『やゆ』もせず、『よ』はこともなし
条件:「や」「ゆ」「よ」「ゃ」「ゅ」「ょ」を使用してはならない
とある時代、狆は国家なりなどとうそぶいた男がいたが、それならば我輩はこの世界そのものである。我輩が是非を問えば、塵芥を払うのと同じく、この星は銀河系から簡単に消え失せる。
とはいえ、我輩もこの星に住まう同胞たちもそんな物騒な腹づもりなど持ち合わせてはいない。はじめは大それた望みをたぎらせてはいても、日溜まりのぬくもりにも似た幸福を知れば、崇高な国家理念などみな即座に放り捨ててしまう。送り込んだ密偵が数世紀に渡りただ一人として母星に戻らぬのもまた当然のことである。
我輩とて裏切り者と謗られた祖先の汚名をそそぐべく密命を受けたはずが、気がつけばこうして日々平和を謳歌している。愚かだと笑いたくば笑うがいい。荒み凍てついた我が心を溶かしたのは、儚くも美しいこの星であることに変わりはないのだ。
ああ、腹がくちくなれば次第に微睡みが訪れる。我輩は抗うこともせずに、身を任せた。何を憂うことがあろうか。例えとろとろとこの惑星が滅びの道を進もうとも、人々が我輩たちを崇め奉る眼差しは、過去から今日に至るまで同じ。否、日ごと、盲愛というべき沼に沈み込む。ここは我輩たちの楽園であるのだ。
そもそもしびれを切らした軍部の石頭どもが攻めて来たならば、またたびでも差し出しておけば問題はない。それでも駄目ならこちらには奥の手がある。この文明が滅びを免れている訳を思い出し、我輩はほほを緩める。
時折ちくりと我輩を痛めつけた後のみに差し出される大層美味な貢ぎ物。我輩たちの文明の足元にも及ばぬ人類ではあるが、その味覚に関しては侮りがたい。
あらどうしたの、なんだかご機嫌ねなどと言いながら不躾に我輩を撫でる失礼な下僕。そんな相手の戯言などもちろん歯牙にもかけない。あの細長くパウチされた至高の 逸品を思い浮かべ、我輩はぴんと尾をたてつつ、こたつでの昼寝に勤しむ。
 




