↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リポグラム短編集〜『あい』を失った女〜  作者: 石河 翠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/74

『こけもも』実る庭であなたと

この作品は、遥彼方様主催の「紅の秋」企画に参加しております。


条件:「こ」、「け」、「も」、「ご」、「げ」を用いてはならない。

 長(なが)い髪(かみ)を簡素(かんそ)に束(たば)ねた使用人(しようにん)は、主人(しゅじん)のために庭(にわ)で紅(あか)く澄(す)んだ茶(ちゃ)を準備(じゅんび)する。本日(ほんじつ)のデザートは、今(いま)が旬(しゅん)の果実(かじつ)をふんだんに使(つか)った熱々(あつあつ)のパイ。


 恭(うやうや)しく引(ひ)かれた椅子(いす)に優雅(ゆうが)に座(すわ)るのは、ただひとりの主(あるじ)。紅(べに)に彩(いろど)られた瑞々(みずみず)しい唇(くちびる)が、焼菓子(やきがし)にかぶりつく。ゆっくりと、噛(か)んで、味(あじ)わって、やがて喉(のど)の奥(おく)へ。主人(しゅじん)の赤(あか)い舌(した)が、無造作(むぞうさ)に唇(くちびる)を舐(な)める。まるで自身(じしん)を咀嚼(そしゃく)されるような感覚(かんかく)に使用人(しようにん)はうっとりと快感(かいかん)を覚(おぼ)えた。風(かぜ)がそんな下働(したばたら)きのスカートを翻(ひるがえ)す。


「まあ、なんて美味(おい)しそうな髪(かみ)なのかしら」


 一体(いったい)どんな香(かお)りがするの。実(じつ)の親(おや)にさえ疎(うと)まれた厭(いとわ)しい赤(あか)い髪(かみ)に、躊躇(ためら)いなく触(ふ)れた白(しろ)い指先(ゆびさき)。屈託無(くったくな)く笑(わら)う彼女(かのじょ)に目(め)を奪(うば)われてしまったのはいつの日(ひ)だったか。捨(す)てられた少年(しょうねん)を、「私(わたくし)の可愛(かわい)いお庭(にわ)のベリーちゃん」と呼(よ)んで迎(むか)え入(い)れてくれた麗(うるわ)しの女主人(おんなしゅじん)。ふっくらとした頬(ほほ)は、時(とき)を経(へ)てなお少女(しょうじょ)のように初々(ういうい)しい。


 必要(ひつよう)なのは、ただ愛(いと)しい主人(しゅじん)のみ。彼女(かのじょ)の側(そば)に居(い)るためなら、たとえピエロのような姿(すがた)であろうが構(かま)わない。己(おのれ)のすべてをどうか貴女(あなた)に。そんな滾(たぎ)りをそっと隠(かく)して、女中姿(じょちゅうすがた)の彼(かれ)は小(ちい)さく笑(わら)う。


 かつての賑(にぎ)わいはなく、屋敷(やしき)は寂(さび)れて久(ひさ)しい。しかしそれはまさしく彼(かれ)の望(のぞ)み通(どお)りなのだ。他人(たにん)の訪(おとな)いなど途絶(とだ)えてしまえばよい。ひなびた屋敷(やしき)で主人(しゅじん)とただ二人(ふたり)きり。それ以上(いじょう)の幸(さいわ)いがあるだろうか。ふわりと揺(ゆ)れる髪(かみ)の長(なが)さは、彼(かれ)が屋敷(やしき)に来(き)てからの年月(としつき)に相当(そうとう)する。


 歳(とし)を重(かさ)ね、さらに我(わ)が主(あるじ)は美(うつく)しくなる。柔(やわ)らかな眼差(まなざ)しひとつで容易(たやす)く多(おお)くの人(ひと)を手玉(てだま)にとってきた彼女(かのじょ)は、きっと永遠(えいえん)の眠(ねむ)りにつくその日(ひ)まで、自分(じぶん)を翻弄(ほんろう)するに違(ちが)いないのだ。ただ死(し)に顔(がお)ばかりは独占(どくせん)できるであろう未来(みらい)を描(えが)き、少年(しょうねん)とは言(い)い難(がた)い年(とし)となった彼(かれ)は仄暗(ほのぐら)い笑(え)みを浮(う)かべた。ああ、いまや枯(か)れ果(は)てるのみの晩秋(ばんしゅう)の木(き)の実(み)の紅(あか)さが目(め)にしみる。

コケモモは、英語ではリンゴンベリー、カウベリーなどと呼ばれる。

白い小さな花を咲かせ、秋になると真っ赤な実をつける。

生食では酸味が強いため、ジャムやパイなどに使われることが多い。

国によっては、家庭の庭で一般的に見ることができる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。