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1-4 マークスマン




 エリーは5階建てのマンションの、上階の部屋の前にいた。来たことのない場所だ。今日で最後であろうが。

 扉には覗き窓がついていた。エリーは見られぬよう脇の陰に隠れて、扉をノックする。何度も何度も、執拗に。ダメだったら隣のお宅にお邪魔するだけだったが、幸いその手間はかけずに済んだ。家主の男が「何だ!」と怒声を上げて扉を開けたのだ。

 そして男は、次にはぎょっとして動きを止めた。

 露天で売っていたお面を被っている人間がすぐそこにいれば、一般人なら驚くだろう。

 その男の顔に、手にしていた催涙スプレーを向け噴射。手軽とは言わないが比較的入手容易な、護身用具だ。そして悶絶し咳き込む男の下顎めがけて、手に握った適当に拾ってきた石をひとつ殴りつける。催涙ガスと脳を揺らす一撃で床に転がった男を家の中に蹴り入れる。

 ポケットから、いつも護身用に持っているW99Cと呼ばれるハンドガンを取り出しながら再度男の傍に寄る。


「ごほっ、な、何だ!」

「騒いだら殺す」


 混乱した頭でも状況がわかるよう銃口を額に押し付けて、強制的に同意を得る。

 エリーは布で男の手足を縛り、両目も乱雑に覆い隠す。柱でもあれば縫い付けたところだったが、安アパートだったそこはワンルームとキッチン。仕方なく床に転がしておくことにした。

 ハンドガンを適当にポケットに仕舞うと、エリーは面を取って投げ捨てた。顔がばれたところで気にもしないが、リスクを負う必要もない。民間人の銃の保有自体は制限されていない銃社会かつ、銃声など珍しくもないこの町だが、建前上だけでも警察と言う組織は存在しているのである。そしてごく稀にではあるが、警察が仕事をする時がある。顔バレで自分の家に警察が乱入してくるのは好ましくない。


「少し場所を借りるだけ。あなたの家財にも興味ない。用事が終わったら帰るからおとなしくしてて」


 言葉に、男は何度も首を縦に振った。それを確認して、エリーは廊下に置いておいた小さいリュックサックと、大きすぎるギターボックスを家の中に担ぎ入れ、そして扉を閉めて鍵をかけた。

 窓際まで寄ってから、担いでいたギターボックスをゆっくりと地面に下ろす。外の景色を見る。悪くはない場所だと感じ、ベランダの窓を開ける。家の中に敷いてあったマットを強引にとって、埃っぽいベランダに敷く。今度は腰を下ろしてギターボックスを開ける。平時の街中で、一般人が持ち歩いてもなるべく違和感のない、ライフルが入る大きさの入れ物。

 用意を始めていると、無線から通信が入った。


「エリー、そっちは」

「準備中」

「今日の獲物は?」

「L68」


 開いたギターボックスから、マークスマンライフルを取り出す。

 L68LSR。海向こうの島国で製造されたアサルトライフルの、マークスマン用モデルだ。

 エリーは軍属、「ハウンド」だった時、マークスマンと呼ばれる仕事をする人間だった。除隊してこの掃除屋を始めてもずっと「長物で、スコープつきで、セミオート」な銃、すなわちマークスマンライフルを使い続けている。

 マークスマンとは歩兵対歩兵が戦うような戦場において歩兵射撃班に属し、その射撃の腕と射撃精度の高い銃を持って、500メートル800メートルともされるその射程の優位で歩兵隊を守る人間である。この国の軍隊思想のひとつだ。しかし、市街あるいは室内戦が大多数を占める掃除屋家業において、その長射程の有用性などいかほどのものか。現状では射程を生かした暗殺任務のような仕事も来ない。何せ相手は町のチンピラとも呼べる各種ギャングや、グループを形成しているファミリーと呼ばれる集団である。仕事に対して適正でない、というのはそういう意味だ。

 それでもエリーは使い続ける。


「あ~、それね。嫌な思い出しかない」

「何が」

「エリーがその銃使うからさ、私も原型になったL58ライフルを買ったのよ。それブルパップ式でしょ? 室内戦に取り回しいいかなって思って。マガジン共用できれば手間もないし」

