9話 ゲームでルールを覚えよう!
前回も少しそうでしたが、百合展開が始まってきます。
まだサヨナラの興奮が冷めぬ中、友希の母親はすぐさま冷蔵庫から酒を取り出し、録画していた試合を見直す。
「じゃあ私たちは、部屋でゲームしよっか」
お泊り会の本来の目的は、ゲームで野球のルールを覚えることだ。
もう9時を回っているが、明日は練習が午後からなので夜更かしも出来る。
「そうじゃ、ここに来る前にお菓子を買ってきたんじゃった」
「コントローラーを触るから、あまり手が汚れないやつをね」
「わー! ありがとう! これ好きなんだよねー」
みんながお菓子に夢中になっている中、投山桜はと言うと、部屋に興味津々で探索し始めている。
「ふっふっふ、我はこの中にお宝があると睨んだぞ!」
「左側のクローゼットは絶対開けちゃだめだよ! どうなっても、私は知らないんだ……」
開けた瞬間に雪崩が起きるとは口が裂けても言えない。友希は目を逸らしつつ、か細い声で忠告した。
小鳥遊まで興味が湧きだしたが、熊捕が制止する。
「これがスパプロというやつじゃな。去年のゲームなんじゃのう」
実在のプロ野球選手を用いて対戦をしたり、オリジナル選手を作成してアレンジ球団を作ったりすることも出来る、大人気野球ゲームである。毎年新しいスパプロが発売されており、実在する選手の能力パラメータを予想するのも一興である。
「じゃあとりあえず、まずはコンピュータ同士の試合を見てみよっか」
友希はそう言って、ゲームを立ち上げる。
「当然の如くオーシャンズを選ぶんじゃな。……対戦相手もオーシャンズとは」
「どっちが勝っても嬉しいからね!」
「友希ちゃん、ゲームにまで持ち込まなくても……」
とりあえず基礎的なことから説明し、一通りの試合解説が終わる。
初心者の2人は、なんとなーく、試合の流れを理解した。
「ゲームだからないけど、ピッチャーはボークとかにも気を付けなきゃ駄目なんだよ!」
「ボーク?」
「反則行為の事だね。特に牽制の時に多いけど、例えばホーム側に投げようとして、一回止めてからランナーがいる方に投げたら、簡単にアウト取れるでしょ? それはずるいから、反則になるんだよ。罰則として、ランナーの無条件の進塁が認められるからね。気を付けないと」
「……ううむ、色々と難しいのだ」
「バッテリーは大変だからね。プロなんかだと、ピッチャーは打率が凄く低いし」
友希は本棚にあった、牽制について特集されていた週刊女子野球の雑誌を持ってくる。
「牽制の種類が多すぎるぞ……」
「まあ、それは試合までに憶えてくれればいいから!」
次に、実際にコントローラを操作して試合をする。
操作するのは熊捕と投山で、それぞれ友希と小鳥遊が補佐に着いた。
「まだ選手はよく知らんが……、わしはレッドスナーパーを使おうかのう」
「なら我は……。ん? このオリジナル球団というやつはなんなのだ?」
「あ、それは!」
アレンジ球団もたくさんあったが、オーシャンズがベースの球団を開くと、オーシャンズの現役選手およびOBと混じって、友希が作成したオリジナル選手が何人か組み込まれていた。守備がサードの友希もいれば、ピッチャーの友希もいる。
おもむろに投山がピッチャーの友希の選手情報を開くと、そこには本気で作成されたであろう、一流選手を凌ぐパラメータを持つ友希の姿があった。
「なにか凄いのだ! ん? オリジナル変化球と言うのもあるぞ!」
「そ、それは……」
必死に隠そうとする友希だったが、同じくスパプロのゲームを家に所有している、小鳥遊が隣にいたのが運のつきだった。
「スライダー系の変化球だね。友希ちゃんはどんな名前をつけたのかな」
「や、やめてっ!」
『シューティングスター』
ストレートに近い球速、かつ打者の手元で大きく曲がるスライダーは、空振りの山を築いていく。
「ほう、流れ星、と言う意味じゃな」
「カッコいいのだ! 我も、投げるボールに名前をつけるぞ!」
「うぅー……」
枕に顔を埋めながら、足をバタバタとさせる友希。
「ふふっ。本当に可愛いな、友希ちゃんは」
散々からかわれて、友希はようやく反撃体勢に入る。
「スパプロ持ってたら絶対やるもん! みずきだってオリジナル変化球に凄い名前付けてるんでしょ!?」
