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1-8 アラン・ファミリー



 二人を個室まで案内したロランドは一度去り、そして二人分のジュースを載せたお盆を右手に、大きな封筒を左手に戻ってきた。

 この部屋は以前からバーにあったものではなく、あとから増設された小部屋である。入り口から離れた奥まった場所の、防音処理がなされた部屋。事実として表のバーで騒いでいる連中の声はエリー達には届かないし、逆もまた然りである。ご希望客の席として、そして。

 ロランドは飲み物を配り、ごく落ち着いた動作で二人の対面に座る。

 それだけだ。営業用の笑みを浮かべて、クリス達の言葉を待っている。料金も払ったのだから質問攻めしてやろうと考えていたクリスだったが、あるのは気概だけで、既に思考回路がビジーになっている。


「正直ね、私自身よくわかってないの。私のこのもやもやを解消してくれるような話を、そっちからしてもらえると助かるんだけど」

「求められた情報を与えるのが我々です。本来はそういったご期待にはお答えできないのですが‥‥‥今回は由としましょう。独力で答えに行き着く方は、中々いらっしゃいませんし」

「今、馬鹿にしたでしょ」


 眉間にしわを寄せたクリスに微笑んで、ロランドは続ける。

 本題だ。


「アランは南の国の武器商人経由で、武器を納入しています。多くはサブマシンガンやリボルバー式拳銃ですが、納入品目の中に5.56ミリ弾とMk6ライフルの一式があることも確認しています」

「取り寄せてるってことかしらね」


 ロランドは封筒をクリスに手渡す。彼女が中のものをテーブルにひっくり返すと、写真と書類が数枚ずつ転げてきた。写真はどれもこれも望遠で撮影したのか画質が荒かったりしていたが、一人の男が映し出されている。


「アラン・ヒュームです」

「ふぅん?」

「本名ロドニー・リコック、西の国出身。兵役の後一度除隊しますが、5年戦争の際に呼集され参加。ダチランでの戦闘時に撤退できずMIA(作戦行動中行方不明)となり、ロドニーとしての足跡は消えます。アランと名を変えて、友軍や不服を持つ現地民を伴って、戦後はウルティス郊外へ移動し活動を継続。後は先に述べた通り、小規模麻薬カルテルを吸収する形で」

「待った待った、ちょっと待った!」

「どうなさいました、クリス様」


 声を大にするクリスに、ロランドは変わらぬ営業笑顔。

 斡旋屋とか情報屋っていうのはどいつもこいつも、どんな依頼でもどんな話題でも澄まし顔で流しやがる。その落ち着きっぷりにいっそ腹が立つくらいだったが、怒るのは余裕のあるときという事にしてクリスは疑問を続ける。


「どうしましたじゃないわよ。何、要するにこいつ、ゲリラってこと?」

「西の国の工作員として地域を撹乱するスパイですね」

「なお性質が悪いわ。だからMk6ライフルなのか」

「Mk6ライフルなのと、何か関係あるの」


 エリーが表情を変えぬまま疑問をぶつける。


「アランファミリーは町のチンピラギャングなんて相手にしてない。うちの国の正規軍とやり合うために、装備を整えてるのよ。いくら市街戦だからって、いつもサブマシンガンの射程で戦うわけじゃないからね。そうでしょ?」

「81ミリモーター(迫撃砲)と対戦車ロケットも、数は少ないですが手元にあるようですね」

「モーターまで持ってんの? 至りつくせりじゃん」


 クリスは呆れた声で肩をすくめる。

 アランがそういう方向性で準備している。となれば、おのずと見えてくるものがある。


「アランファミリーの勢力拡大を食い止めたい、前金払えるくらい資金がある匿名の誰かさん。ただしギャングの類ではない」


 アランファミリーにとっての仮想敵は、この国の軍隊だ。その点において、ギャングと言う枠からは既に逸脱している。そんな相手の規模増大を好まない依頼主。匿名で、なるべく直接関わらないように掃除屋を使いたがる、支払いの良い個人あるいは団体となれば。

 クリスが唇を結ぶ。そんな奴らと好んで敵対する、でも存在秘匿はしたい支払いのいい存在。それだけの条件が当てはまる存在が、ひとつしか思いつかなかったのだ。

 それはかつての自分達の飼い主。


「政府か」

「依頼主の名前は伏せさせていただきますよ」

「いいわよ別に。でもなんでそんな手間を。いくら汚職ひどいからって、他の地区の警察隊と合わせればまだ何とかなるレベルじゃないの」

「表向き、ギャング同士の抗争と言う形で済ませたいのですよ。国内向けにも、西の国のテロリストをみすみす中に入れて銃撃戦を行い、公務員や市民から相応の被害が出るというのはよろしくはない。悪人同士が勝手に潰し合っているとしたほうが、影響も少ないですから」

