10.星に願いを
トルシスが突然全身から力が抜けたかのように横に倒れた。それから赤門が、トルシスは意識を失っただけと確かめた上で、ベッドまで運んだ。この会話はその後のことだ。
薺は先ほどまでトルシスが座っていたところを見つめながら言う。
「なんで、知ってたの、かな...?」
「あたえられてた知識なのか、クロなのか、これ以外には考えづらいな...」
「うん、それは、そう、なんだけど...」
「気持ちはわかってるつもりさ」
「それにしては、平気そうで羨ましいよ。さっきの口調からしてわかってたみたいだったけど?」
「確かに驚きはしたけど、結局のところ一つの可能性として考えてたから、こうして平気なんだろうよ」
「いつから、クロかもしれないって考えてたの?」
「薺とトルシスの会話にあった、夜目はきくってあたりからかな」
「そんなときから...」
「ああ、トルシスの感覚器官の鋭さと、あの見た目で、そして名前が『トルシス』ときたから正直、最有力候補だったよ。ただ、現実的じゃなさすぎるだけで」
「名前がどうかしたの...?」
「名前が他の名前だったら、クロだなんて疑わないよ。そもそも、クロの名前をクローリックにした理由っていうのは話したよな?」
「たしか、カタカナ英語ならぬカタカナロシア語で、うさぎを表すロシア語のkrolikでクローリックってつけたんでしょ?」
「そう。そのクローリックっていう名前をつける過程において、ラトビア語のtrusisって言葉をカタカナラトビア語にすると、トルシスに近いものになるから考えてはいた」
「なるほど...でも、ラトビア語ってどこの国の言葉...?」
「ヨーロッパのラトビア共和国ってとこ」
「なんとなくわかったから、まぁ、いいや」
話にひと段落ついたとみて、赤門は庭に向かう。
「ちょっと外の空気を吸ってくる。夜風にあたるってやつかな」
「うん」
赤門はいつかの縁側の、庭へと通じる窓を開けた。自分が出るとすぐに窓を閉めた。そして、空を見上げた。部屋の明かりや、街灯などもあり、あまり星は見えなかったが大して重要なことではない。
「星に願いを、起きてからのトルシスの人となりが変わることのないよう願う。誓いはたてず、故にこれは、願いで終わろう」
誰に聞かせるわけでもないが、赤門は独り言のようであり、呪文の類にも思えるようにつぶやいた。
これは、赤門自身誰に、いつ教わったのか、わかっていないのだが、何か願いがあるとこうして星に願うことがあった。
暫く、あまり見えているわけでもない星を眺めてから、家の中へ戻った。
すると、いつの間にか薺はソファーで寝てしまっていた。仕方ないので、薺をお姫様抱っこをしてベッドまで運んでいき、戸締りの確認などをして赤門も寝ることにした。
トルシスは目を覚ますと、ため息まじりに悲しそうに言った。
「ああ、思い出した...」
赤門は深夜に起きて、トイレで吐いていた。それは、起きた瞬間に一気に、多くの知るはずのない赤門の記憶が流れ込んできたために脳に負担がかかり、気分が悪くなってしまったからだ。
「あのー、大丈夫ですか?」
そう後ろから心配そうに声をかけてくるのはトルシスだ。
「おかげさまで、思い出したもないような夢もあいまって大丈夫って言ったら嘘になるくらいの状態ですよ」
「なっ、まさか、記憶が、あるんですか...?」
「やっぱり何かしらしたんだね?」
「ええ、まぁ、言い訳するつもりはありません、すいません」
そう言ってトルシスは深く頭を下げていた。
「いや、あんな夢みせられたことはともかく、この気分の悪さについてはおそらく俺の問題だ」
「そう、なんですか...?」
「それより、あれに近い夢を薺にもみせたのか?」
「はい...」
「薺は俺みたいなことにはならないとは思うけど、これの目的については教えてもらえるのかな?」
「はい、あの夢はこれから先のことを考えた上でのことです。詳しくは明日薺さんが起きてからで」
「了解、今はそれでいいや。あと、起こしたのなら悪かった」
「いえ、そんなことはないです」
「それならよかった」
***
赤門は何の目的もなく、ただ、歩きなれた街を人混みを避けながら歩いていた。そのうち見慣れた女性の姿をみとめ、そちらに向かって歩いて行くと、赤門の知らない男と楽しげに話をしていることがわかった。
すると、その見慣れた女性、もとい薺も赤門に気づいた。それから、男に手を振って別れを告げ赤門の方に歩いて来た。
