17話 東京からの刺客
土日の練習が明け、今日は部活動のない月曜日。
「じゃあわたくしは上のフロアに行きますので、あとはよろしくお願いしますわ。なにかあったらインカムで連絡してくださいね」
「分かりました!」
バイト3回目にして、友希は一之瀬の研修を離れて、1人立ちした。
「いらっしゃいませー!」
日も完全に暮れた7時半、棚の陳列をしていると、見慣れた顔が入店してくる。
「な、なんでアンタがここにいるのよ……?」
「あ、雨音ちゃんいらっしゃい!」
真中は驚いた顔で、働いている友希を見た。
「アンタって、ここで働いてたわけ?」
「そうだよー。言ってなかったっけ」
「……聞いてないわよ」
真中は、少し不満気に目線を逸らした。
「優美先輩もいるんだよ! 雨音ちゃんも一緒に働かない?」
一瞬、ピクッと反応したが真中は諦めたような顔で呟いた。
「自分はお母さんが……。いや、なんでもないわ。悪いけど、バイトは無理ね」
「……そっか」
唇を噛みしめた真中を見て、友希は寂しげな表情を浮かべる。お母さんがどうしたのか、友希には聞けなかった。
「それで? 何を買いに来たの? 日は浅いけど、野球コーナーの事なら全部分かるよ!」
大げさに明るく振舞う友希を見て、真中もいつもの調子に戻る。
「スパイクよ。グローブは元から自分のがあったけれど、一之瀬先輩から貰ったスパイク、サイズが合わないのよ。自分に合うサイズはアンタや熊捕達が持ってるっていうし」
「あー。それはなんか、ごめん」
「別にいいわよ。元々スパイクも買おうと思ってたし。あとはグラブのオイルね」
友希は自分で探すという真中の言葉を無視して、隅々まで案内した。
「……なんだか、余計なものまで買わされた気分だわ。チームメイトなのに」
買う気が無かったわけではないのだが、予備のソックスや筋トレ用具まで購入した真中は、つい友希に悪態をついてしまう。
「商売上手でしょー! まいどあり!」
だが友希は嬉しそうに微笑んだ。
「まあいいわ。一之瀬先輩がいるなら挨拶だけでもしたいけれど、どこにいるの?」
「優美先輩はねー、一個上のフロアにいると思うよ! どこのコーナーかは分からないけど」
友希はエスカレーターで昇って行った真中を見送ると、インカムで呼び出され、レジのヘルプに入った。
列になっていた客の対応が全部終わり、ふと前を見上げると真中が戻ってきていた。
真中は呆然としたような顔つきで立ち尽くしている。
「……どうしたの、雨音ちゃん? もしかして、優美先輩に失礼な事でも言ってまた怒られた?」
「そ、そんなことしないわよ! それより、アンタが最後に対応していた客って……」
「最後のお客さん?」
友希は人差し指を頬に当てながら、必死に先ほどの客の顔を思い出す。
「うーん。たしか銀髪の女の子で、身長はあまり高くなくて、おとなしそうな……高校生かな? その人がどうかしたの?」
「一回、その人と試合をしたことがあるのだけれど……」
真中が中学二年の時。
当時、全国大会の優勝候補のチームにおいて、二年にしてレギュラーの地位を獲得していた真中だったが、都大会の準々決勝、思わぬ大苦戦を強いられたことがあった。
0‐0のまま延長に入り、タイブレークになってもスコアボードには0が行進する。
しかし10回裏、相手投手の暴投によってサヨナラになるという思わぬ結末を迎えた。
「その時の投手があの人だったような……。確か、暴投した時に怪我をして、そのあと噂の欠片すら耳にしなかったけど」
その後、その試合が長引いたことが影響したのか、真中のチームは都大会の決勝で姿を消した。
「へー、そんな凄い人だったんだね! 能ある鷹はくちばしを隠すってやつだね!」
「それを言うなら爪でしょ。くちばしをどうやって隠すのよ」
「……。そ、そうとも言うよね! いやー、そんな凄い人もこの店に来るんだね。店長さんも言ってたけど、この店の規模って県内でもトップ3には入るって言ってたし」
自慢げに頷く友希を見て真中は呆れたような顔で返す。
「確かにここは東京に近いけれど、駅から大分離れているし。大きいって言ったって立地が良くないからこそだし。東京にはもっと品揃えが良い店あるわよ。わざわざこんな辺境の地に来るわけないじゃない」
「……私の地元なのに。雨音ちゃんってすぐそーゆーこと言うー。だから優美先輩に怒られちゃうんだよ?」
「良いじゃない別に。嘘つくよりはマシだと思っているわ」
しかし、言葉とは裏腹に真中は少し苦い顔をする。
「そう言えば、アンタはバイトして何か買いたいものでもあるわけ?」
話題を逸らした真中に対して、待ってましたと言わんばかりに友希は満面の笑みで応対する。
「ふっふーん。気になる?」
聞かなきゃよかったな、と真中は一瞬のうちに後悔したが、自分から聞いた以上、引っ込みがつかない。