「犬は犬に食わせろって?」


 不愉快な話にクリスが鼻で笑っていると。

 個室の扉がノックされ、そして開かれた。

 それに、クリスは軽く目を見開く。やってきた、黒髪ポニーテールの女性を。


「おや、姿を見ないと思ったら」

「ここからはビジネスのお話になりますので」


 言って、交代するようにロランドは席を立つ。情報屋としての仕事は終い、ということだ。

 ロランドは、女性に会釈して部屋を後にした。そして彼が座っていた席に、彼女が腰を下ろす。


「じゃ、仕事の話ね」

「あんたいつから斡旋屋にジョブチェンジしたの。ハンナ」


 クリスがソファの肘置きにもたれて、まじまじとハンナと呼んだ「同業」を見る。ここにはフィリップという男性斡旋屋がいて、仕事はそいつから提示されるはずなのだ。

 ハンナはこのバーで仕事を取る、クリス達同様「元ハウンド」の「現掃除屋」だ。また、副業としてこのホテルとバーの掃除雑事も兼務していて、ここに来ればたいてい出会える人物だった。

 そのハンナは肩をすくめて見せて。


「フイリップは用事で離席中。その間私がこの件の『面接』をやれってさ。好きでやってるんじゃないわよ」

「それはそれは」

「仕事はだるい、さっさと済ませるに限る。本題に入るわよ」


 ハンナは足を組み、そしてクリスがテーブルに出したアランの顔写真を指差す。


「標的はアランファミリー、その殲滅。他のスイーパーとの協働になるわ。規模は当日まで伏せさせてもらう」

「また随分と珍しい形態ね。ま、当然か」

「9x19ミリ弾、45ACP弾、5.56x45ミリ弾、7.62x51ミリ弾はこちらで支給。つまり対応する銃を持ってるなら弾薬代タダ。参加確認時点で一人頭20万、成功で追加80万、主要構成員殺害確認でさらにボーナスあり。注意事項はたった一つ、実に単純。この話を外に漏らさないこと。逆に破ったら大変だから、本当に気をつけてよ」


 そこまで概要を述べたハンナは、黙ってクリスのお供に徹しているエリーに向き直った。気づいて、エリーも視線を返す。


「依頼人が、スナイパーを探しているの」

「マークスマンよ」

「そこそこの距離を狙撃できればなんでもいいわ。スナイパーで参加する? ボーナス追加だけど」

「それは、依頼主が派遣した指揮官に従えという事?」

「その通りだけど、細かくは指示を出さないって。向こうさんだってそんな錬度期待してないし、指定した敵射手を優先して狙う程度よ。後は自由」


 話を聞いて、エリーは思案に入った。

 拘束が緩いという事は、あれやこれやこき使われるわけではなさそうだ。しかし、自分はスナイパーを名乗れるほど腕があるわけではない。少なくともその自己評価がある。自分は自分がやろうと思ったことをこなすだけで精一杯で、他の面倒など見ていられない。

 断ろうとエリーが口を開いたところで。


「参加しなよエリー。マークスマン担いで前線出る気もないでしょ」


 クリスにそう諭された。もっとも、さらに追加でお金が稼げるから、取れるものは取ってしまえという意味であったが。

 エリーは一度口を閉じた。そして。


「じゃあ、受ける」

「相っ変わらずクリスの言いなりね、あなた。もっと自主性を育むべきじゃないかしら」

「クリスの指示に従う」

「その石頭もふやかすべき。ま、いいわ。参加ってことで、クライアントに話を通しておくからね。話は以上、何か聞きたい事は?」

「うんにゃ、ない」

「後はレアを通してやり取りするから、そのつもりで」

「わかった」


 必要な話は得られた。この用事の為だけに来たのだ。こんな男臭くて煙草臭くて酒臭い場所に居座る理由もないので、クリスはエリーの肩を叩いて腰を上げる。

 それにため息をつくのはハンナ。


「ちょっとはここにお金落としていけばいいのに。あんたら付き合い悪すぎ」

「自覚がないではない」

「私暇なのよ。表が息苦しいったらないわ、ちょっとそこに座りなさい。この近辺じゃ女なんてうちらくらいなんだしさ。付き合い酒よ」


 述べつつ横の戸棚からワイン瓶を取り出す。


「酒は飲まないわよ」

「いいじゃない」

「友達との約束」

「義理堅いことで」

「しかしまぁ、急いで帰る理由もないのは否定しない。たまには一緒にしようか」

「そうしなさい」


 瓶を片付けると、ハンナは壁のテレフォンに手を伸ばして三人分の飲み物と適当な軽食を注文する。

 クリスはエリーに向けてウインクした。誘われては吝かではないし、もちろん女同士と言うのもあって仲良くしておきたい。それに。

 この流れなら、懐を痛めずにレア以外の美味しい食べ物にありつけるというものだ。




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