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Baseballスター☆ガールズ!  作者: ぽじでぃー
第二章 特訓!
17/150

16話 秘密兵器、だよー。

 土曜日、監督の言う通りにメニューをこなしていると、グラウンドに車が乗り入れてきた。

 砂煙が舞い上がり、何事かと部員たちがその車を凝視していると、降りてきたのは監督だった。


「みなさん、プレゼントですよー。集まってくださーい」


 車の周りに部員が集まると、監督はトランクを開ける。

 すると、中に入っていたのはピッチングマシンだった。


「これはですねー。私の素晴らしい先輩からいただいたものでしてー」


 素晴らしい先輩、もとい友希の母親のチームから運ばれてきたそれは、確かに古かったが手入れの行き届いている姿をしていた。

 4人がかりでピッチングマシンを車から降ろし、組み立てる。延長コードをつないで電源を入れると、シューッと空気を擦るような音を立てながら二つのローターが回転し始める。

 そして監督がボールを入れると、速球がネットに向かって何球も放たれた。


「「おおー」」


 初めて見るナインは勿論、ピッチングマシンを見たことがある友希や真中でさえも、その光景に感嘆の声を上げた。


「監督! さっそくこれで打撃練習ですか?」

「打撃練習はするけどまだ使わないのですよー。今のは動作確認しただけなのですー」


 そう言って監督が電源を切ると、あからさまにナインの士気が落ちる。


「落ち込んでないで、まずは打撃のイロハを教えるのですよー。では部室に向かいますー」


 部室で全員がノートとペンを片手に、ホワイトボードの前に座る。


「では、初心者にもやさしく打撃を教えるのですよー。まず、打撃には大きく分けて二つのポイントがあるのですー。じゃあ右京さん、何だかわかりますかー?」

「気合と根性ネ!」

「ミーティングでボケをかますのは困るのですー。罰としてスクワット100回なのです」

「ボケたわけじゃないネ!」


 そう言いつつも、右京はスクワットを始める。


「じゃあ左門さん。分かりますかー?」

「2つ……。パワーとミートやないですか?」


 左門は、野球ゲームを思い出して言った。


「ノンノン、なのですよー。正解はー」


 監督はホワイトボードにマジックペンで文字に書き起こす。


「『選球眼』と『スイング』なのですよー。では真中さん、ちょっとこれを持ってくださいねー」


 監督はそう言うと、どこから取り出したのか玩具のカラーバットを真中に手渡した。

 不思議そうな顔で受け取った真中に、監督はもう一つ付け加える。


「では、もう一本のカラーバットのグリップエンドがボールだと思ってくださいねー。それをヒットするようにスイングするのですよー」


 監督は真中に向けて、地面と水平にゆっくりとグリップエンドを近づける。

 真中はそれに対し、ゆっくりとバットを差し出した。


 が。

 監督はバットに当たる直前にグリップエンドの軌道を大幅に変えると、予想だにしない挙動に真中のバットは、ブオン、という虚しい音と共に空を切った。


「あちゃー。真中さん、フォークボールに空振り三振なのですー」


 それに続いてナインも笑いを上げたが、当然真中は納得いかない。


「あんな急に軌道を変えられたら、誰も打てるわけないじゃないですか!」

「では真中さん、もう一球同じ軌道でいきますよー」


 真中の返答を待つことなく、監督は先ほどと同様にグリップエンドを近づける。

 慌てて構える真中だったが、急に軌道を変えるフォークボールにも対応し、スコーン、と気持ちのいい音を部室に響かせた。


「というわけでですねー。ボールは止まってるわけではないのでー、今のように予めボールの挙動を予測しなければヒットは打てないのですー。よく選球眼は四球を選ぶ能力だと言いますけどー、私はボールが何処に来るか予測する能力だと思うのですー」


 ようやく100回のスクワットが終わった右京と、解説に付き合わせた真中を座らせ、監督は次の話を始める。


「次はスイングなのですー。スイングを二つに大別するとー、先ほど左門さんが言っていた『ミート』と『パワー』ですねー。じゃあ次は、熊捕さん……は剣道をやってたのでなしにして、投山さんに協力してもらいますねー」

「ふっふっふ、任せるのだ!」


 投山は勢いよく立ち上がり、バットを受け取る。


「次はこのグリップエンドを動かさないのでー、それを何回か打ってみてくださいねー」


 自信ありげにバットを振る投山だったが、10回のうち2回空振り、4回チップと、しっかりとミートできたのは4回だけだった。


「おかしいぞ。我の力はこんなものではないのだ……」


 悔しかったのか何度もスイングを続ける投山だったが、そのたびに精度は落ちていく。監督ももういいだろうと、固定していたバットを取り下げた。


「……というわけでですねー。どんなに精度よく投手のボールを予測したとしてもー。スイングがバラバラだと何の意味も成さないのですー。つまりミートとは、自分の打ちたいポイントとタイミングに正しくバットを出すことなのですー。じゃあ次はパワーですねー。小鳥遊さんバットを持ってくださいー」


