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1-3 旅行者



 ウルティスの町の中心部。噴水広場程度しかろくな目印のない中心市街の少し外れに、その飲食店はあった。

 看板はない、メニュー表も出していない、そもそも店名がないその喫茶のような飲食店は、いわば知る人ぞ知るという奴であった。店主曰く営業許可は取ってあるらしいが、別段料理がうまいわけでもない。味は至って普通かそれ以下、である。半分は致し方ないことだ。なにせ、その店は料理で儲けを得ているわけではない。

 店内は数席のカウンター席と、3つの丸テーブルに相応の数の椅子。ラジオと小さいテレビがひとつずつ。店主が清掃をしているので比較的清潔ではあるが、洒落ているわけでもない。迎えるべき客が極限られるのだから、わざわざ装う必要性がない。

 そのテーブル席に移って、画質の悪いテレビを眺めている女性が二人。


「そろそろ起きたかい、寝ぼすけ」

「ん」


 昼時になってようやく人並みに覚醒したエリーは、短く答えた。

 クリスは壁時計を見る。


「11時30分。朝に少しでも動かすとこれだわ」


 普段はもっと早い段階で覚醒してくれるのだがと、クリスは呆れつつ、別に仕事が急ぎでもないと思いなおしてテレビに向き直った。ここまで遅くなったなら、昼食を食べてから出掛けたほうがいいだろうと考えてのことである。

 テレビ画面では、ドラマが映し出されていた。こんな世界でもまっとうな生活を手に出来ている社会の成功者達が、これでもかと見せびらかすように演技を重ねている。

 卓上には新聞も置かれている。都市より離れたウルティスの町では小鳥の囀り程度の価値しかない銃声も、治安が保たれている都市部では紙面を賑やかす立派な素材だ。いつになったら、彼らは地方の現実に目を向けるのだろう。彼らの稼いだ金が町を潤してくれるのだろう。はじめはそう憤っていた彼らも、順応して現実を受け入れ、何も言わなくなった。

 ストリートギャングの大量発生、ギャングのマフィアファミリー化、麻薬カルテルの参入と個人密造者の増大。裏路地で平然と叩き売られている銃火器。抗争、強奪。それらを依頼さえあれば殺して回る掃除屋。


「戦時よりひどい有様ってどういうことよ、ねぇ?」

「何が」

「何でもない」


 楽しくない話題は切って、二人して娯楽になるテレビを眺める。これも結局現実逃避なのかな、などとクリスは考えつつ。

 やがて時間は12時となり、ドラマも終了。都心部で起きるどうでもいい賑やかしニュースが流れる。地方の惨状に目を向けない、情報統制付きのニュースだ。そんなものに興味はなかったので、予定通り昼食を食べるべく、クリスは朝と同じく、二人分のホットサンドセットをレアに注文した。それが安く、かつ比較的食べられるメニューだからだ。他のメニューは味の保障がない。

 そうして届いた注文の品を胃に納めながら、テレビのモニターを眺める。なんてことのない、仕事がない日の怠惰な日常である。

 そんな時だった。




 チリン




 有名でもない看板も出していないこの店の扉。くくりつけられた鈴が鳴り、扉が開かれた。

 この店への来客はかなり珍しい。料理屋として破綻した格好のこの店の本来の顔は斡旋屋、掃除仕事のブローカーであり、その関係者しか立ち寄ることがないからだ。そしてエリーとクリスが知る限り、これまでに出会った来客の顔と言うのは数名しかない。非常に小さなコミュニティ。

 そんな店の扉が開くという異常事態に。

 開かれた扉から覗かせたのは、一人の少女だった。

 にこやかな少女だった。エリーやクリスも20前後と相当に若い部類であったが、それよりも若い。年は14程度であろうか。長い銀髪を後ろでハーフアップした、白銀の瞳と白い肌。そして何より目を引く、掃除屋とその仕事の斡旋屋がいる店に似つかわしくない、派手とさえ呼べるふりふりひらひらの、黒を基調としたゴスロリ服。

 さらにはもう一人。こちらは男の子だったが、少女よりはやや年上か。薄い黄のショートヘアと、少女と並べるには似合わないシャツにハーフパンツと言うラフめな格好であった。

 顔見知りでもなければ、子供が入ってくるような場所でもない。クリスは誰だろうと興味惹かれて視線を向け、一方のエリーは強盗の類ではないのなら関係ないというように食事を続ける。その中、少女はぴょんとカウンター席に飛んで座った。


