『月』が隠れた夜に
条件:部首に「つき」「つきへん」「にくづき」を含む漢字を使ってはならない
年若い女王が物憂げにため息を吐いた。
「兜を取れ」
女王の言葉に、家臣たちはみな動きを止める。誰もがじっと女王の側に立つ男に目を向けていた。
影のように女王に付き従う男は、いついかなる時でも鎧を身につけている。その頑なさときたら、鎧の下には実体がないのではないかと噂されるほど。下卑た話をする者もいたが、あれでは男女の一線を越えようがないと思われた。
その男に、女王が兜を外すように命じた。気に入らないことがあれば、首を刎ねよが合言葉の赤の女王である。男は僅かに逡巡したのちに、一言、御意と返した。
輝くような美男子が出てくるか。はたまた二目と見られぬような醜男が出てくるか。家臣たちが固唾を飲んで見守る中、男はその素顔を見せた。一瞬の静寂の後に、怒声が湧き上がる。
「何と敵の間者であったとは!」
髪も、瞳も、その身に纏う色の全てが自分たちと異なる男の姿に、兵士たちがいきり立つ。
「純血を掲げ他者を排斥するのと、同族をこの手にかけるのとでは、どちらがより罪深いのでしょうね」
男は薄く笑った。行軍の際に、どこかおかしいことに気がつかなかったのかと。そう言えば、行く先々にいたのはまるで死を悟ったような老人や重病人ばかり。けれどその無抵抗な相手の首を刎ねたのは、この男だ。戦争とは名ばかりの一方的な虐殺だった。
「なぜ同じ仲間を殺した」
「穴があれば醜女だろうが、老女だろうが、人間でなくともかまうものか。そう隣で話す兵士の声を聞きましたゆえ。辱めを受ける前に、一思いに殺してやるより他に仕方ありますまい」
男は淡々と答える。女王が居並ぶ家臣に視線を向ければ、何人かが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。つまり男の言葉は事実だということだ。
「寝首をかく機会などいくらでもあっただろうに」
女王には、ずっと隣にいたはずの男の気持ちがわからない。尋ねてみれば、男はふわりと微笑んだ。
「約束したでしょう。ずっとお側にいると」
女王は懐かしい記憶を手繰り寄せる。確かに男と約束をした。どうか自分から離れないでくれと。けれど、だからと言って男に同族殺しをさせるつもりなどなかったのに。男はそっと跪き、女王の靴に口づけた。恭順を示したまま、男は告げる。
「ここにいるのは、あなた方が忌み嫌う一族の最後のひとり。動ける者は他国へと逃れ、動けぬ者はみな屠りました。どうぞ首をお刎ねください。さすれば陛下の望みは叶うでしょう」
言いたいことはたくさんあった。なぜ教えてくれなかったのか。なぜ自分を止めてくれなかったのか。なぜこんなことになってしまったのか。それなのに女王の口からは、ひゅうひゅうと息が漏れ出るばかりである。
姿形が違っても皆生きている。心を持っている。ずっと昔に忘れてしまった大切なこと。それを再び教えてくれた男の血は、やはり自分と同じように温かく、そして赤いのだと女王は知った。規則正しい鼓動はもう聞こえない。




