127話 焼肉奉行に、私はなる!
「く、苦しい……」
食べ放題の時間を30分も残して、友希は既に満腹感に襲われていた。
友希だけではない。小鳥遊も、真中も同様に、全体重を背もたれに預けて天を仰いでいる。
唯一、左門だけを除いて。
「ふふふ。みんな、情けないなあ。……店員さん」
左門が店員を呼ぶと、友希が生涯頼んだことのない部位を次々と注文していく。
「ハツ、ミノ、エリンギ、ピーマンを全て1人前で」
メニューをぱたんと閉じると、眼鏡の奥で瞳をギラリと光らせる。
「この卓は、全てうちが支配させてもらいましたわ」
「一体何を……!?」
「何を? うちは何もしてへんで。ただ言わせてもらうなら、ここから先はうちの好きなマイナーメニューしか出て来おへんいうこっちゃ」
「敦子先輩がエセ関西弁になってる……!」
にやりと、左門はしてやったりの顔をする。
「皆さん、こんな早い時間に音を上げるなんて、胃が弱っとるんとちゃいますか? 東洋医学では、ある部位を食べると同じ部位が良くなるという言い伝えがあるんや。遠慮せんと、しっかり食べや」
そう言って、5切れあるうちの3切れを1年生の3人によそう。
「いや、敦子先輩、もう厳しいと言うか……」
「何を言っとりまんのや、みずきはん。まだ2杯目のご飯が残っとりまっせ。お残しは厳禁やで」
そうでなくとも、先輩からよそわれた食べ物に手を付けないわけにはいかない。
中学から体育会系であった3人は、それが体に刷り込まれていた。
「雨音はん? 肉ばっかり食べてると体に悪いで。野菜もしっかり食べや」
「うっ……。そもそも、ピーマン苦手なんだけれど」
苦虫をすり潰したような表情で、真中はピーマンを遠ざける。
「あらあら。そない子供やと思いまへんでしたわ。お子様はとうもろこしでも齧っとくのがお似合いやんなあ」
「乗ってやらあ! 自分もピーマン食べればいいんでしょう!? 食べれば!」
なぜか友希と小鳥遊の分まで、左門よりも早く口に含む。
そして。
バタン、と真中は完全にダウンした。
「これで一人消えてくれたわ」
「なぜピーマンを食べただけで……!」
友希が真中の背中を擦るが、反応がない。ただの屍のようだ。
「敦子先輩、『皆で仲良く』と言ったあの言葉、あれは嘘だったんですか?」
「嘘? 人聞きの悪い言葉を使いますなあ。自滅したのはそちらさんの方どすえ」
「どすえ!? いきなり京都弁になりましたけど!?」
悪ノリだと言うことには気付いたが、その理由にまではまだ至っていない。
「そこで俯せになってる雨音はんの敗因は、最初に頼んだクッパや。あない味付けが濃く腹にたまるものを最初に食べるとは愚の骨頂。焼肉ではなくクッパを食べにきたのかと思う程や」
凄い悪人面してるな、と思いつつも、友希と小鳥遊は真剣に傾聴する。
「みずきはんの悪いところは……それや」
左門が指したのは、飲み物だった。
「炭酸ばかり飲んでいたら、嫌でも腹膨れてまうで。友希はんは一杯目だけだったゆーのに、みずきはんは4杯以上飲んどる。焼肉を食べる以前の問題や」
「僕が間違っていたと言うのか……」
小鳥遊はそう言って、あと少しだけ残っていた白米を食べきったところでダウンした。
「あと一人やねぇ」
悪戯な笑みを浮かべる左門の視線の先にいるのは、友希だった。
「はぁっ、はぁっ……」
「最後に残るのは友希はんだと思ってたで」
「私だけは、倒れるわけにはいきません!」
残すところ15分。ラストオーダーの時間になる。
「その強がりがいつまで続くか―――見物やなぁ。……店員さん」
左門はスッと手を挙げる。
「トントロ、カルビ、ホルモン一人前お願いします」
「こ、ここにきて重いものを……!?」
左門が何故ここまで食べられるのか不思議だ。
肉だけなら、友希よりも多く食している。
友希が白飯大盛りを2杯食べているのを差し引いても、いつもの姿からは想像がつかない。
「友希はん。実はうち、一つだけ嘘ついてたことがあるんや」
「嘘……?」
「最初にこのス●ウターで戦闘力を測ったやろ?」
「あー。……ありましたね、そんな設定」
どれだけ食事を食べられるか、その指標だったが。
「うち、自分自身のことを45と評したやろ? 確かに早食いという点ではそれくらいや。ただ……時間を気にしない、単純な量なら話は別や」
「まさか、第二形態!?」
「うちの本当の戦闘力は、53や」
「なん、だと……!?」
「さあ、最後の勝負といこか~。誰が焼肉奉行にふさわしいか、決着つけないとな~」
丁度半分ずつ、振り分けられる。
圧倒的に不利、それでも、こんな逆境に、負けるわけにはいかない。
「食べ、きった! 焼肉奉行は、私だぁぁぁ!」
ぜーぜーと息を吐きながら、友希は高らかに勝利宣言を上げる。
「よく食べたなぁ。流石はうちらの4番や。やれば出来る子やと、うちは思ってたで。ただし……」
口角を上げる左門に、友希は冷や汗をかく。
「それもうちの掌の上だった、ちゅうこっちゃ」
左門が指をパチンと鳴らす。
すると、まるでタイミングを計ったかのように。
「はい、じゃあ最後にうちの店の特製アイスだよー」
店主が持ってきたのは、拳大のアイスクリームだった。
「全て計算通りや。このアイス、4つ食したところでうちの腹は満杯になる」
友希は、絶望に天を仰いだ。