「やっと見つけたわ。あなたがレアさん?」

「そうだけれど、私はあなたのことを知らないわ」

「アニーニ・マイヤーさんからの紹介。知ってるでしょ?」

「まずは名前を教えてもらえるかしら?」

「リリアで~す」

「僕はジゼット」


 女の子リリアが元気よく手を上げて、一方でジゼットと名乗った少年は答えつつ、リリアが開け放した扉を閉める。

 その連絡はレアはきちんと受けていた。このウルティス地区に掃除屋が二名やってくること、その年齢と名前も。たとえ銃を持った掃除屋であろうと一見さんお断りの店だが、紹介であれば致し方ない。


「いらっしゃい。ご注文は?」

「お仕事。大きすぎず小さすぎずがいいわ」

「ここ数日は落ち着いていて、麻薬密造者や個人武器バイヤーの狩りくらいしかないわ」

「もっと大口のは?」

「あったとして、君達の実力もわからないのに、斡旋は出来ないわ。大口叩いておいて、密造者一人に返り討ちに合った客もいたのよ。困ったものね」


 過去の困った客を思って、レアは肩をすくめる。仕事を失敗されると、ブローカーやそのブローカーが連絡の取れる傭兵の質まで疑われてしまう。あまりにひどいと、依頼が回ってこなくなるのだ。なので一見さんお断り。これはレアの取り決めであり、実力のわからない奴は使いたくないということ。もっとも、レアにはこれまで不足なくこなしてきた実績があるので、そう易々と見限られることはないのだが。

 対してジゼットは気楽そうに続ける。


「だから、僕達には仕事を回せない? お抱えの傭兵がいるんだよね」

「失敗されたら、依頼主は困るかもね」

「依頼主とそんなに仲がいいのなら、僕達も遠慮する。そこまで冒険する気はない」


 さてどうしたものか、とレアは悩んだ。レアは、腕前を把握した上で使いたいのだ。それは仕事の成功率を上げる為であり、ひいては掃除屋の生存性向上にもなる。生き残ればその傭兵は次の仕事を捌いてくれる。簡単に死なれては困るのだ。

 こういう時、レアは複数人のギャングか武器密売人の殲滅依頼を「試金石」として使う。少々ハードルは高めだが、この程度もこなせないのならと言う意味だ。しかしそれは数日前に「お抱えの掃除屋」がやってしまっており、手元にない。あるのは前払いがある、やや危険度のある仕事。