「あの人は?」
と赤門が男がいた方に視線を向けながら薺に聞いてみる。
「...友達だよ」
「そっか」
薺の返答は少し間をおいて返ってきた。
そして、その直後のことだった。薺の少し離れた後方に、包丁を持ってその切っ先をこちらに向けた、先ほどの男がこちらに向かって走って来るのがわかった。
すぐに赤門は薺を守るよう行動をおこそうとするも、身体は全く動かない。薺に危険を知らせようにも、頭の先からつま先まで全てが動かなかった。
そして、薺は後ろからなす術なく、その男に包丁で刺された。薺は前のめりに倒れ、その体を中心として、赤黒い液体がその面積をどんどん増やしていった。
赤門の身体はすぐに動くようになった。赤門は自分の服や近くにある物で応急処置を行い、周りの者にすぐに救急車を呼ぶよう声をかけようとした。しかし、そこで始めて気づく、周り全く人がいないことに。野次馬はおろか、先ほどの男もいない。そして、気づくと薺すらもいなくなっていた。
「すごい、ですね。冷静に判断をして応急処置をする、本当にすごいです」
どこから表れたのか、トルシスが声をかけてくる。
「これが夢でどんなによかったことか」
「流石に序盤から気づいてたみたいですね」
「まぁ、なんとなく」
「それなら、夢だとわかっていたからこそ、嫉妬心も少なかったのですか?」
そう、トルシスは鋭い視線を向けながら聞いてくる。
「嫉妬なら大いにしてたさ。ただ、そいつにはそいつの人間関係があるわけで、それに口を出すのは相手が薺であったとしても、それは俺がしていいことじゃないから何も言わないし、隠しただけ」
「夢の中なのに、隠されると信憑性薄いので気をつけたほうがいいですよ」
「忠告ありがとう、覚えとくよ」
「はい、覚えといてください。それと、助けたのは薺さんだったからですか?それとも何か他に理由が?」
「どっちも、薺と同じ顔の人間が目の前で死のうとしてるのは見過ごせない。それに、どんな人でも、例え悪人でもこんな形で死のうとしてるなら助けるべきだと思ってるから」
「そうですか、大丈夫そうですね、よかったです」
そう言うトルシスは安心したような表情だった。
何が「大丈夫」なのかと疑問には思ったがそれ以上に、薺の身の回りの安全のために聞かねばならないことがあった。
「こっちからも聞くけど、」
「はい、なんでしょう?」
「君は何者だ?」
「それは私がクローリックなのか、という話ですよね?」
「ああ」
「赤門さんはどっちがいいですか?クロか、そうでないのか、きっと赤門さんがいい方が正解ですよ」
「どっちでもいい」
赤門の答えは即答だった。
「薺に害がないのなら、どっちでもいい」
「なるほど、まぁ、これについては朝までの楽しみということで」
「オーケー、オーケー」
そう言うと同時に赤門の視界は一変した。変化した景色は真っ黒な空間で、見える物は少し離れたところにある、見慣れた扉だけだ。
その扉は開くことがあるのなら、観音開きの鉄の扉だった。そして、扉には鎖が巻きつけられ簡単には開かないようだった。赤門は、この光景を今までに何度も何度も見てきた。この扉のことを考えながら瞼を閉じると、いつでもこの光景が広がっていた。
「まだ届く!まだ届くと俺は思ってる!」
そう言いながら赤門は扉に向かって手をのばしてみるが、いつものように何も変わらなかった。
「そりゃ、そうだよな...別になにかを変えたわけじゃない」
そう言い終わると同時にその扉に巻きついていた鎖が壊れ、はずれた。すると、今までは見えていなかったが、扉には天秤座の星座がかかれていた。だが、この扉を開けるには距離がある、まだ手は届かない。
鎖が外れた理由のうち、考えられるのは一人の少女の存在だ。
そして、扉の隙間から赤い霧と黄色霧が濡れでるかのように出てくる。それはいつの間にか赤門の周りを囲み、やがて視界を遮った。
その状態に不快なものはなく、この霧には特に何も感じない。
ここで赤門は目を覚ました。すると同時に一気に先ほどの夢の記憶が頭に流れ込んできた。その脳の負担で赤門はトイレで吐きに行った。
しばらく作者が忙しくなるので2週間ほど間があきます、ご理解とご協力をよろしくお願いします。11/16 寒くなりましたね〜
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