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Baseballスター☆ガールズ!  作者: ぽじでぃー
最終章 秋季大会決勝! vs立浜クラブ
144/150

143話 10年の重み

 9回の表。最終回のマウンドに登るのは、当然このチーム唯一の投手である投山だ。


 1回戦と2回戦は日が空いているが、ここまで4試合一人きりで投げ抜いてきた投山の体には、確かに疲労が蓄積されていた。

 アドレナリンが出て精神的には疲労感が感じていないとはいえ、肉体は誤魔化すことができない。

 それは、8番打者を外野フライに打ち取った後の、9番打者である東浜への2球目だった。

 アウトローのストレートを、教科書通りにセンター返し。


 投山はグラブを差し出したが、捕球どころか避けるので精一杯だった。

 歪な体勢で尻餅をついた投山に対し、内野陣が駆け寄ってくる。


「桜ちゃん、大丈夫?」

「当たってはいないし、大丈夫なのだ」


 怪我はないようだが、誰から見ても疲労感は一目瞭然だった。

 だが、事ここまで来てもはやどうしようもない。

 ただ声をかけることしかできない。


「大丈夫。僕たちがいる」


 しかし気力を保ったとしても、そう簡単に問屋を下ろしてくれるはずもない。

 ここまで4打数無安打だった1番打者に、左中間を抜かんばかりの強烈な一打を浴びる。


「左門先輩!」


 センターの真中がカバーに入り、レフトの左門に突っ込めと指示を送る。

 打球まで一直線、最短距離で詰め、左門は腕がちぎれんばかりに差し出し、グラブの先っぽで何とか収める。


「みずきちゃん!」


 左門は体勢を戻す前に、目前に迫っていたショートの小鳥遊に送球する。

 小鳥遊は急いでサードに送球しようと構えたが、一塁ランナーは二塁でストップしていた。


 何とか進塁は防いだものの、1アウト一・二塁。


 野球をよく知らない観客も、これはまずいと肌で感じ取っていた。

 もう、全盛期の球威がないことは、スタンドからも見て取れる。


 こつん、と続く2番はセーフィティバントを敢行する。

 ピッチャーとサードの間に転がる、通常なら上手いとは言えないバント。

 もし投山の体力が有り余っていれば、サードで1つアウトが取れる打球だ。


 しかし、投山の足はもはや思うように動かなかった。


「桜ちゃん、しゃがんで!」


 腰が高いままグラブを差し出そうとする投山を制し、友希が打球に突っ込む。

 しゃがむ……というには余りに不格好だったが、投山は何とか友希の送球の邪魔にならないように上半身を地に伏せる。


「アウト!」


 間一髪、ファーストでアウトは取れた。

 これで2アウト。

 2アウトだが……。


 ランナー二・三塁で、好調の雲雀を迎える。

 ここまでヒットは全て単打とはいえ、4打数3安打。


 全国でも指折りの打者であり、今の投山には酷な相手だ。

 ぽた、ぽたと、投山の髪から汗が滴り落ちる。

 砂埃にまみれた手の甲で目を擦り、打者を見据える。


 ―――逃げたい。

 闘志が漲っていようと、心の底ではそんな気持ちが確かに存在する。

 倒れてしまいたい、膝をつきたい、続きは明日にしてくれと、声を大にして言いたい。

 しかし現実は突きつけられている。

 もはや逃げ道はどこにもない。


「ならば、茨の道だろうと突き進むしかないのだ」


 熊捕の知力と洞察力をふんだんに用いて、球種・コースで惑わしながらもカウントを整えていく。

 道中で強烈なファールを打たれ、心が折れそうになりながらも1球1球に全身全霊を込めて投げ抜く。

 歯を食いしばり、目を見開き、体に鞭を打って。


 ―――そして、カウント2—2の5球目。

 投山のウィニングショット・燕返し。

 今の体の状態を鑑みれば、100%以上の能力を出し切った、ストライクからボールゾーンへ切り返す、キレのあるシンカー。


 流石の雲雀も、バットを出しかけたが。

 ビタッ、とバットが寸でのところで止まる。


(これは、振ったのだ?)

(いや……これは……)


 際どい。

 熊捕の感触だと振っていないようにも見えた。

 しかし、藁にも縋りたい気持ちだ。

 熊捕は即座に三塁塁審に確認する。


 腕を上げるか、横に開くか。

 それが、明暗を分けると言っても過言ではない。


(頼む……)


 守備陣が、観客が、判断が下るまでの一瞬を永遠とも感じられるような錯覚に陥る。

 そして……スコアボードに、緑の表示が1つ増えた。

 フルカウント。

 みしり、と不穏な音が響く。


 まだだ。まだ終わってない。

 まだ……。


「ボールフォア」


 その声を発したのは、まるで機械かと思った。

 ピシィ、と心の支えに亀裂が入る。

 いつ決壊してもおかしくない。


 それもそのはずだ。

 2アウトとは言え、満塁。

 打席に入るのは、本日3打数2安打でいずれも長打。

 そして、試合終盤で得点圏という条件下では、全国No.1と噂される海乃さえも凌ぐ、間違いなく最悪の打者である。

 ―――天ノ川 雫だった。


 得点圏打率はいくつだったか? 試合終盤に限ればそれはいくつまで跳ね上がる?

