102話 2回戦、終了!
「3‐2で相模南の勝利! 礼!」
「「ありがとうございました!」」
スタンドからの拍手を背に、相手チームと握手を交わす。
位置は大分離れていたが、華園は真中のところまで歩みを進めた。
「真中さん」
「華園……さん」
つい呼び捨てになりそうだった真中は、ぎりぎりで付け足した。
ウサギみたいな目をしてるな、とも思ったがさすがに口には出せない。
「……頑張って」
「ありがとう……ございます」
「いいよ。もう、敬語なんて、使わなくても」
「いや一応先輩だ……ですし」
「わざと、やってる?」
「……いえ」
真中は余計なことを言わないように口をつぐんだ。
「また。勝てなかった。あなたに」
「自分じゃあないですよ。今回も、あの時も」
「……まあ。そう、だね」
華園は震えた唇でそう呟くと、帽子を深くかぶり直して背中を向けた。
試合が終わり、誰もが疲労困憊だが、すぐさまグラウンドでは次の試合が始まる。
急いで荷物を引き上げ、スタンドへ登ると。
スタンドでも応援団の入れ替わりがあったみたいだが、幾人かはバックネット裏で相模南のナインが来るのを待っていた。
『小鳥遊さん、凄いカッコ良かったよー!』
クラスメイトは決勝打を放った小鳥遊を囲んで褒めちぎっている。
「ははは……。ありがと、みんな」
汗だくにもかかわらず近くに寄られるのが恥ずかしいのか、小鳥遊は距離を取ろうとするがクラスメイトは微塵も気にしていない。
「……じー」
「アンタ何よ、その目つき。嫉妬はみっともないわよ? 友希」
「嫉妬じゃないもん」
小鳥遊がいてもたってもいられずにお手洗いへ向かった後、クラスメイトの喝さいの矛先は、同点のホームを踏んだ真中へ向いた。
『真中さんも最後のヒットかっこよかったよ! ホーム踏んだ時のガッツポーズも!』
「え!? 自分、ガッツポーズなんてしてたかしら……」
『してたしてた!』
「そ、そう……。まあ、ありがと」
たじたじの真中を助けたかったわけではないが、投山がクラスメイトと真中の間に割って入る。
「我は! 我のピッチングはどうだったのだ!?」
『桜ちゃんもカッコ良かったよ~。凄いフォームだね!』
「ふっふっふ! 真名はサタンだが、今回は許してやろう!」
どちらかというと可愛がられているようだが、投山は気にせず得意げな顔で胸を張っている。
「……じー」
「次は何見てるのよ」
「あ、抜け駆けした雨音ちゃんだ」
「抜け駆けって……アンタ、チヤホヤされたいだけだったわけ?」
「いいじゃん別にー」
「しゃあないじゃろ。今回の試合は、わしらはどちらかというと裏方……」
友希を慰めようとした熊捕だったが。
『熊捕さんもカッコよかったー! 本当に野球始めて半年なんだよね? キャッチャー姿が歴戦の戦士みたいだったよ!』
「歴戦の戦士……? それは誉め言葉なんじゃろうか?」
『えーそうだよ。そういえば熊捕さんって剣道やってたんだよね? そのせいかな?』
熊捕は友希の凍てつく視線を感じたのか、クラスメイトに手振りで促す。
『あっ、そうそう三咲さんは―――』
ぴくっと、友希の耳が動く。
『お腹に当たった打球大丈夫だった?』
「……うん。まあ、あれくらいわねー……」
『本当に? あの後調子悪そうだったし、怪我だけはしないでね?』
「うん、ありがと……」
クラスメイトはひとしきりまくしたてた後、手を大きく振って別れを告げた。
「……」
膝を抱える友希に対し、トイレに行って事情が知らない小鳥遊が肩を叩く。
「友希ちゃん、大丈夫?」
「……私だけ、カッコいいって言われなかった。むしろ体の心配までされた……」
「友希ちゃんが、オーシャンズが5連敗以上している時の友希ちゃんになってる……」
「その例えはどうなんじゃろうか」
傍目から見ても落ち込んでいる友希に、無理やりにでも元気づけようと1年生が囲む。
「あれをアウトにできるのは友希ぐらいじゃて。わしらはちゃんと分っておる」
「そうだよ、最後に僕がヒット打てたのも、友希ちゃんがいたからだよ」
「初見であのスライダーを打てるのは、プロだっていないのだ!」
「誰だって活躍できない試合くらいあるでしょ。得点には結びつかなかったけどヒットだって打ったわけだし。切り替えなさいよ」
熊捕、小鳥遊、投山、真中が順々に励ますが、その優しい言葉を友希の心を抉る。
そんな中、次の試合も観戦するのだろう、斡木クラブの面々が近づいてきた。
「友希さん、とりあえずおめでとう、といったところね。ところであの強烈なサードゴロ、怪我はしてないわよね?」
高峰のその言葉を聞いた瞬間、友希はさらにうなだれた。
「心の最後の一欠片を抉られた……」
「ああっ! 友希ちゃんの、これは、オーシャンズが10連敗したクラスの落ち込み様……」
「じゃから、例えをどうにかせい」
真中の説明を受けてようやく合点がいった高峰は口元に手を当てて笑い声をこぼした。
「んふふ、友希さんも可愛いところあるわね」
「4番に座ってるのに……」
死んだ魚のような眼をしている友希を見て、高峰も頭を撫でながら友希を励ます。
「心配しなくても問題ないわ。次の試合は必ず打てるもの。ただ……」
高峰は顔を上げてグラウンドを見る。
ちょうど、次の試合の湘南女子vs釜倉チームが整列をしているところだ。
両方とも打のチーム。
体格で言えば、釜倉チームの平均身長は友希より少し低い、160cmくらい。
全国平均と比べれば、3cmほど高いのだから、決して小柄というわけではない。
だが、湘南女子の身長は別次元だった。
平均ですら、真中と同様の165cm。
その中でも、平均身長を引き上げているのが、キャプテンとして先頭に立つ海乃と2番目の火野。
170cmを優に超えるこの2人が並ぶと、圧巻だ。
「打てはするけれど、打たれもするの。今日の強烈なサードゴロのような打球、全員が覚悟しておくことね」
試合は大方の予想通り乱打戦。
スコアボードに0が並ぶのが珍しいほどに両チームは得点を重ねていく。
だが、火力の桁が違いすぎた。
『ゲームセット!』
8回終了時、7点差以上ついていたために審判によりコールドゲームが宣言された。
13‐6。
「海乃さんか……」
一緒に野球観戦に行った知り合いでもある相手。
来週に行われる準決勝、対戦相手は湘南女子に決定した。