「ん」

「そしたらさぁ、聞いてよエリー。マガジンとマガジンキャッチがへたれて給弾不良と装填不良起こしてさ、しかも重いしさ。ジャムったついでに撃てなくなって、思わずこのポンコツクソライフルって叫んで投げ捨ててやったわ。A1って、初期型の奴がどうもダメらしいわね。それを調べもせずに買っちゃって大惨事よ。あの時C5K持ってて良かった」

「‥‥‥使うのやめようかな、これ」

「エリーのは改良型のA2ベースだから問題ないと思うよ。まぁ私はもう二度と信用しないけど、あの銃」


 悪態を重ねるクリスの言動を耳にしつつ、オプションでつけたバイポッドを展開してライフルをベランダに置いた。そして、リュックからはマガジンを取り出して脇に置いて、伏せ撃ちの体制になる。

 マットを使ったとはいえコンクリート床で、しかも砂埃がたっぷり。少しだけエリーの機嫌が悪くなった。


「あ~あ、まさかスナイパーだ何て思わなかった」


 そんな彼女に無線文句を垂れるのはリリア。横に並んで暴れる人間が多いと楽が出来る、なのに一人は遠くからスコープを覗く役目。小言も出ようものだ。トランシーバーはエリーとクリスが持つ2台しかないので、彼女はクリスのトランシーバーに顔を近づけて話しかけていた。

 それに、エリーは小さく強く否定する。


「マークスマンよ」

「何か違いがあるの?」

「スナイパーはサバイバル技術とか擬態とかいろんな技能を持った専門職。マークスマンは、ただ遠くが撃てる歩兵」

「同じじゃない」

「違う。私は、上手じゃない」

「そう。じゃあ、ただの歩兵さんなら前に来てよ」

「クリスの指示だから」


 この支援位置につくよう指示したのはクリスだ。曰く、「まだ嫌な感じが抜けないから」とのことだったが、エリーは異議を挟まなかった。クリスとエリーはかつて同じ射撃班で、クリスはその射撃班のリーダーを務めていた。指揮権限があったわけだ。そしてそのクリスの指示通りに動いて失敗したことはなかった。彼女が望むポジションで仕事をこなすこと、それが自分のやるべきことだと。


「へぇ。クリスが死ねって言えば死ぬのね」

「そうね」

「こらこらエリーちゃん、死なれたら困るんで頑張ってもらえませんかね? と言うかそんな命令絶対出さないし」


 困った相方に、クリスも思わず突っ込み。

 エリーはバッグから双眼鏡を取り出し、標的の状況を確認する。といっても、クリスの指示でやってきたこの場所は、マンションの廊下の反対側。見えるものなどカーテンで締め切られた窓くらいしかない。位置確認程度だ。それはつまり、クリス達が戦闘に入っても窓枠くらいしか撃てないと言うことでもある。

 少し視線を落とせば、赤い乗用車と出てくる女子供の三人組。クリス達だ。


「そっちこそ、クリスと3人いればいいでしょ」

「どうせ人数つけるなら一杯いて欲しいなぁ。知り合いとかいないの? ほら、ハウンドだった時の知り合いとか」

「四人一組の射撃班のこと? 一人は私、一人はあなたの隣。一人は十字架持って、もう一人は戦死した」

「‥‥‥すみません。エリーさん」

「別に」


 リリアに代わって謝罪するジゼットに、やはり淡々と答える。

 もう、今更なのだと。班員四人中、三人も生き残っただけ、自分達はまだ幸運だったのだと。機銃掃射でまとめて引きちぎられたり、籠もっていた建物ごと榴弾砲や対戦車ロケットの砲弾で吹き飛んだ別チームの姿を目にすれば、なおさらだ。

 今更なのだ。

 標的との距離は200メートル以下。マークスマンと考えるとこの距離は近いが、確実に当てるほうが優先だ。エリーは双眼鏡を脇に置いて、銃の残りの準備に手をつける。マガジンをはめる。レバーを引いて装填する。

 その間にも、クリスの無駄話が無線に乗る。


「なんかさ~。ハウンド時代よりも正規軍っぽいことしてない? 私達」

「一応正規軍。志願した国民擲弾兵からまともなの集めて軍属にして、訓練をして、首輪をつけた猟犬。給料も出た」

「『まともそうなの』ね。ま、そ~だけどさ。なんか、こっちの方が特殊部隊っぽくて好き。市街戦やら遠距離を泥々沼々やってても、軍人って感じじゃなくって。そうだ、ハウンドってことは君らも志願だよね。私は食うに困って入ったんだけど、君らも?」