 投山と交代して、小鳥遊がバットを受け取る。


「ストレートの軌道でいくのでー、それに合わせて打ってくださいねー」


 次は何が来るのだろうとわくわくした小鳥遊だったが、監督に言われた通りストレートの軌道に合わせてバットを出す。

 監督はそのバットに当たる直前、軌道を変えることはなかったが、今まで片手で持っていたバットを両手持ちに変えた。

 そして、確かにそのグリップエンドをミートした小鳥遊だったが。

 監督はてこの原理で、グリップエンドを小鳥遊の後方へと強引に押し込んだ。


「あちゃー。小鳥遊さん、バットが折れて空振り三振ですねー」


 真中の時と同様、ナインは監督と一緒に笑ったが、当然小鳥遊も納得いかない。


「……確かに僕はパワーないですけど、流石に金属バットは折れないですよ……」

「そうですけどー。全く同じポイントでミートをしてもー、パワーがある選手はホームランで、無い選手は外野フライ、というのはよく見る光景なのですー。力負けしないパワーが必要なのですよー。じゃあ早速、素振りに行きましょー」


 監督を先頭にして、ナインは一人ひとりがバットを持って後ろに付いていく。

 バックネットの前で止まり、監督がまた話を始める。


「じゃあまずは基本の素振りからですー。私が回りながら指導するのでー、みなさんは先ほどの話を念頭において素振りを続けて下さいねー。……あ、あとー、皆さんこれを付けてくださいー」


 そう言って、監督は人数分のバッティンググローブを取り出した。


「野球選手に手のマメは付いてしまうものですけどー、痛みが気になってフォームが崩れてしまっては意味がないのですー。これを付けててもマメは出来ますけどー、何もないよりはマシなのですー」


 友希たちはバッティンググローブを受け取って素振りを始める。


「じゃあまずは左門さんから見ますねー」

「ええっ、うちからですか? ちょい緊張するわ……」


 何回か素振りをした左門を見て、監督は首を捻る。


「うーん、振り方が手先だけですねー」


 そう言って監督は周囲を見渡し、初心者の4人を集めた。


「まずはフォームを固めないとですねー。その時に重用するのがこれですー。たらららったらー」


 22世紀からやってきたロボットのような効果音と共に監督が取り出したのは、スマートフォンだった。


「? いったいスマホを何に使うんじゃ?」

「こんな便利なものを使わない手はないのですー。監督が高校生の頃なんてスマホなんか……いや、携帯はありましたよ? でも画質が……じゃなくって! これはですねー、フォームの撮影に使うんですー。はい、では左門さんもう一度素振りしてくださいー」


 左門がバットを振る姿を監督は動画で撮影し、皆に見せる。


「……うわ、うちこんなに汚いフォームでスイングしてたんやなぁ」

 

 動画を見て打撃フォームを改善しつつ、素振りを続ける。

 左門を一通り見て指導した後に、次に移る。


「本場アメリカのスイング、見せタロカ?」

「見せてくださいー」


 右京は思い切り振りかぶり、力強いスイングを披露する。


「……ここにはない。ふふっ」

「? どうしたの雨音ちゃん?」

「い、いや、なんでもないわよ」

「真中さーん、ネット用語の頻発は控えて下さいねー」

「監督も知ってるじゃないですか!」


 ……大事な右京のスイングはというと、確かにスイングスピードは速いが、異常に上体がぶれている。


「これだとー、球が良く見えなくなってしまうのですー。プロ野球選手のスイングとかを色々参考にして下さいー」

「うぅ、分かったデス」


 続いて投山、熊捕の指導が終わったところで、ようやくピッチングマシンの登場となる。


「では秘密兵器の登板ですよー。守備に就くのも面倒だし非効率的なのでー、まずは球を見ることからですねー。と同時に、バント練習もしますからねー」

「う、あたしバントなんてやったことないなぁ」

「わたくしもですわ。バッティングは好きなのですけれど……」

「でも、ニノ先輩は足が速いですから、バントは大きな武器になると思いますよ!」

「しかたないなぁ。見よう見まねでやってみるとするよぉ」


 友希、真中、小鳥遊はしっかりと野球の指導を受けていたことから、硬式ボールに慣れるとバントを上手く決めていく。

 そして。


「おー、今のは良かったですよー、左門さんはバントの名手になれる素質がありますねー」

「ほんまですか? 嬉しいわー、えへへ」


 左門はほんの10球でバントを左右狙った場所に転がせるようになる。続いて熊捕も成功率が高くなった。


「いいですねー。バントは球を怖がらずに腰を落としてやるのが大切なのですー。バントはいつでも決めれるようになっておかないと駄目ですからねー」


 監督はピッチングマシンの電源を切り、もう一度部室へ戻るように促した。

 そして、再度ホワイトボードを使って説明を始める。


「みなさん何となく分かったと思いますけどー、バッティングも一朝一夕で出来るものではないのですー。ただー、大会は刻々と近づいてくるのでー、効率よく練習しないといけないのですよー。『選球眼』に関してはここじゃなきゃ練習できませんけどー、『スイング』に関しては家でも出来るのですー。でもー、ただ闇雲に素振りするだけでは駄目なのですー」


