9.クローリック
トルシスがレジに立ち、数時間がたったが一向に客が途切れることなく続いていた。もとより、ここまで多くの客が入ることを前提としていないため、あまりの人口密度に帰ってしまう者や、店に入る前に諦めてしまう者など、様々いたのだが、赤門にはその打開策も無く、今来ている客を相手にすることで手がいっぱいだった。
「トルシスはそろそろ休んでくれていいぜ?」
ちょっとした間をついてトルシスに赤門は声をかける。
「いえ、私は大丈夫なのでお気になさらず」
「そう言ってもらえるとありがたいけど、流石に心配かな」
「大丈夫です!赤門さんほどではないですけど、それなり強いですから」
ここは自信のこもった声でかえすトルシスを信じることにした。トルシスの感覚器官のことを考えると、ありえない話ではないように思ったからだ。
「なら、ほんとに悪いがもう少し頼る」
「はい!頼ってください」
元気よく返事をするトルシスの姿に赤門は僅かばかり元気をわけてもらった。
客をある程度見ていてわかったことだが、客はどうやらSNSで情報を聞きつけた若者が多いらしい。流石は情報社会と言ったところだ。これは明日からも大変なことになってしまいかねないな、などと考えていると、一人、店員としても、元警察としても見逃してはいけない行動をした客がいた。すかさず赤門は店内放送を使う。
「本日は当店をご利用いただきまことにありがとうございます。お客様にお願いがあります、皆様、その場を動かないでください」
これがこの店の万引き対策だ。その店内放送を聞くとほとんどの客は黙って赤門のほうを見ていた。そして、赤門は客と客の間を通りながら出入口の目の前にいる一人の客の前まで行き、声をかける。
「あの、お客様、以前ご注文になられた本が届いておりますので、どうぞ奥へ。ただ、今は大変込み合っておりますので、外からまわりますのでついてきてください」
と言うと、赤門は一旦店を出て夢東家としての玄関に行き、入るようお願いをする。
そして、薺に声をかけトルシスを手伝ってもらうようお願いする。
赤門が客を家の方につれてきた時点で薺は状況を理解して春書店の方へ家の中から向かった。
そして、赤門は机を挟んで客を赤門と向かいあうように座らせる。
「さて、お客様。お会計がお済みでない商品をもって当店を出られようとしていたので、お声をかけさせていただきました」
相手は中学生くらいの少年だった。そして、少年は万引きをしようとしていたところを赤門にこうしてつかまえられたわけだ。
「あ、あと、最初に申し上げさせていただきますが、嘘は2回までにしたほうがよろしいかと。あなたが1回嘘をつくたびに1、1、0の順でボタン押しまして、3回目には警察につながってしまうので予めご了承ください。それと、1分以上何もおっしゃられないような場合はすぐに警察に連絡させていただきます」
といいながらスマホのダイヤルの画面をみせながら言う。赤門の声は通常より低めで、まだ目の色は変わっていないものの、その迫力は凄まじすぎた。中学生でなくても辛いことであったろう。
───10分と少しほとで少年は全てを話てくれた。そして、少年の親に連絡をいれた。親からは全力で頭を下げられた。そこで赤門は次に今回のようなことが起きたら、なんの躊躇もなく警察に連絡することなどを説明し少年を解放した。
客が多いためにこういったことも多くなるだろうと考えていたが、やはり今日は多かった。覚悟していたとは言え、やはり全く気分のいいものではなかった。
店へ戻り、薺を戻すのは客のことを考えると、戻しづらいものはあったが家のほうでゆっくり休んでもらうことにした。もしも薺が倒れる、などといったようなことがあったときを考えると、赤門は本当に気が気でないのだ。
───本当に多くの客の対応をした。そして、本自体の在庫がなくなるにつれて客足も少なくなっていった。しまいに売れ残った本はなかなか可愛そうでならなかったが、仕方ないと割り切るしかなかった。
多くの客が朝から押し寄せていたために客足が途絶えるのも早く、後半はトルシスを休ませることができた。
「ほんとに助かった。トルシスがずっといてくれたからこその今日の売り上げだったよ、本当にありがとう!」
「いえ、私もこのお店の力になれて嬉しいです」
今日のお礼をトルシスに言う赤門と、それに嬉しそうに返すトルシスだった。
***
その日の夕方、赤門は食後のデザートに、りんごの皮をむいていた。自分たちで食べるためだが、やはりトルシスへのお礼という意味が強いように薺は思っていた。