「ま、まあね……」
真中が顔を引き攣らせながら言うと、友希はレジの裏にある商品棚から、ケースに入れられたグローブを持って来た。
「これを買いたいんだ! いいでしょー、お金を出してもこれだけは売れないよ!」
友希が一目惚れしたグローブは、真中の目にも確かに質が良いように映った。
「自分がどうして内野用のグラブを欲しがると思うのよ。というか、そんなに欲しいなら親に前借してもらえばいいんじゃないの?」
「いーや! これはね、自分が働いたお給料で買いたいんだ! 自分でお金を持って、ここのレジで買うの! その時を思えばね、どんなに仕事が忙しくても辛くないよ!」
真中は、目を輝かせる友希をじっと見つめる。
瞳の中に映っているであろう自分を見ようとするが、流石にそこまでは見ることが出来ない。
どんな顔をしているのだろう。
呆れているのか、羨ましく思っているのか。それとも、友希と同じように笑っているのか。
見えないことは分かっていても、それを見るのが怖くて真中は目を逸らす。
バイト、してみたい。……なんて、口が裂けても言えない。
「……まあ、あんたがそう思うなら自分はとやかく言うつもりはないわ。自分はもう帰るわね」
「また来てねー!」
真中が買い物袋を手に店を出ると、ちょうど駐輪場から出てきた女子高生と目が合った。
真中が歩みを止めると同時に、その女子高生もペダルをこいでいた足を止め、ブレーキを掛ける。
「華園、百合……」
「……真中、雨音、さん」
真中が中学二年の時に都大会準々決勝で対戦した、華園百合。
華園は自転車から降りて、真中の目を見据えて話す。
「どうしてあなたが、こんなところに? 肩を故障したって聞いたけど」
「……壊したのは、肩じゃなくて、肘。……治してもらいに、引っ越した」
声は小さく、非常にゆっくりのペースで話す。体も小さく、無表情なことから、友希の言っていたように大人しいイメージを受ける。
マウンドに登ってもそれは変わらない。
変わらないが、投げる球は、印象とはかけ離れていた。
小さい体から放たれる剛速球に、中学生が投げる変化球とは思えないほどにキレのいいスライダー。
あの試合。
真中のいたチームと戦った試合。
真中は投手としての知識はほとんどないが、それでも華園はスライダーを多投し過ぎていたように思えた。
それが原因か、その試合以来、東京の学生野球から忽然と姿を消したのだ。
「それで、肘は治ったわけ?」
「……それより。あなたも、神奈川で、野球やってるの?」
「ええ。父親の転勤でね」
「……」
何かを考えているのか、表情は変わらないが華園は押し黙る。
業を煮やした真中が口を開こうとした瞬間、制止するように華園は小さく唇を動かす。
「……なら。情報は、出さない。……今度、だけは。負けたく、ないから」
「? 今度だけは?」
今度は、なら分かる。しかし、今度『だけ』は、という言葉の使い方が、真中の頭に引っかかった。
「……あの時は。負けても、悔しくは、無かった……から」
「なによそれ。チームでは負けても、勝負では勝ってたと言いたいわけ?」
真中は口にした瞬間、友希の言葉を思い出して少し後悔した。棘のある言い方をし過ぎたかな、と。
しかし、華園は素直に認めた。
「……そう、かも。たぶん。試合に、負けたことより。怪我したことの方が、悔しかった。……私って、おかしい、かな?」
「さあね。でも自分も同じ気持ちだったわ。あんな結末で試合に勝っても嬉しくはなかったし。都大会の決勝で負けた時は活躍したし、ようやく自分の代になったと思っただけ」
「そう。……でも、今は違う。私のこと、野球のロボットじゃなくて、友達として、見てくれてる。……だから、勝ちたい」
今まで無表情だった華園が、少しだけ照れたように俯いた。
何故か真中も気恥ずかしくなって、唇を噛みながら目を細める。
「まあ、別にどうでもいいわ。次も自分たちが勝つだけだから」
「……そう。でも、私も、負けない」
華園は再び自転車に跨り、最後に一つだけ言い残した。
「あと。私が、年上、だから。……次は、敬語、使ってね」
華園は少し微笑んだかと思うと、自転車に跨ってペダルをこぎ出す。
そして真中は自転車に乗って去って行く華園を見ていた。
最後の言葉を聞いて、何故だか負けたような気がして面白くない。
しかも去って行った方向が真中の自宅の方面と同じなため、余計に強く感じた。
本気で自転車をこいで追い抜いてやろうかとも思ったが、子供っぽいと思い直し、やめた。
諦めて、真中はゆっくりと帰路についた。
今後、華園が所属するチームにどれだけ苦しめられるかは、まだ知る由もなかった。
人物紹介Ⅱ
華園 百合 (はなぞの ゆり)
河咲女子高等学校 2年
投手 右投げ右打ち
155㎝ 48㎏ 髪色:銀
出身:東京
好きな球団:スワンズ
好きなこと:生け花




