『てんびん』は傾かない
第31話は武 頼庵(藤谷 K介)様主催による「初恋」企画参加作品です。
条件:「て」「で」「ん」「ひ」「び」を使用してはならない。
この国には、愛情メーターがある。
メーターとは言うものの、実際にあるのは秤だ。理科の授業の際に使ったことがある、上皿に法馬をのせ、両者の釣り合いをみる秤。バッチ型になったそれが、この国に住む者の胸元に輝く。
愛情が釣り合わない。
そう訴えれば、緑の紙さえ容易に出せるようになった。だからこの国の特に女性は、昔よりも幸せになったと学生は習う。その昔、女性とはまず父に従い、嫁ぎ先の夫に従い、老いた後は子に従うものだったらしい。
愛情メーターの過渡期に恋に落ちた父と母は、このメーターの崇拝者だ。可視化された愛情ゆえに、互いの想いを疑わずに済むのだと、父母はうっとりと語る。子どもが生まれなお熱々のふたりは、わたしに繰り返す。愛情メーターの調和が取れる子と付き合いなさい。秤は嘘をつかない、必ず幸せになれるのだからと。ふたりの愛情の質量は同等らしく、上皿は水平、左右のどちらにも傾かない。
だからわたしは、初恋を忘れることにした。わたしに振り向くことのない意中の君の隣に並ぶのは、あまりにも苦しかったから。お前に興味はないのだとあからさまに示されるくらいなら、好きという気持ちなどいらない。ずっしりとした錘の形をとる想いを放り投げ、数名の友達と静かに穏やかに過ごすわたしはきっと幸福なのだ。例え傾きに片寄りのない理由が、お互いに興味がないだけだろうとも。
法馬とは、秤の分銅のこと。ほうばともいう。