『きく』に聞けない
条件:「き」「く」「ぎ」「ぐ」を使用してはならない
とある総合病院には、有名なお医者さんがいる。あだ名はメエ先生。真っ白な顎髭がチャームポイントの名医だ。
この病院には、佐藤先生というイケメン医師もいる。専門はさっぱりわからない。佐藤先生は日がな一日、総回診と称した散歩に勤しんでいるからだ。
ある日のこと。メエ先生が、疲れ顔で歩いていた。べらぼうに忙しいのだろう。そんなメエ先生の横を、佐藤先生がふらふらと通り抜ける。思わずメエ先生に同情してしまった。佐藤先生を頼りにするなら、猫の手でも借りた方がましに違いない。
可愛いが最大の存在理由。猫と佐藤先生を重ねていれば、メエ先生がにやりと笑った。そのままどこか楽しげな足取りで廊下を曲がる。一瞬、メエ先生の瞳孔が真っ平らで細長かったように思えた。
それ以来、佐藤先生の姿は見えない。看護師さんに尋てみれば、そんな先生など知らないという。
中庭では、老人たちが楽しそうにおしゃべりをしていた。佐藤先生は可愛いねえ。そっと撫でられて、猫はゆらゆらと尻尾を揺らす。
隣にいるメエ先生と目があった。頭の両側にねじれた二本の角が見えて、霧散する。背筋が冷えた。もともと愛玩用だから、佐藤先生が人間を辞めたところで誰も困らないだろう。
病院に隣接しているデイケアセンターのアイドルとして、佐藤先生は本日も真面目に働いている。