 仕事の規模からして、失敗してもいいから襲撃してくれと言うことであることはわかっていた。しかし、それを実力不明の子供二人に渡すべきかを悩んで。


「この町にはしばらくいるのかしら」

「いる、って答えないと回してくれないですよね、レアさん」

「えぇ」


 町の事、ルールを知らない根無し草にただ荒らされて帰られては迷惑なのだ。

 嘘でも「居る」と答えるだろうと思っていたレアであったが、ジゼットは正直に答えてきた。


「定住する気はない、けど」

「私達ね、旅行みたいなことしてるの。特に目的地とかはないけどね。それでね、そろそろ路銀が怪しいから」

「貯蓄も兼ねて、どこか仕事を取れる場所で軽く泊まろうかとは思ってる。この町がそうなら、しばらくは居るよ」


 ならば都合がいい。このウルティスには規模の大小はあれど、仕事が枯渇するという事はないのだから。

 多少でも居る気があるなら、まぁよいだろう。あとはレアの側の都合。レアはひとつ頷いて、仕事を渡した。


「アランファミリー傘下のグループ殲滅依頼。この町では、そこそこ顔の大きい勢力ね。一人頭5千ルーツに加えて、前払いが5万ルーツあるわ。規模は十名前後と言う情報」

「お。やった」

「ただし付帯条件があるわ」


 飛び跳ねるように喜んだリリアだが、水を差されて膨れ面をする。


「え~。何?」

「私はあなた達の腕を知らない。だから、うちの『お抱えの掃除屋』を連れて行くこと」

「それっていうのは、そこの二人のこと?」


 リリアとジゼットが、円卓で食事中のエリーたちを向き、レアもひとつ頷いた。

 ならばやることはひとつだ。リリアは席を立って、エリー達の元へ行き。


「ねぇそこの」


 身を乗り出して、二人の顔を覗き込む。服装といい顔立ちといい、おしとやかなお嬢様といったような印象こそあるが、その行動はほど遠く活気に満ちている。

 少女の瞳には物怖じはない。


「どう、山分けしない?」

「知らない人についていかない。ガキでも知ってるわ」

「そっちの人は。どう?」

「その仕事は弾いた。二人でやれば?」


 にべもない冷たい対応に、リリアは年頃相応の可愛さを持って頬を膨らませる。


「今の話聞こえてたでしょ。あなた達が来てくれないと仕事がもらえないの。同胞同士、仲良くしましょうよ」

「掃除屋が仲良くつるむの?」

「同胞っていうのはそういう意味じゃない。わかるわ。あなた達二人とも、ハウンドでしょ」


 リリアはクリスの横の席に座り。

 少女はそっと、顔を近づけた。そして、上目遣いにクリスを見て。


「臭いがするの。国民擲弾兵さんは泥と汗の臭い。正規兵さんは、汗と硝煙の臭い。そして擲弾兵連隊は‥‥‥ハウンドは、泥と血と、硝煙の臭い」

「‥‥‥」

「犬の臭い。私と同じ」


 臭いをかぐ動作を見せ付けて、リリアは笑う。


「私はリリア。第513擲弾兵連隊、ジゼットも同じ連隊だったわ。北のエーヴェで戦ってたのよ」

「500番台の擲弾兵連隊、確かにハウンドね」


 面白くなさそうに―――実際、自分の愉快でない過去を穿り返されているわけで面白くなかったのだが―――やや不満顔でクリスは応対する。

 しかしこの申し出は、クリスには渡りに船でもあった。自分とエリーだけでは戦力に不足を感じて弾いた仕事なのだ。それが追加で二名つくとなれば、事情が変わってくる。もしもこの4人で行く場合を考えて、さほどは「嫌な予感」も感じなかったクリスは、実のところ受けていいと思っていた。危険なのは嫌いだが、お金は欲しい。金は大事だ。何をするにも要求される。

 娘っ子の上から目線は気になるが、あとはこの子供の腕前と。


「君ら、武器は?」


 クリスの問いに二人は顔を見合わせ、そして獲物を取り出して見せた。リリアはバッグからサブマシンガンの小型のものを、ジゼットは背中のリュックからカービンライフルと呼ばれる、通常のライフルよりも銃身を短くしてある銃を。またリリアは、両腰に小さなポーチをつけていた。中身は投擲用の小型ナイフである。

 それらに、クリスは目を光らせる。銃器雑誌やカタログを読み漁っていた彼女には、その銃が何なのかすぐにわかった。


「IZ91とR5-SAR。へぇ」


 見ただけで言い当てたよ、という驚きと呆れを伴った二人の視線を浴びるクリスに、それまで知らん顔だったエリーも向いて。


「珍しい銃なの?」

「うちの国で見る銃としては珍しいね。IZ91KDRは北の国、マカロフ弾を使うサブマシンガン。R5-SARは南の国、アサルトライフルR4の空挺仕様、5.56ミリ弾カービンモデル。そのアンダーバレルにくっついてるのはグレネードランチャーか。銃に拘り持ってる奴って、やっぱりいいわよねぇ。個性出ててさ」

「近距離型って事でいいのね」

「だね。まぁ5年戦争で市街戦してた時と違って、たいていの依頼は室内戦だからね。カービンだのサブマシンガンだのになるのは仕方なし」


 どこかの誰かさんと違ってね、と一言付け加えて、クリスはエリーを横目で見る。もちろんエリー本人も、仕事に対して自身の武器が適正でないことくらいは理解しているので文句は挟まない。

 武器の鑑賞会は終わった。だがリリアとジゼットが知りたいのはそこではない。


「それで、どうするの」

「うちら二人は、不利と見たら一目散に逃げるよ。その場合もちろん成功報酬はなしだ。それでいいって言うなら、乗ってあげる。エリーこそどう?」

「クリスが行くなら」

「決まり。まぁ小遣い稼ぎよりは面白みがあるわ。とりあえずよろしく」


 握手を求めたクリスに、リリアは元気よく手を伸ばして握る。


「しかしこんな子供までハウンドとは、エーヴェとやらは相当だったみたいね」

「正規の山岳師団がいたんだけど、最初から防戦思考だったし、補給がね。最終的に、北の国から売買されてきた武器で戦ってた」

「そいつはご愁傷様。ま、惨状の度合いはどこも変わらないだろうけど。ジゼットだっけ、君も座りなよ。うちら、まだご飯食べてるし」

「はい」

「君は銀髪と違って利口そうだ」

「ちょっと~」


 リリアが頬を膨らませる。

 そして店を見回して、店の綺麗さとか他に客が居ないこととか、二人しか居ないその女性客の顔と、二人が食べている品物を検分して、店主に向く。


「ここ、ご飯も出すの?」

「一応はね」

「折角だし、私達も食べる?」

「うん。メニュー表とかないかな、レアさん」

「トーストセットとホットサンドとコーヒーと、作れるものならご希望の料理を。それだけよ」

「じゃあホットサンドで。二人分ね」


 注文を受けて、レアはそちらの仕込みも始める。

 しばらくして、レアが皿に料理を乗せて二人の目の前に置いた。リリアははじめ瞳を輝かせていたが、一口口にして、とても微妙そうな顔をした。ジゼットも眉をひそめた。

 あまり、口に合わなかったらしい。




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