 そんな数値は、今は考えたくもない。


 どうすればいい?

 投手の投山にしても、捕手の熊捕にしても、どこに投げれば打ち取れるのか皆目見当もつかなかった。

 それでも熊捕は考えをまとめ上げようと必死だったが、投山は完全に思考がストップしていた。

 そんな時。


「大丈夫ですわ。命までは取られませんもの」


 いつの間にか俯いていた投山の耳に、一ノ瀬の透き通った声が届く。

 ファーストの定位置にいるのに、まるですぐ近くにいるような、肩を支えてくれるかのような声。


「ま、為るようにしか為らないってぇ」


 日常を思い起こすかのような二宮の言葉。


「桜ちゃんらしく、ね。僕はまだ野球がしたい。いつもの桜ちゃんと一緒に」


 自分のありのままの姿を認めてくれる、野球部に入るきっかけを作ってくれた小鳥遊の声。


「行こう。全国の舞台へ。まだ見たことのない世界へ。桜ちゃんと、皆が一緒なら絶対にいける。絶対に」


 前を見据えて、どこか元気が湧いてくる友希の声。

 ……そして。


「どうした。魔王はいずれ負ける運命じゃからの。勇者にでもジョブチェンジするか?」


 煽りながらも奮い立たせてくれる、いつも隣にいてくれた熊捕の声。


 下を向いていた顔は、いつも通り前を向いていた。

 震える足でも、崩れる気がしない。


 外野を見ると、拡声器でも使っているのかと疑うような右京の掛け声に、腕を組んで微動打しない冷静な真中の表情、そしてこんな時でもポジショニングやスパイク・グローブの状態を再確認している生真面目な左門の姿勢。

 そして監督が、スタンドにいるクラスメイトや家族、かつての好敵手たちの眼差しが。


 投山を魔王として君臨させ続ける。


「我は大魔王なのだ。媚びることも、負けることも許されないのだ」


 黒く光るオーラが、マウンドに立ち込める。

 天ノ川に対する初球。

 死球を連想させる角度からストライクゾーンに切り込んでくるカミソリシュート。


「ストライク!」


 審判が声高に叫ぶ。


 これなら、いける。

 ミットに収まったボールの感触が、熊捕に勇気を与えた。


 ……天ノ川の、冷徹に口角を上げる、悪魔のような表情を見るまでは。


「何が、おかしいのじゃ」

「おかしい? 違う、面白いと思っただけさ。聞けば、君たちバッテリーと、他の何人かは野球を始めて半年も経っていないと言うじゃないか。才能とはどこにでも埋もれているものなのだな、とな」


 2球目、タイミングを外すための、ボール球のチェンジアップを見送ってカウントは1-1。

 3球目、高めの釣り球を見送り2-1。

 4球目、インコースのカットボールをファールにしてカウント2—2。

 ……そして5球目。


 先の雲雀と同様に、このカウントでシンカーを使う。

 今回は塁が埋まっている。

 塁が空いている状況と違い、フルカウントにしたくないのは当然だ。だからこそ天ノ川はストライクが来ることを待っているだろうと、熊捕は読んでいた。


 ―――だが。

 天ノ川は振らなかった。

 それどころか、バットをピクリとも動かさなかった。


「……何故、シンカーが来ることを分かっていたのか、とでも言いたげな顔だな」

「―――! 見てもないくせに、よう言えるのう。配球、思考を読むだけに飽き足らず、透視能力でも持っておるのか」

「分かるさ。私はな、野球を12年続けている。私たちのチームのレギュラーは、どんなに遅くとも小学生の頃から野球を始め、弛まぬ鍛錬を10年近く繰り返している」


 天ノ川はスパイクについた砂をバットで落としながら、自陣のベンチを見る。


「確かにお前たちは、私たちより才能があるのかもしれない。この半年は私たちより多くの練習を積んできたのかもしれない」


 そして、天ノ川はバットについた砂をバッティンググローブで拭う。


「だが、どんなに才能があろうとも、密度が濃い半年を過ごそうとも」


 バッティンググローブについた砂埃を息で掃うと、とても同じ高校生とは思えない、大きな背中でバットを構える。


 そして、6球目。

 熊捕が確率が薄いと感じ取りながらも、苦肉の策で要求したインハイのクロスファイア。

 それは、間違いなく要求通りのコース・球威・角度を併せ持ったボールだった。


 ……それでも。


「―――私たちの10年を覆すには、足りるはずもない」


 カッ! と、まるで閃光が迸ったかのような。

 打った瞬間、ホームランと分かる威力を持った打球は、レフト方向へぐんぐんと伸びていく。


 天ノ川は走ることも、歩くこともなく。

 その打球を見つめていた。

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