「まぁ、そんな感じかな」

「やっぱ、どこも事情は同じかぁ」


 会話をしながら、エリーのスコープの先で、女子供3人による前衛チームが通りを歩く。クリスが一応、標的の建物に面する道路に敵のお仲間さんがいそうにないかをチェックしていた。

 セレクターを回してセミオートモードにする。準備は完了だ。


「エリー、そっちは?」

「位置についた」

「よっし、じゃあ行きますかぁ」


 クリスの音頭で、三人は目標のマンションに入り、階段を上っていく。

 クリスは鞄からサブマシンガンを取り出す。C5K。9ミリパラベラム弾を扱うC5というサブマシンガンの中でもっともコンパクトなバージョンで、全長325mmという小型が売りである。その大きさから兎に角目立ちにくいので持ち運びに便利、小口径弾なので射撃反動も少なめで、銃身長の割に精度も担保され、信頼性もよい。クリス自身、これまで扱った中でもお気に入りの品である。

 リリアとジゼットも、それぞれIZ91サブマシンガンとR5-SARカービンライフルを取り出し、構えた。

 三階まで上った。標的の部屋は四階との情報である。踊り場で待機するよう、クリスは子供二人を手で制して自身だけ廊下の様子を窺いにいく。


「そろそろ四階。適当に暴れるよ~」

「了解」

「あいさ‥‥‥あ~やだ、ビンビンだよ、嫌な予感。絶対にいるよ」


 渋い顔でぼやきながらも、クリスはその角から少しだけ頭を出して。

 一発の拳銃弾が掠め飛んできた。クリスは慌てて頭を引っ込める。


「っと!? やっぱり待ち伏せされてた、てへぺろ」

「襲撃がばれてた?」

「かもね~。あとは防犯カメラとか? 確認してなかったわ」

「‥‥‥! 下からも敵!」


 踊り場で自主的に後方警戒をしていたジゼットが、カービンライフルを構えて私服の男達に向けて引き金を引く。先ほどは9ミリ拳銃弾の単発音だけだったが、5.56ミリ弾の連射音が響く。対してアランファミリーの構成員たちもハンドガンとライフルで応戦しつつ、通路の角まで後退して遮蔽に入った。互いのライフルの連射音があたりに響き渡った。


「挟み撃ちとは。さすが前払いの依頼、だから受けたくなかったのよ。たぶんこいつら、元国民擲弾兵」

「どうする? 何人かなら見えてるけど」

「うんにゃ」


 エリーからは、カーテンをされていない部屋の数名が見えていた。撃とうと思えば、その範囲だけなら可能だった。だがクリスは否定した。強い相手からは逃げる、彼女のポリシーである。そしてエリーは、いまだ敵に存在がばれていない伏兵。使い所は別にある。

 そのための、今のエリーの射撃配置。


「失敗失敗、前金だけありがたく貰って帰りましょ。やってられないわ」

「え~! このくらいなら何とかなるよ」

「最初に言ったでしょ、やばいと思ったらすたこらさっさだって。嫌なら君らだけ残れば?」

「僕も帰りたいかな。今日は諦めよう、リリア」

「むぅ~」


 唇を尖らせて不満を示すリリアだったが、引率役たるクリスの発言力と多数決の原理は覆しがたかったようだ。結局「わかったわ」と、仕方なく彼女も承諾した。


「進入路逆走して車に乗って、ウルティス中心部めがけて一直線。あっちも、街中でドンパチやる気はさすがにないでしょ。エリー出番よ、援護射撃用意」

「了解。手榴弾系はいつもの?」

「閃光手榴弾2、発煙手榴弾1」

「相変わらず」

「一応考えての結論だからね? 攻めれないのと逃げられないのどっちがいいかなって」


 言ったクリスは、まずは4階の敵に向けて銃だけ突き出してブラインドショット。威嚇で自分がまだそこにいると相手に伝えた上で足を止める。

 そしてダッシュ。下で応戦中のジゼットの横まで行くと、ジゼットとリリアの肩を叩いて。


「フラッシュバン、目閉じて耳塞いで口開け」

「うん」

「ほい、行くよ!」


 閃光手榴弾のピンを抜いて階下の敵に投擲。

 起爆。強烈な閃光と派手な爆発音。目と耳を同時に潰され、驚いた敵がそれで怯んだ。その敵に、クリスは突撃。階下に出て、サブマシンガンを向けて掃射をかけた。全部で三人いた挟撃班は、鉛弾を体で受け止めて手にしていたライフルを落とし、絶命する。

