって!
4月も終わりを迎えようとしている。
部活の練習はより一層厳しくなったが、慣れとは恐ろしいもので、以前ほどの疲れを感じなくなっていた。
日が暮れる前、いつも通り練習後のミーティングを行う。
「……というわけでー、そろそろ次のステップに進む時が来たのですー。今まで練習メニューは私が考えてましたがー、次は自分でも考てほしいのですー」
「どういうことですか?」
「言われたメニューをただこなすだけでは意味が薄いのですー。いいですかー? 自分に何が足りないのか、それを補うためにはどうすれば良いのか、自分で考えなければ駄目なのですよー。素振りだってー、ただ振るだけでは、効果の薄い筋トレしてるようなものなのですー。目線がぶれないようにする、力強いスイングをする、コースごとのミートポイントはどこなのか、変化球にはどう対応するのか。どうせやるなら、頭を使わないと時間の無駄なのですー。もちろん、監督もサポートしますけどー、合宿前日までに各自で考えて欲しいのですー」
ミーティングでは必ずメモを取るように、ということで全員ペンを走らせていたのだが、ある単語の前に手の動きが止まった。
一之瀬と、二宮以外は。
「合宿って、なんなのだ?」
「ああ、まだ伝えてませんでしたねー。じゃあ、ニノさん、詳しく説明してくださいー」
監督がそう言うと、二宮は監督の横に立ち、事のあらましを説明し始める。
「いやぁ、話すのが遅くなって申し訳ないんだけどさぁ、GWに3泊4日の合宿に行くことになったからねぇ。ちなみに場所は、軽井沢だからぁ。参加費は、1人8000えーん」
3泊4日で8000円。ファミレスでも4日通い続ければ、食費だけでもその値段になる。
「安すぎじゃろう……。オプションで追加料金とかじゃないじゃろうな」
「もみちゃん、そりゃあ疑いすぎだよぉ。実は優美の会社の研修セミナーハウスを借りるからぁ、宿泊費は無料、食材も余りものであたしの父親とお袋が作るからほぼ無料。まあかかるのは、交通費と雑費位だからねぇ。みんな、予定とか大丈夫?」
合宿は聞いていなかったが、事前にGWは練習を多くすると聞いていたので、欠席者は0だった。
「あとねぇ、レクリエーションとかも用意してるからねぇ。まぁ、それも会社の研修の残り物だけど」
はーい、と声を揃えて返事をして、今日の練習は終了となった。
その翌日、昼休みに机を囲んで昼食を食べながら練習メニューについて考える。
「正直、わしに足りないものと言われても、多すぎて挙げ切れんのう」
「まずは、キャッチャーだし守備じゃないかな。キャッチャーは扇の要ともいうし」
「でも紅葉ちゃん、すごい上手くなってるよ! ブロッキングなんてもう上級者並みだよ! 全然うしろに逸らさないもん!」
「そ、そう言われると照れるのう。じゃが、動体視力と反応だけは自信があるけん。ボールも怖いとは思わんしな」
キャッチングに関してはまだまだではあったが、ボールを止めることに関しては非常に上達していた。
しかしながら、一番の問題はキャッチングではなく。
「盗塁の阻止じゃな」
二塁までノーバウンドで届かない。無理にノーバウンドで投げても山なりになる。
「なんなら、肩を強くする方法を自分が教えてあげてもいいわよ?」
自慢げに話す真中を半目で見て、熊捕はふぅと溜め息を吐く。
「じゃが、練習メニューだけは自分だけで考えろ、と言ってたしのう。本や動画でも見て自分で考えるけえ」
そんな中、話に入ってこなかったのは投山だった。
「我に足らないもの……。それはやはり、バッティングか?」
あーでもないぞ、こーでもないぞ、と唸る投山を見かねて、真中が文句を垂れる。
「投手なんだからまずは投球に専念しなさいよ。バッティングは完全に9分割されるけど、守備は投手が半分以上の割合を占めると言っても過言じゃないのよ?」
「まあ、確かにね。桜ちゃんは力もあるから、打撃練習があまりできないのは勿体ないけど、投球練習の方が重要だと思うよ」
とは言いつつ、投山はピッチャーとして形になりつつあった。
基本中の基本とも言うべき下半身の力は、友希や小鳥遊、真中さえも青ざめるほどの山道の走り込みによって身に付けていた。
スピード・コントロールについては中学生相手ならそれなりに抑えられるのではないか、というところまで到達しており、スタミナに関しては無尽蔵といえるほどだ。
「やっぱり、変化球ね。対戦してて思ったけど、シュートとスライダーは使い物にならないし。スタミナがあると言っても、毎試合一人で投げ抜くのは肩や肘に負担がかかり過ぎるわ。打たせて取る様な球が欲しいわね」
投山の相方でもある熊捕も同じ事を思っていた。
軸となるストレート、タイミングを外すチェンジアップ、空振りを取れる高速シンカー。あと一つ、打たせて取る球種があれば、珍しいフォームも相まって、完成度は高くなる。
「それは、どんな球種なのだ!?」
「自分で考える、と言っておったじゃろ」
「むー!」
「そんな顔したって、わしは何もせんからな」
みんなと一緒に笑っていた友希だが、しかし、内心は焦っていた。
足りないものは、友希自身でも分かっている。
―――幼少のころからプロ野球選手である母親の指導を受け、中学では県下最強と呼ばれたチームにおいて2年でレギュラーを掴みとり、最終学年では4番も任されたことがある。
誰もが認める、走攻守の全てが揃ったユーティリティプレイヤー。
唯一の弱点が、メンタルだった。
野球が好きで、いつもポジティブ。
誰にも話していないから、メンタルが弱点などと、野球部の誰もが思っていないだろう。
守備ではそんなことにはならないし、得点圏に弱いというわけでもない。
だが、打撃に限って、逆境と言われる場面となると、何故だか打てなくなる。
中学では練習試合も含めて何十、何百と試合としたが、最終回やその前の回で負けていると、途端にヒットが打てなくなる。
しかし、友希は家に帰って一人、ただ出塁率を上げるための練習メニューを組んだ。
原因に一つだけ思い当たる節があったが、それを認めたくはなかったから。




