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『にぬ』りは剥げて

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 老人(ろうじん)ホームの片隅(かたすみ)簡素(かんそ)なベッドの(うえ)で、祖母(そぼ)はいつも(ふる)びた(くし)()でていた。

 祖母(そぼ)(いわ)く、この鉛丹色(えんたんいろ)をした(くし)()まれつき()っていたのだとか。


 欧米(おうべい)では「(ぎん)(さじ)をくわえて()まれてくる」というが、それは「裕福(ゆうふく)(いえ)の子どもとして()まれる」という意味(いみ)慣用句(かんようく)である。赤子(あかご)(ぎん)(さじ)()って、母親(ははおや)胎内(たいない)より()てくるわけではない。


 (はは)祖母(そぼ)(はなし)を、痴呆老人(ちほうろうじん)()(ごと)だと(あざけ)(ののし)った。あるいはやるせなかったのかもしれない。かいがいしく世話(せわ)()(はは)とは挨拶(あいさつ)さえ()()たない。そのくせ物言(ものい)うこともない(くし)相手(あいて)として、祖母(そぼ)()()なくおしゃべりを(つづ)けていたのだから。


 幾度(いくど)となく、祖母(そぼ)(くし)(うしな)いかけた。ある(とき)はうっかり()として。ある(とき)(ほか)(ひと)(もの)勘違(かんちが)いされて。またある(とき)(はは)(まど)(そと)()()てた。けれどどう(ころ)んでも、(くし)祖母(そぼ)のもとへ(かえ)ってくる。まるで祖母(そぼ)身体(からだ)一部(いちぶ)のようでもあった。


 そうして数年(すうねん)()った。(くし)(あか)みの(つよ)橙色(だいだいいろ)色褪(いろあせ)せるのと(おな)じく、祖母(そぼ)記憶(きおく)()がれ()ちていった。その()わりというべきか、近頃(ちかごろ)はどうも幻覚(げんかく)()ているらしい。

 今日(きょう)祖父(そふ)が、祖母(そぼ)()めるための(あな)()っているところだと微笑(ほほえ)んでいた。南方(なんぽう)(うみ)()んだ祖父(そふ)は、(ほね)のかけらさえ(かえ)ってこなかったことも(わす)れたのか。

 とうとう昼夜(ちゅうや)感覚(かんかく)さえあいまいとなり、(むすめ)(だれ)かもわからなくなった。そのくせ、あの(くし)だけはしっかりと(かか)()んでいるから、(はは)はたびたび()きながら(おこ)っていた。


 ある()夕方(ゆうがた)。そっと部屋(へや)(たず)ねてみれば、祖母(そぼ)(くち)()けたままこんこんと(ねむ)っていた。いつか祖母(そぼ)はすべて(わす)れるだろう。どこか()めた気持(きも)ちでそれを()()れながら、それでも()きる意味(いみ)(かんが)えてみる。

 (まど)からは(しず)みかけの夕日(ゆうひ)(しろ)統一(とういつ)された味気(あじけ)ない部屋(へや)は、まるで()えているようだった。ただ祖母(そぼ)枕元(まくらもと)(くし)だけが、ひっそりと()りし()(うつく)しさで(かがや)いている。

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