「うん。僕はフォーク系に『アルマゲドン』ってつけたよ」
小鳥遊は、涼しい顔をして自分の作成したオリジナル変化球の名前を晒す。
「な、なんかカッコいい名前なのだ! よく意味は分からないが……凄そうだぞ!」
「じゃが、アルマゲドンではダイナソーズが滅亡する気がするのう……」
先ほどの友希とは違い、特に笑われることもなく話が終わる。
「なんで? なんで私の時はあんなに馬鹿にされたのに!」
「隠したり、恥ずかしがるからじゃろう。こういう時は、堂々としとればええんじゃ」
「むー。なんか釈然としないんだ」
結局投山の使用するチームはオリジナルのチームとなり、試合が始まる。
「わしが先攻じゃのう。スイングがこのボタンで、バントがこのボタン、あとは進塁と帰塁じゃな」
「ふっふっふ。我が後攻という事は、サヨナラが出来るということなのだ!」
あらかた操作説明が終わったところで、試合が始まる。
「喰らえ! シューティングスター!」
「……もう、やめてよぉ」
ゲーム内の友希が投げたシューティングスター、もとい高速スライダーは、現実離れした角度でボールからストライクゾーンに切り込んでくる。
しかし。
カァン! と鋭い打球音が響き、レフト前に打球が落ちる。
「な!? 友希の必殺技が敗れたのだ!」
「投げる前に球種をばらすからじゃ。打ってくださいと言っとるようなもんじゃのう」
「……必殺技じゃないもん」
まずは熊捕が操作するレッドスナーパーが先制するも、どちらも操作が不慣れなことから点の取り合いが続いていく。
……が、いち早く操作のコツを掴んだのか、熊捕のリードが広がり始めた。
「おかしいのだ! こっちのチームの方が強いはずだぞ……」
「選手のパラメータだけで勝敗は決まるもんじゃないけえ」
結局、熊捕がリードを保ったまま試合が終わる。
「ぐぬぬぬぬ。紅葉、後でもう一回やるのだ! 次は絶対勝ってやるぞ!」
「おう、まあ次も打ち負かしてやるけんのう」
次は友希と小鳥遊が対戦する。当然の如く、友希はオーシャンズ、小鳥遊はダイナソーズを選択した。
「ダイナソーズもいいピッチャーが多いんだよ。特にほら、先発じゃないけどこのサイドに近い投げ方のピッチャー。試合最後のアウトを取っていくことから、畏怖と尊敬の意を込めて、球団を問わずに野球ファンから『死神』と言われているのさ」
「スライダーの変化量が凄いのだ!」
「色々な球種を持つのもええが、一つの変化球を極めるのもいいんじゃのう」
「そう、特に中継ぎとかはね。空振りを取れるボールが望ましいんだよ」
そう言って、小鳥遊は意味ありげに友希の方を見てにこっと笑う。
またオリジナル変化球の事をぶり返されると感じた友希は、慌てて話題を逸らす。
「お、オーシャンズの投手も見てよ! ほらこのエースピッチャー。ストレート、スライダー、カーブにフォーク。やっぱりこの球種の組み合わせが美しいと思うんだ! この人は『ハマの番長』っていかつい仇名で呼ばれてるんだけど、とてもコントロールが良い技巧派ピッチャーなんだ! あと、とてもいい人でキャッチボールしたことも、サインも貰ったことあるんだよ! 見る!?」
とても早口でまくしたて、もはや是非を問わずにサイン色紙を持ってくる。
「……しかしこのピッチャー、防御率の割に勝ち星に恵まれてないのう」
「それはご愛嬌なんだ!」
友希と小鳥遊は、真剣勝負をすることもなく、初心者の2人に色々とプレーを教えるように試合を運んでいく。
友希たちも、詰め込みすぎたかな、と思うほどに長い時間をかけて、ゲームセットとなった。
「配球一つでも、凄く難しいのだ……」
「配球は結果論って言う人もいるけどね。まずはコントロールを付けて、変化球を覚えないと」
かと言って、変化球は簡単に投げられるものではない。
現に友希は小学校の時、我流の変化球を投げ過ぎて肘を痛めた経験もある。
「人によって向き不向きはあるけど、雑誌にも書いてあるから!」
友希は変化球の特集を持ってくると、投山は床に寝転がりながらそれを眺める。
「桜は行儀が悪いのう。もう時間も遅いけえ、そろそろ寝たほうがええか?」
「どうしよっか。ちなみに、優美さんから連絡来て、明日は午後一時から練習だって」