 転げた敵方が最後っ尻で反撃してこないことを確かめ、彼らが落としたライフルをクリスは確認する。


「手際がいいね、お姉さん」

「そりゃどうも。はい、バックオーライ、帰るよ~」


 長居の必要はない。弾切れしたサブマシンガンのリロードの手間すら惜しんで腰からUP45ハンドガンを抜くと、クリスを先頭に3人は階段を下っていった。しばしして、逃げたことを理解した敵がスラングを吐き散らしながら追撃をかける。

 元々、支援的立ち回りが得意なのだろう。最後尾を走るジゼットが時折カービンライフルを構えて牽制射。音で相手を足止めしようとする。

 3階、2階と、クリス達は降りていく。


「そろそろ裏口」

「了解。上、やる」


 階段から逃げると読んでか、部屋の防御の為に残っていたか。窓から身を乗り出して構え、クリス達が出てくるのを待つ敵の姿が見えた。四階に二人、三階に一人。

 標的が動かないなら、仕事は楽だ。エリーは一番上の階の敵を狙う。

 冷静に、呼吸を乱さず、じっと見つめて。

 静かに呼吸。

 息を、止める。

 そして、息をするように。自然に。

 トリガーを、引く。

 5.56ミリ弾の銃声が鳴り、弾が飛翔する。その間に薬莢が排莢され、自動で次弾が入る。

 弾丸が、標的を捉えた。頭だ。頭に風穴を開けて、その場で糸が切れたように倒れる。

 一人。

 薬莢が床に落ちる音を耳にしながら、二つ隣の部屋から身を晒している敵に照準。狙って、発砲。こちらも窓にもたれるように崩れた。二人。同じ要領で、三階にいた一人を射殺。三人。

 その三人目と同じ部屋。別に動くものが見えた。恐らくもう一人いたのだろう。射線は通らない。

 エリーは今は死体がかけられているその窓に、威嚇にトリガーを五回引く。指を引いた回数だけパン、パンと銃声が鳴り、銃弾が飛んでいく。弾は外壁か、室内の壁に当たって敵を脅かす。斜め下の部屋にも動く何かが見えたので、そこにも五回。

 とりあえず見える敵はいなくなったので、今度は特に狙わず八発撃つ。当たらなくていい。壁に着弾した音を聞けば、警戒して頭を出さなくなる。制圧射撃の代わりだ。本来なら機関銃手か、最低でもフルオート可能なアサルトライフル持ちがやる仕事だが、いないものは仕方ない。幸い、彼らは不用意に頭を出してこなくなった。もっとも、出てきたら狙い撃つだけだったが。

 30発マガジンにはまだ弾が残っていたが、エリーは取り外して、脇の新しいマガジンを手にして装着。再び構える。

 窓から銃だけ出して適当に階下に弾を撒こうとした奴がいたので、その男の銃を狙って、射撃。狙い違わず命中し、殺しの機械は街路に落ちる。敵はそれで腕を引っ込んめた。

 時間が経つとまた顔を出してくる。その前に。


「頭抑えた。行って」

「ありがと、エリー愛してる!」

「愛が軽い」


 言いながら、さらに牽制に数発撃ち込む。

 クリスがスモーク手榴弾のピンを抜いて投擲。缶から白煙が立ちこめて路地を覆っていく。車までの道を作ると、次にクリスは残りの閃光手榴弾のピンを抜いて階段の踊り場に投げ捨て、そのままリリアとジゼットの背中を押して、走って撤退を始めた。直後に、強烈な閃光と派手な爆発音。この閃光と音はエリーにも届いた。

 煙を突っ切って車に到達した三人は手早く車に乗り込み、エンジンを回して走り始める。車は最初の角を曲がり、そのまま市の中心部へと向かう。警察は基本的に役に立たないが、かろうじて機能はしている。町まで逃げれば、銃を乱射して追いかけてくることはなくなる。

