精霊様とおうじさま
※バッドエンド注意
※異世界転移要素は申し訳程度にしかありません
彼女は飛んでいた。
後方から聞こえる静止の声も聞こえない。
辿り着いた場所は城の外れの墓所。
そこに刻まれた新しい名前を見て、彼女は――雪の精霊は零した。
「……嘘つき」
延ばされた手を振り払い慟哭する。
「みんなみんな、嘘つきだ!」
と――
この世界では異界から零れ落ちた魂が精霊となり、様々な属性を司りながら各地を守護しているという。
彼女もまた、どこともしれない世界から落ちてきた存在だった。
どうしてそうなったのか、元の世界では死んだのかも覚えていないが、戻る手立ては基本ないらしい。そう、先達である風の精霊――彼は鷹に似た姿をしていた――から聞いた。
役目から解放されるには、一つは相性のいい存在と契約を交わすこと。先代が契約した為に、彼女は落ちてきたと思われる。風の精霊がそう推測していたからそうなのだろう。
自由に動ける風の精霊と違い、雪国の祠の一帯に存在を固定された彼女の暮らしは退屈で、いつもなにか起きていないかと歩き回っていた。
そんな折に、彼女は“おうじさま”と出会った。
「精霊様」と彼女を呼び、首を垂れるのは雪国の王子様だった。父である先代の王に対し臣下がクーデターを起こし、その魔の手が彼にも迫っているのだという。
この国では王位継承権は血筋ではなく、精霊に認められるか否かで決まる。それを、首謀者は変えたいのだろうと幼い王子様は言った。
「しかし、我が国は精霊様と共に永きを生きてきました。民の多くもまた、安寧を望んでいるでしょう」
首謀者は国を大きくするために、実権を握った暁には戦争を仕掛けると言ったそうだ。なるほど、よくある話である。
変えようとするものと、変えたくないもの。
正直言って、彼女はどちらがどうなっても構わないと思っていた。国の中心に祠があるおかげで、こちらの祠には誰も来ない。むしろ国があったのかと驚いたくらいである。
だから、多少王子様の言葉にひっかかりを覚えながらも、彼女は彼に疑問を投げかけてみた。
「国と、人と、私。一つ選ぶならどれがいい?」
実に意地の悪い問題である。彼女としてはどれをとってもいい、理由に納得がいけばいいと考えていた。こうしている間にもクーデターは進み、王子様を亡き者にすべく反乱軍はこの地に向かっているだろう。まだ10になったか否かの王子様には大変難しい問いだった。
「私は――」
迫るタイムリミットと、“精霊様”に試されるプレッシャーに耐えながら王子様が出した結論に、“精霊様”は微笑んだ。
精霊の加護を与え、この国の王として認める代わりに、彼女は王子様とある約束を交わした。
「いつか国が落ち着いたら、迎えに来てよ」
「ええ。必ず精霊様を迎えに上がります」
それは契約の予約とも言えたし、彼女が自由になるための希望でもあった。
彼女はその日が来ることを楽しみにしていた。白銀の世界しか知らない彼女は、風の精霊から聞かされる世界を、いつか“おうじさま”と共に見て回ることを楽しみにしていた。
だから、王子が迎えに来た時には飛び上がって喜んだのだ。嬉しさから抱き着いてしまったほどに。ぎこちなく回された手は暖かかった。
離れていた間に幼かった王子は大きくなり、青年ともいえる年になっていた。
約束を果たしたいと言って、王子は早々に彼女を国から連れ出し、現在通っている学園がある国まで連れ出してくれた。契約を交わしたことで新たな雪の精霊が生まれているだろうが、そこは風の精霊がまた面倒を見るだろうと彼女は考えていた。元より、嬉しさから後輩のことなど頭からすっぽ抜けていたが。
学園での生活は楽しかった。前の世界で読んだ小説のような大事件は起きなかったが、王子の友人兼側近である魔族の青年や姫様、他にも無駄に行動力のある生徒会長や同じように契約を交わした精霊など、雪原で風の精霊と話していた頃とは違う、色鮮やかな日々に彼女は幸せをかみしめていた。
ただ時折、王子が暗い顔をするのだけは気になっていた。もしや内乱の後処理でまだ困っていることがあるのだろうか。内乱自体は早期の内に終わらせられたらしく、外部には先代が病死したとして発表されていた為に異国である学園内では気軽にそのことについて聞くことが出来ない。
いつか本国に帰った後、そのことについて相談に乗ろうと彼女は決めていた。
学年末が終わり、本国へ帰還した後。彼女は元居た祠へとまずは向かった。すっかり忘れていた後輩の様子を見に行ったのだ。あちらこちらに寄り道をしながら、最早懐かしい祠へと飛んでいく。
訪れると、後輩らしい精霊と懐かしい風の精霊がいた。やぁ、久しぶりと風の精霊に声をかける。
「内緒で契約して、一抜けたとばかりに消えた先代か。久しぶりだな」
相変わらずな皮肉交じりの言葉に苦笑しながらも、後輩の精霊――今代は小人だった――に不自由はないかを訊ねる。どうやら彼――彼女?――はまだ楽しくやれているようだ。
と、世界中を飛び回る――正しくは一か所に留まれない――風の精霊に、彼女は相談事をした。
