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リポグラム短編集〜『あい』を失った女〜  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」


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『月』が隠れた夜に

条件:部首に「つき」「つきへん」「にくづき」を含む漢字を使ってはならない

 年若い女王が物憂げにため息を吐いた。


「兜を取れ」


 女王の言葉に、家臣たちはみな動きを止める。誰もがじっと女王の側に立つ男に目を向けていた。


 影のように女王に付き従う男は、いついかなる時でも鎧を身につけている。その頑なさときたら、鎧の下には実体がないのではないかと噂されるほど。下卑(げび)た話をする者もいたが、あれでは男女の一線を越えようがないと思われた。


 その男に、女王が兜を外すように命じた。気に入らないことがあれば、首を()ねよが合言葉の赤の女王である。男は(わず)かに逡巡(しゅんじゅん)したのちに、一言、御意と返した。


 輝くような美男子が出てくるか。はたまた二目と見られぬような醜男(ぶおとこ)が出てくるか。家臣たちが固唾を飲んで見守る中、男はその素顔を見せた。一瞬の静寂の後に、怒声が湧き上がる。


「何と敵の間者であったとは!」


 髪も、瞳も、その身に(まと)う色の全てが自分たちと異なる男の姿に、兵士たちがいきり立つ。


「純血を掲げ他者を排斥するのと、同族をこの手にかけるのとでは、どちらがより罪深いのでしょうね」


 男は薄く笑った。行軍の際に、どこかおかしいことに気がつかなかったのかと。そう言えば、行く先々にいたのはまるで死を悟ったような老人や重病人ばかり。けれどその無抵抗な相手の首を()ねたのは、この男だ。戦争とは名ばかりの一方的な虐殺だった。


「なぜ同じ仲間を殺した」


「穴があれば醜女しこめだろうが、老女だろうが、()()()()()()()かまうものか。そう隣で話す兵士の声を聞きましたゆえ。(はずかし)めを受ける前に、一思(ひとおも)いに殺してやるより他に仕方ありますまい」


 男は淡々と答える。女王が居並ぶ家臣に視線を向ければ、何人かが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。つまり男の言葉は事実だということだ。


「寝首をかく機会などいくらでもあっただろうに」


 女王には、ずっと隣にいたはずの男の気持ちがわからない。尋ねてみれば、男はふわりと微笑んだ。


「約束したでしょう。ずっとお側にいると」


 女王は懐かしい記憶を手繰(たぐ)り寄せる。確かに男と約束をした。どうか自分から離れないでくれと。けれど、だからと言って男に同族殺しをさせるつもりなどなかったのに。男はそっと(ひざまず)き、女王の靴に口づけた。恭順を示したまま、男は告げる。


「ここにいるのは、あなた方が忌み嫌う一族の最後のひとり。動ける者は他国へと逃れ、動けぬ者はみな(ほふ)りました。どうぞ首をおねください。さすれば陛下の望みは叶うでしょう」


 言いたいことはたくさんあった。なぜ教えてくれなかったのか。なぜ自分を止めてくれなかったのか。なぜこんなことになってしまったのか。それなのに女王の口からは、ひゅうひゅうと息が漏れ出るばかりである。


 姿形が違っても皆生きている。心を持っている。ずっと昔に忘れてしまった大切なこと。それを再び教えてくれた男の血は、やはり自分と同じように温かく、そして赤いのだと女王は知った。規則正しい鼓動はもう聞こえない。

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