 当然と言うべきだろう。二名ほど、走って追いかけてきた者がいた。そんな姿をスコープ越しに、徒歩では無理だとエリーは眺めていると、今度は煙幕を突っ切って乗用車が二台姿を現した。車は一度止まり、路上にいた男たちを回収し始めた。


「後よろしく、エリー」

「ん」


 短く答えて照準。止まっている一台の運転席、そこに座る人間に向けて、発砲。

 弾丸は飛翔し、防弾ではないただのフロントガラスを突き破って運転手の喉下を射抜く。助手席の男が運転手の体をゆすっているが、無駄だ。

 狙いを変える。二台目は既に動き出していた。

 動きを読む。そして、指を引く。

 前を塞ぐ一台目を避けるためにのんびりと車体を振っていたその運転手は、次の一発が頭部に当たり同じ運命を辿った。絶命した男をドライバーにした車は、そのまま直進して石造りの家壁にぶつかり、止まる。

 追撃の手を緩めて各々物陰に隠れ始めたのを見て、エリーはスコープから目を離し中腰になると、ライフルを掴んでそのまま室内に隠れた。クリス達はもう逃げた。これ以上エリーがやる必要のあることはなかった。

 ライフルを抱きかかえて、壁を背にし、一息。

 中空を見る。別に何もない。他人の家のただの部屋だ。そんなことは意識に入っていない。エリーの意識は別にあった。


(一両目のトラック)


 思い起こす。

 彼女は頭を狙ったつもりだった。

 弾は胴体に当たったように見えた。実際に、弾は喉の下を射抜いていた。


「‥‥‥また、外した」


 小さく、ごちる。

 銃のせいではない。自分の腕のせいだ。

 ダメなのだ。完璧に当てないといけないのに。

 そうでないと。


「追っ手なし。一人で半個小隊規模を足止め、やっるぅ」


 そんなエリーの耳に、無線からお褒めの言葉が飛んできた。クリスだ。

 誉められた実感がなく、ぼんやりと風景を眺める。

 ふと、目の前の視界情報が脳に伝わる。

 エリー自身が縛って動けなくした男が変わらずそこにいる。狭い部屋で、知らない男と二人きり。なんてクソッタレだ。意識が現実に引き戻されて、ひとつ、今度は深くため息。やっぱりろくなもんじゃない。


「帰る」

「どうしたのエリー、機嫌悪いじゃん」

「別に」

「そう? 兎に角どうぞどうぞ。帰り気をつけてね」

「ん」


 ‥‥‥クリスが無事ならいいか。そう思いなおすことにする。

 セレクターを回してセーフティをかけ、片付けを始める。薬莢は無視したが、一度は捨てたマガジンも拾っておく。

 パタン、とギターボックスを閉じる。7キロも8キロもするそれを、また運ぶ作業だ。マークスマンライフルとは重たいのである。ここから家までは数キロ。まさか歩いて帰る気もないので、どこかでタクシーを拾うことになるだろう。前払いの金で、交通費と弾薬費。小遣いとしてはさっぱりだが、一応収支プラスかなと考えながら、エリーはボックスとリュックサックを背負った。

 そうだ、後片付けもしておかなければならない。そうエリーは、拘束していた男の元へ行く。


「侘びと口止め料」


 金は何でも出来る。そう思いながら、目隠しの上後ろ手に拘束している男の手にいくばくかの紙幣を握らせる。小額だが、この家の安っぽさを考えればありがたい額だろう。律儀に黙るなどとはエリーも思ってもいないが、リスクは下げるに越したことはない。

 金を握らせるとなれば、いよいよ殺すつもりはないのだと、男は安堵して身じろぎする。


「私が帰る前に声出したら、殺しに来るから」


 その言葉で、再度男は硬直した。別にそんな気は毛頭なかったが、余計なことをされては面倒だ。


「私はゆっくり帰るから、10分はおとなしくしてたほうがいい。扉は開けておくから、強盗に入られたとでも言って、後で誰かに助けてもらって」


 言い残して重たいギターボックスと小さいバッグを担ぎなおすと、エリーは急ぐでもなく鍵を開けて立ち去った。




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