 先ほど板書した『選球眼』と『スイング』にそれぞれ書き足していく。


「選球眼に関してはー、残念ながらグラウンド以外ではあまり練習できませんがー、スイングに関しては家の近くの公園とかでも練習できるのですー。汚いフォームでやってもむしろ逆効果ですのでー、フォームが固まるまではプロ野球選手の動画や指南書を参考にー、自分のフォームを作り上げて下さいねー。形になってきたらー、一日最低500スイング。これは絶対のノルマなのですー。もちろん、部活以外で、ですよー」


 500という数字を聞いてみんな顔をしかめる。

 友希でさえ、慣れない高校生活に素振りの数は減り、家では300程度しかしていない。それでも、30分以上はかかる。


 そうこうしているうちにお昼の時間となって、部室でお弁当を食べる。


「……桜、弁当を食べながら雑誌を見るのはよせといつも言っとるじゃろうが」

「だけど、我も早くバッティングをしたいのだ」


 監督が、スイングを見て私が良いというまではピッチングマシンは使わせませんー、といったことから、ピッチングマシンが来るのを待ち遠しく思っていた投山は不満顔だ。


「じゃあ昼ご飯食べたら素振りしに行こうよ! 午後の練習は1時間後だし、30分くらいなら出来るよ!」


 真中は少し苦い顔をしたが、友希の言葉に一年生は素早く昼ご飯を食べ終え、グラウンドへ向かっていく。


「ニノ、わたくし達も行きますわよ」

「え? あたしは別にいいけどさぁ、優美は昼ごはん、それだけで足りるのぉ?」

「……ダイエットですわ」

「ふぅん、優美の口からダイエットなんて言葉が出るとはねぇ。いいよ、じゃあいこーかぁ」


 続いて、一之瀬と二宮もグラウンドへ向かう。

 それを見ていた左門は、食事のスピードを速める。


「アツコ、早く食べると消化に悪いデスヨ?」

「……でも、うちが一番下手やねん。それで練習量も一番少なかったら、いつまでたっても追いつけへん。やるからには、皆と肩を並べてやりたいんや」


 右京の弁当箱は左門の倍近くあったが、それをペロリと平らげて左門の食事姿を眺めている。


「でも、監督言ってたネ。フォームが出来てない状態で量をこなしても、逆効果ダッテ。まずは学ぶことが先決ネ」


 そう言って右京は、友希が持って来た野球雑誌を手に取って広げる。


「ウーン、さっき監督が言ってたのは、こういうことデスネ」


 ペラペラと、水筒のスポドリを飲みながらページを捲っていく。

 左門はご飯を口に詰め込んで弁当箱を閉めると、右京が読んでいる雑誌を覗き込んだ。


 右打ちの作法、ライナーではなくゴロを狙う打ち方。

 地味に見えたのか右京はすぐそのページを移ろうとしたが、左門はその手を止めた。


「いきなり手を握るナンテ、アツコは強引ネ!」

「ちゃ、ちゃうわ。ページ一個前に戻してほしいんやけど……」


 左門はなんとなく、わかっていた。

 肩を並べるといっても、大会までは半年を切っている。その短期間でどれだけ練習を積んだとしても、友希や小鳥遊、真中に追いつけるとは到底思えない。


 でも、できることはある。

 午前中の練習で監督にバントを褒められた時、そう感じた。


「うちが、できることは……」


 ホームランを打てればそれに越したことはない。

 だけど、自分にできないことを望むわけにもいかない。

 ホームランが打てなくても、外野の前に落ちるヒットが打てればいい。内野の頭が越えられないなら、内野の間を抜けばいい。それも無理なら、最低限、進塁打が打てればいい。


「……友希ちゃんにはスマンけど、雑誌をグラウンドに持ってこ。これ見ながらやらんと、下手なフォームで固まるしな。皆に負けてられへん」

「ミーも、アツコに負けてられないネ!」


 部室の鍵を閉めて、グラウンドへ駆けていく。

 練習再開まで、休憩時間は30分も残っているにもかかわらず、グラウンドには9人が揃っている。

 その光景を、監督は職員室の窓から眺めていた。


「鈴木先生、野球部のみんな頑張っているみたいですね」

「そうですねー。忙しくなりますけどー、監督のやりがいがあるのですー」


 土曜日とあって職員室も人は少ないが、同じく一年の担任を持っている他の先生と昼ご飯を食べながら談笑している。


「……これならー、ハマスタに行ける可能性も、0ではありませんねー」


 監督はそう言って、窓の外を見つめながら微笑んだ。


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