その間、トルシスは薺に聞いておきたいことがあった。
「あの、今日お客様の一人に『その両親はいい人たちか?』と聞かれたんですけど、何だったのでしょう?」
「そっか、そんな人いたんだ...なんて、かえしたの?」
「もちろん、とってもいい人たちです!って答えましたよ」
トルシスは迷うことなく断言した。そのことが薺には嬉しかった。
「多分、その人は赤門の知り合いの人だと、思う。自分たちがトルシスに無理させてないかとか、気にしたんじゃないかな?」
「そう、なんですか、そんなこと気にしなくいいのに」
「そういうわけにもいかないんだよ、赤門にとっては特に...」
と話していると赤門が、薺やトルシスがいるところまで皮をむいて切った、りんごがのった皿を持ってくると、赤門は少し驚いたような表情をする。なぜなら、いつの間にか薺の近くにはビールの缶とビールが入っていると思われるグラスがあり、薺の顔もわずかに赤くなっていたからだ。
「まじかよ...飲んだのか」
「もしかして、薺さんってお酒飲んじゃいけなかったですか?」
「いや、そんなことはないぞ、酒については他の人と同じように飲みすぎるな程度にしか言われてない」
赤門の答えにトルシスは安心したような表情をするが、すぐに首をかしげる。それをみた赤門はしぶしぶこたえをトルシスに教える。
「薺が酔うと大変なことになるから...いや、可愛いけど、可愛いいんだけど」
などと言っていると、薺が赤門のほうを向き自分の隣に座れと言わんばかりにソファーをポンポンする。
「はいはい、今行きます」
そう言うと薺がポンポンしていたところに赤門が座る。それと同時に薺は横に倒れ、赤門に膝枕をしてもらう格好になる。
「薺はこの状態になるとまず、2時間は動かない」
「な、なるほど、それは、仲が大変良いようで、羨ましいです」
そう言いながら赤門は薺の髪を撫でていたりする。
「赤門の膝枕は落ち着くから離したくないんだよ」
薺は満面の笑みで言うのだから最早赤門に抗う気なんておきようはずもない。
グラスに注いだビールを、どこにあったかストローで赤門の膝枕の上で飲む薺は、なんとも幸せそうにトルシスにはみえた。
ビールをストローで飲むあたりについては赤門自身追求するのは昔やめた。トルシスも、赤門がストローについては何も言わないことを考えて何も言わないことにした。
「そうだ、トルシスその棚の本数冊とってよ」
「これ、ですか?」
「そう、それそれ!ありがとう」
トルシスは近くの棚から薺の目的の物と思われる本を数冊とって薺にわたす。その本とはアルバムだった。そのうちの1冊を手に取り、残りを机においた。
「これアルバムだからトルシスも見てみなよ」
「いいんですか?」
赤門のほうをみながら聞くのに対して頷いて返し、それをみたトルシスは1番上のアルバムを眺めはじめた。
「なんか、動物と一緒の写真多いですね」
「まぁ、そうなんだよな。俺は動物に好かれやすいらしく、写真撮ろうとすると寄って来るからそういうの多くなるんだよ」
なんとも複雑そうに苦笑いをしながら赤門はこたえる。
ひと通り薺もトルシスもアルバムを見終えると、薺は唐突にこんなことをい言い出す。きっと酔っていた影響もあったのだろうと後になって思う。
「やっぱりクロのことが懐かしくなるよね。それになんかトルシス見てるとクロ思い出しちゃうかな...白い髪に赤い瞳で、」
クロとは、赤門達が以前飼っていた日本白色種という種類のうさぎだ。体毛は白で目は赤い、よく目にすることのある種類だ。
「もしかして、トルシスはクロだったりして」
笑いながらそんな冗談を言う薺だった。それを聞いた赤門はバツが悪そうな顔で言う。
「あーあ、言っちまった。俺も考えてはいたけど、現実味が薄いから黙ってのに」
などと、軽く話しているのに対し、トルシスはこちらを向いているのに、どこか遠くをみているような目をしていた。
「クロ...クロ...クローリック...!」
そう力なく言うと同時に、トルシスは意識を失った。
今回は長めにさせていただきました。いつもこのらいかけや!というクレームについては対応しておりませんのでご了承ください。とうとうあの子がー、、、。今後の展開に期待をしていただけたらと思っております。11/1
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