『さしすせそ』消失事件
条件:「さ」「し」「す」「せ」「そ」「ざ」「じ」「ず」「ぜ」「ぞ」を使用してはならない
夕飯を作ろうと台所に立って驚いた。戸棚から、調味料が消えている。跡形もなく完璧に空っぽだ。
昼日中に起きた、あまりにも大胆不敵な犯行。探偵になったつもりで家の中を練り歩けば、手がかりは簡単に見つかった。
点々と茶色い液体が、廊下に落ちている。まるでグリム童話の兄妹のよう。血の跡にも似た汚れは、あろうことかリビングの扉の前で消えていた。
扉を開けるのが怖い。けれどここで逃げることはできないのだと、覚悟を決める。ゆっくりとまぶたを開ければ、目の前に広がるのは悪夢のような光景だった。悲鳴をあげたのは一体誰だったのか。
漂うのは何とも言えない鼻に付く臭い。きっとふたつの液体の混合物だろう。ままごとの鍋から溢れ出た粒たちは、粉雪のように床を彩っている。泥か粘土のように部屋のあちこちに散らばるのは、多分発酵で形を変えた豆の塊。
部屋の中をばたばたと子どもたちが逃げ回る。豆はないかと器の中を見やる彼らに、鬼扱いはあんまりだと言いたいもの。まあ一昨日つけた鬼の面もかくやという顔になっているに違いないのだが。
ため息をついて、天を仰いだ。
ああ、なんてこと。今夜はもう出前に決定。いくら可愛い我が子とはいえ、母親にだって限界はあるのだ。