「ならまだ大丈夫だぞ! 紅葉、もう一戦するのだ!」
ゲームに白熱し、時間はあっという間に過ぎていく。気付くと、時計の針は12時半を示していた。
「うう、我はもう眠くなってきたぞ……」
「さっきまであんなに元気じゃったんに、小さな子供みたいじゃのう」
「そう言えば友希ちゃん、布団って人数分あるのかな?」
「うーん、予備と併せて二つしかないけど、まあ詰めれば大丈夫でしょ!」
そう言って友希は、物を詰め込んでいない方のクローゼットから布団を二枚取り出す。決して小さいサイズではなかったが、2人が入ると流石に窮屈そうではある。
歯磨きなどを済ませた後、布団の上で円を作る。
「じゃあ、並び順を決めよっか!」
友希が放った言葉に対し、小鳥遊は一瞬表情を険しくする。それを熊捕は見逃さなかった。
「家主を狭い場所に寝かすのも悪いけえ、友希は上座というか一番奥じゃな。あとは桜の寝相が悪そうじゃから、一番手前じゃ。わしは滅多な事じゃ起きんけえ、桜の隣で寝ようかのう」
「も、紅葉ちゃん……」
小鳥遊は感謝の眼差しで熊捕を見つめるが、馬鹿にされた投山は面白くない。
「一緒に寝たこともないのに、なぜ我の寝相が悪いと断言できるのだ!」
「女の勘じゃな」
ぶーぶーと文句を垂れつつも、寝る支度を整えて布団に入る。
電気を消すと、月明かりだけが窓から微かに入り、目が慣れるまでは一寸先も見えない。
「なんだか修学旅行みたいでわくわくするね!」
「うん。わくわくというか、僕はなんだか緊張するけど」
「仲を深めるんには、狭いくらいが丁度いいのかもしれんのう」
「紅葉よ、我の隣で眠れることを光栄に思うが良い! ただし、妖艶なる我が魔力で変な気を起こすでないぞ!」
他愛もない話をしていたが、段々と口数が少なくなっていく。
ついには、誰も喋らなくなる。
……が、30分後。
「……ねえ、紅葉ちゃん、起きてる?」
「不本意じゃが、寝れん」
「さっきから、なんだか僕の鼓動が早いというか、緊張してるのかな」
「すー、すーzzz」
ふと横を見れば、小鳥遊の目と鼻の先に友希の寝顔がある。ちょっと顔を寄せれば、吐息を頬で感じられそうなくらいだった。
何の夢を見ているのか、幸せそうな表情を浮かべている。
「いびきや歯ぎしり位なら寝れるんじゃがな。流石にダイレクトアタックされるっちゅうのは……んっ」
投山が寝返りで熊捕に腕を当てたかと思うと、抱き枕のように掴んで離さない。
「ふふふ、我が魔球を喰らうのだ……」
「な、なんじゃこの寝言は。デットボールでも当てるつもりか……」
だが、投山の寝顔を見ると、怒りもどこかに霧散する。
「……堪えるしかないんかのう」
「……そうだね」
そして夜は、さらに更けていく。
一方、二年生が集まる二宮の家では……
「おー! キョーコの家はバーだったんデスネ!」
「どっちかと言うと、お酒じゃなくて料理がメインだけどねぇ。二人とも、うちでバイトとかしてみない?」
一階がお店で、二階が自宅である。
外から家を見上げていたが、美味しそうな料理の匂いが漂っている。
「うち、知り合いの家庭教師をやっててな。ちょい厳しい……」
「ミーも、マミーの紹介で英語を教えるデス! だから、他のバイトは出来ないネ!」
「うーん、それは残念。まぁ気が向いたらいつでも言ってねぇ」
一之瀬が買い物から戻るまで、早速ゲームを始める。
そして……。
「遅くなりましたわ。みなさん、ルールは憶えてきま、した、か……」
一之瀬が二宮の部屋を開けると、丁度ラビッツ戦の中継がテレビに放送され始めたところだった。
テレビの前に並んだ3人はと言うと。
「「「とーこんひーめーてー♪ あーおーぞーらへー♪」」」
一之瀬は記憶を辿り、右京がレオパーズファンになったことと、左門がそのレオパーズ本拠地がある関西出身であることを思い出す。
「それがどうして、ラビッツの応援歌を熱唱してるんでしょうか?」
何故かルールよりもまず、贔屓の宿敵であるチーム応援歌の歌詞を覚えた、いや覚えさせられた右京と左門だった。
???「スパプロは『スーパープロ野球』の略でやんす。国民的野球ゲームで、やべと言う選手が大人気でやんす!」