王子が何かいつも悩んでいること。自分達がいない間に、何かこの国で問題は起きていなかったかどうかを。
「自国のことなのに何も知らないのか? ……特に問題は起きていない。
強いて言えば、密かに内乱を収めたという先代の喪が明けたくらいか」
――きっと、その話が無ければまだ彼女は知らずに/気づかずにいただろう
どうしようもない、精霊と人間の感覚のずれなど。
風の精霊は物知りだ。文字通り世界中を飛び回り、長い時を過ごしているのだから。その知識量を彼女は信頼していた。
だが、今回ばかりは嘘だと言いたかった。そんなことないと思いたかった。
逃げるように城へと戻った彼女は、またも残酷な事実を突きつけられる。
「なぁ、いつまでも黙ってられないぞ」
「分かっている! あの方が帰ってきたら言うつもりだ」
「いつもそう言ってるが、今回こそ本当だろうな? もう帰ってきちまったんだ。学園とは違うんだからな」
「ああ」
「……しっかし、精霊と言うのはアレだねぇ。人と時の感じ方が違うとはいえ、加護を与えた本人と息子を見間違えるかね」
彼らの会話に、彼女は茫然とした。
そうか。彼が悩んでいたのはそのことだったのか。
自分の中では数年しか経っていないと思っていた。あの時感じた誠実な魔力と同じだったから、彼だと思っていた。
だが実際には数十年もの時が過ぎ、彼はもう亡くなっていた。
しょうがないことだといえる、最初は自分の勘違いから始まったのだ。普段の――いや、人間だったころの彼女なら多少は凹み、王子に八つ当たりしながらもいつかは和解できただろう。
だが、精霊となった彼女は、本人も気づかぬうちにその性質に染まっていた。
――お前さんは変わってないと思っているだろうが、精霊となった我々は理性的ではない。よく言えば素直、悪く言えば本能的だ。一度怒りや悲しみに駆られれば取り返しがつかなくなる。気を付けろ
今なら、風の精霊の忠告がよくわかる。
振り払われた手にショックを受けている王子――“おうじさま”だと自分が思っていた青年に笑みを浮かべる。自分の周囲が轟轟と吹雪き、彼らとのどうしようもない壁を作り上げる。
契約はこちらから強引に断ち切った。契約を切った後の精霊がどうなるかは知らない。さしもの風の精霊もそのことについては知らなかった。
「裏切り者」
それは“おうじさま”へ向けたものか、青年に向けたものか。彼女にも分からなかった。
力の制御が利かない。それはどうでもいいことだったが、“おうじさま”が眠る場所を傷つけるのは嫌だと思った。一歩でも動けば、吹雪がすべてを破壊しそうだった。
だから彼女は、そこで――王墓で眠りについた。吹雪で覆われた王墓には誰も近づけない。近づけさせない。もう誰の顔も見たくなかった。“おうじさま”の傍にいたかった。
いつしか吹雪の音以外聞こえなくなった時、彼女は何故か泣きたくなった。
「遅いから私から来ちゃいましたよ、“おうじさま”」
――雪の精霊が守る北端の国
――その王墓は先代を愛した精霊が護っているという
伝わる話は美しさを帯び、現実とは乖離する。
先代と精霊の約束に振り回された王子のことも、精霊の慟哭も、覆い隠された。
それを掘り起こし、彼らの溝が埋まるのはきっと十数年後。
「初めまして、私は――」
王子に、見覚えのある鳥を連れた婚約者が訪れた頃に。
こんな内容の長編を書こうと思っていましたが自分では設定が煮詰められなかったのでざっくりダイジェストにしました
コンセプトとしては「恋愛ゲームとか恋愛作品でよくある攻略対象の暗い過去話」
だからバッドエンドしかありません。鳥(風の精霊)連れた婚約者がきっと本来は主人公
以下考えていた設定
“おうじさま”
精霊との約束を果たしたかったけど急病に倒れて帰らぬ人に
彼が息子に自分と同じ名前を付けて、遺言で彼を精霊に会わせに行かせたのがある意味悲劇の始まり
王子様
魔力/容姿が父と瓜二つだった為に間違われた悲劇の人
本当は父が亡くなったことと約束を果たせなかった謝罪を伝えに来たのに“おうじさま”と勘違いされた上喜ばれて色々言い出せなかった
精霊
悲劇のヒロインみたいにしたけど加害者じゃねと作者は書いていて思った
でも人間の感覚で精霊として生きてきたからそのズレに気づけなかった時点で詰んでいたのだ
多分いつか暴走を鎮める為に王子と婚約者に討たれる
友人兼側近の魔族
この世界では魔族=闇属性の魔法使い一族で特に差別も争いも起きていない
王子を心配して話していたことが最後の引き金となったことを後悔している
風の精霊
長年契約できるものがおらず飛び回っていた生き字引。皮肉屋だが面倒見は良い
婚約者と契約して雪国に来たら先代が暴走していた、どういうことだ
婚約者
どこかの国のお姫様で風の精霊の契約者
他にも「魔族を排除しようとする組織」とか「精霊のシステムに人類側は気づいていない/一部のものしか知らない」とか「暴走した精霊を処分する組織がある」とかいろいろ考えていたけど次の予定はありません