147話 スターの素質
「「さぁ燃え上がれー! 我らーのー! 期待ー乗せてー!」」
声援を受け、友希は燃え滾る闘志と共に打席に入る。
「……?」
いつもと違う。
逆境に背を震わせていた中学時代の友希とは、根本的に異なる。
今まで余裕を見せていた空見と天ノ川が、友希の立ち振る舞いを見て一瞬で悟った。
「面白いじゃない。そうでなくっちゃ、倒し甲斐もないわ」
空見は小さく唇を舐め、不敵な笑みを向ける。
ドン!
挨拶代わりと言わんばかりに、顔面付近にストレートを投げ込む。
だが友希は首を軽く動かすだけで、逃げの姿勢など一切見せなかった。
「……」
勝負に興が乗っている2人とは対照に、捕手の天ノ川は冷静に配球を組み立てる。
友希はいつもの調子に戻っている。
空見は友希に対して相性が良くない。
それでも、勝負を避けるわけにはいかないのだ。
同点ならいい。
そんな状況で、先の打席で長打を放っている5番を前にしてサヨナラのランナーをみすみす差し出す真似など誰ができようか。
「なら、トラウマを掘り起こすまでだ」
不穏な言葉を呟く天ノ川に対して、友希は笑顔を絶やさない。
2球目、緩急と落差のあるカーブに、友希は寸でのところでバットを止めた。
「ストライク!」
インローのギリギリに決まったカーブに、主審が声を上げる。
「……ふぅっ」
大きく息を吐いて、友希はバットを握り直す。
3球目、針の穴を通すようなアウトローのストレート。
友希は臆することなくバットを振り抜いたが、カーブの後だけあってタイミングが少し遅れた。
カキィン!
と、音と打球の勢いだけは良かったが、飛んで行ったボールは一塁側のスタンドへ吸い込まれていく。
「ファール!」
―――これで。
(追い込まれた……)
(……追い込んだ)
あと1球で、全ての命運が分かれる。
(さて……)
天ノ川は思考する。
スライダーでもフォークでも。裏をかいてストレートでもカーブでもいい。
そして、選んだ球種は。
「カーブ!?」
スライダーかフォークと読んでいた友希は。思いもよらない配球にバットが止まらない。
ゴッ!
と鈍い音と共に、打球はキャッチャーの後ろへ転がっていく。
「……ふぅ」
息を吐き、友希は再び目を開ける。
カウントは変わらない。
だが、1つ確信に近いものがあった。
カーブを2球続けることはない。
そして、この4球目でカーブを投げてきた意味は。
次の球種をストレートと思わせるためだ。
遅いカーブを投げられた後では、スライダーやフォークでも、ストレートの球速と錯覚させられる。
(どっちが来る……?)
2球種に絞れると言っても、どちらも山を張って何とか打てるようなボールだ。
どちらかが来る、という姿勢では双方も取り逃がすのだが、どちらも捨てるわけにはいかない。
集中しろ、全てを注ぎ込め。
球の縫い目が見えるほどに、双眸を見開け。
他のものはもう、どうでもいい。
5球目。
「フォーク……!」
ストライクゾーンからボールゾーンへ、まるで重力が増大したかのように、地面へと吸い込まれていく。
「……ボール!」
友希は、必死の形相でバットを止めた。
審判の判定が下されてやっと、体の力を抜く。
「はぁ、はぁ……」
自分でも、いつもより集中しているのが分かる。
だがその分、神経がすり減っているのも実感していた。
(―――次だ)
ストライクゾーンでの勝負。
それは経験だけではなく、直感によるものだった。
サインに頷いた空見の、氷のように冷たく透き通った相貌が物語っている。
次で決めると。
中学時代を思い出す。
大一番でこそ手元を一切狂わせない、無類のコントロールを操るのは、単純に身体能力がずば抜けているからという理由だけではない。
修羅場を幾多も潜り抜けて手に入れた、決して揺るがぬ精神力だ。
決していつも、集中力を研ぎ澄ませているわけではない。
格下と見ている相手には、コントロールミスをすることもある。
だが、空見があの目をしている時は……。
自分と同等、もしくは格上と認めた時だけだ。
そうして強敵を屠ってきた、神奈川王者・立浜クラブの絶対的なエース。
「私も、今日ここで並び……いや」
5球目。
渾身のストレートが高めに浮く。
だが『渾身の』という言葉は、空見ではなく並みの投手ならの話だ。
普通の投手の最高速に勝るとも劣らぬ速度のボールは、友希の手前で急激に進路を変える。
スライダー。
フォークを見せられた後であれば、ただの高めの釣り球と誤認してもおかしくない。
それが、まるで加速したかのように、友希の胸元に切り込んでくる。
インハイのストライクゾーン、その角を目掛けて。
友希の体は、考えるまでもなく勝手に反応した。
今までも友希は、神奈川の一握りのトッププレイヤーとして認められていた。
だがその動きは、全国でも最高峰の領域に足を一歩踏み入れた瞬間だった。
―――並ぶだけでは足りない。
ここで。
「壁を、超える」
インハイに来ると予期していなければ体勢が窮屈になるはずのコースに、無意識で振り抜いた友希の体は、まるでダンスでも踊っているかのように可憐な動きだった。
そのスイングを見るだけで、見惚れてしまうほどの。
「……これが。スター、か」
見せるだけで金がとれる、間違いなくプロの世界へ足を踏み出すであろう、その一端を間近で見た天ノ川は、思わず言葉を零した。
カキィン!
快音を轟かせ、打球は三遊間を真っ二つに割っていく。
「雲雀!」
鋭い当たりに加え、予め前進守備を敷いていた外野陣、中でも強肩を誇るレフトの雲雀相手では、いかに二死とはいえ小鳥遊でも本塁へ突っ込むことはできなかった。
だが。
「「やったぁぁああ!」」
球場の盛り上がりは最高潮へ達した。
決勝戦の9回裏、1点差。
2死一・三塁。
打席に向かうのは。
5番センター 真中雨音。




