123話 もう1つの準決勝!
「コングラッチュレイション、みなさん。あたくしも嬉しくてよ」
「高峰さん!」
ぱちぱちと拍手する斡木クラブの3人を目にして、友希たちはようやく安堵したように一息つく。
ご飯を食べ終わると、一ノ瀬が小鳥遊を呼びつけた。
「みずきさん。お説教の時間ですよ」
「えぇ……本当にやるんですか」
「もちろんです。歯を食いしばりなさい」
「殴るんですか!?」
「冗談ですわ」
ほっと溜息をついた小鳥遊だが、一ノ瀬の目は笑っていなかった。
「敵に情けをかけてはいけません。真剣勝負で相手に同情するのは、無礼以外の何物でもありません」
「……すいませんでした」
「みずきさん、貴方が優し過ぎるのは魅力の一つでもありますけれど……それでは、彼女には勝てませんわ」
一ノ瀬が向けた視線の先には、高峰が笑顔でひらひらと手を振っている。
「んふ、貴女には覚悟が足りないのかしら? それとも、敵とも仲良しこよしがお望みかしら?」
冗談半分に、しかし挑発的に、高峰は小鳥遊の肩に手を置いた。
「覚悟は、していたつもりでした」
「それでも、咄嗟の時に素の自分が出てしまう。それを覚悟とは言わなくてよ。キャッチャーの熊捕さん、貴女もね」
「う……」
あの場面で、自分にも目が向けられていたのかと少し熊捕が物怖じする。
もしも、あのまま試合が延長にでも突入していたら、確実にプレーに表れていた。
「小鳥遊さん、貴女はあたくしと似ているわ。プレーも、性格も」
「いえ、そんな、僕は……」
小鳥遊は両手を勢いよく振って否定する。
「高峰に性格が似ているなんて言われたら、誰も嬉しくないと思うぞー」
「だまらっしゃい詩織。確かにあたくしは罪な女。だけど問題はそこじゃなくてよ」
チームメイトの辛辣な言葉を軽く受け流し、高峰は金髪を風になびかせながら忠告する。
「いざという時は、いつもの自分を殺すのよ。いつもの自分を殺して、決して折れない自分に上書きするの。例えそれが、冷徹な人間になることに陥ったとしても」
ぞくりと、小鳥遊の背中に悪寒が走った。
それは、いつものお茶らけた高峰ではなかった。
顔つきも、声色も、試合で対峙した時へ戻ったかのように、相手を恐怖に陥れる。
「謙遜するのは日本人の魅力だけれど、真剣勝負では愚の骨頂でしかなくてよ。2回戦の最終打席は良かったわ。無我夢中だと、人はいつも以上の力を引き出せるもの。……それを運に頼らず引き出すためには……」
引き出すためには。
その後の言葉は、眼前に映る光景が物語っていた。
試合前の、立浜クラブのシートノック。
その一つ一つのプレーをとっても、王者の貫禄が漂っている。
「自分自身が、誰より一番だと信じ込ませるしかないの。そうなれば、相手に同情することもないわ。だって、勝つのが当然の結末なのだもの」
例えどんなに相手が強かろうと、勝って当然。
立浜クラブの選手の顔つきは、それを体現していると言っていい。
相手は神奈川4強と呼ばれた古豪・大田原クラブ。
それを前にして、一切の不安が見えない。
「さあ、始まるわ。勝負は時の運、とも言うけれど。強者とは何たるかを、王者にご教授願いましょう」
強い者が勝つのではなく、勝った者が強いのだ。
―――そんな言葉を真っ向から嘲笑うが如く、勝負は試合前に決まっているとでも言いたげに。
相模南の選手たちは、空腹であるはずなのに、ご飯が喉を通らないでいた。
「―――ゲームセット!」
6‐3で、立浜クラブの勝利。
スコアボードだけ見れば、序盤は互角のように見えた。
いや、むしろ大田原クラブが押していたようにさえ思える。
だが、試合を見れば嫌でも分かる。
立浜クラブが敗北を喫するビジョンは、誰の脳裏にも描けなかった。
「エースの空見先輩が出てきたのは5回から。それも、常に全力を出していたわけじゃない」
全力を出していたのは上位打線、特に主将の大和のみで、あとは7割程度の力で流していた。
それは、ただ体力を温存していたわけじゃない。
中学の時、同じチームだった友希には分かる。
対戦相手に絶望を与えるためだ。
現に大田原クラブの面子が物語っていた。
『全力を出してない相手を打てないのに、全力を出されたら適うはずがない』
当然、それを面に出してはいなかったが、立浜クラブをよく知る者は、その表情の裏にある思考が透けて見えてしまう。
「『今度こそは』と立ち向かい、スポーツには何があるか分からないと希望を見つめるの。……試合中盤まではね」
試合終盤には絶望が覆い尽くし、試合終了とともに思い知らされる。
王者は、決して敗北を喫さぬが故に王者と呼ばれるのだ、と。
ぶるっ、と友希の肩が震える。
武者震いじゃない。これは、試合終盤の逆境時にのみ訪れる、怯えによるものだ。
それが、試合が始まる前から体を覆う。
グラウンドに立つ立浜クラブの主将・天ノ川雫と目が合う。
それは一瞬で、別に睨まれたわけでも、挑発的な目でもなかった。
だが確かに、獲物に狙いを付けたような、逃れられぬ呪縛が襲う。
それは、友希だけではなく、相模南のナイン全員を同様の感覚に陥れた。




