1-2 野良犬
怒号。
朝の町で、銃で武装した男達が、スラングを撒き散らして食物を扱う店内に踏み込む。
客は逃げ出し、店主は両手を上げて降参の意思を示した。
店を閉店させたところで、男達は店の奥を漁り始めた。そして小麦粉の袋を担ぎ、あるいは肉や野菜を袋に詰め込み、乗ってきたトラックの荷台に投げ込んでいく。男達から笑い声が上がるようになった。
そんな、二件ほど先の店から届く声を耳にしながら、喫茶のカウンター席に座る女性が二人。
一人は金髪蒼眼の女性だ。肩にかかる程度の髪をもみ上げ部をそのままに、後ろ頭でひとつ結び。背は女性としては平均的かやや低めだろう。しかし切れ長の瞳と、どこか達観したような無表情が、彼女を年齢以上に見せている。ただし、その瞳は非常に眠そうにほぼ閉じられている。
もう一人はショートボブの、栗色の髪と瞳。金髪の女よりは一回り小さく、二つほど年上。こちらは対照的に快活な空気が漂っている。そんな栗毛は紅茶を一口。
「優雅な朝ね」
「南の紛争地域に行けば」
「銃声がないのがいいのよ」
栗色の髪の返しに、金髪は表情を変えずコーヒーを口に運ぶ。
その間にも、外の喧騒は近づいてきた。男達がすぐ隣の店にも入ったからだ。こちらの店主は既に逃げおおせており、男たちが入る前から閉店していた。
さすがに危機感は持ったのか、金髪の女はもう一口コーヒーを飲むと、少しだけ眼を開く。一方で、栗毛のほうは調子を変えない。
「レア。ベーコン追加。あとKN-47」
「えぇ」
栗髪の女が注文すると、レアと呼ばれた長い黒髪の女性マスターは、カウンターの下を探ると、ベーコンよりも先に鉄の塊をカウンターに置いた。
KN-47、北の国で生み出されたアサルトライフルだ。いかにもな中古品で、木製ストック部分も含め既にあちこち傷だらけで塗装も剥げ、保存状態は劣悪と言っていい。だがそれでも作動する。機械的信頼性の観点から見れば、最優秀とも呼ばれる銃だった。どう乱雑に扱っても動き弾が出るのだ。これほど人殺しに向いた銃もない。
手に取った栗毛の女はマガジンをはめ込むと、コッキングレバーを引いて装填する。銃口を店の外へ向けて構える。この店には入り口はひとつしかない。
そして、いまだに我関せずと食事を続ける金髪に。
「エリー」
「クリスの仕事」
「もしもだってあるでしょ」
「長物で、スコープつきで、セミオート。それ以外、ダメ」
「じゃあこれでいいわね」
レアはにこりと笑顔を作ると、金髪の女、エリーの目の前に長物で、スコープつきで、セミオートな銃を用意した。
クリスが手に取ったライフルのように汚れてはいない。全長一メートルのすらりと伸びた銃身。全体的に黒塗りの、丸みの少ない直線的なデザイン。遠距離狙撃用に、二脚のバイポッドもついている。
さらにはマガジンも横に置かれる。20発弾倉だ。
それは見覚えどころか、かつて扱ったことのある銃に似ていた。
「F3?」
「の狙撃銃モデルSG1。報酬は優雅な朝よ」
「‥‥‥ん」
小さく頷いてコーヒーを煽り飲む。そして銃本体とマガジンを手に取ると、エリーは席を立って、店の奥へと移動する。かつて扱ったことのある銃の系列である以上、操作に問題はない。頭を振って眠気を飛ばしつつ、コッキングレバーを引く。思い切りしかめ面をしてからマガジンをはめ、レバーを戻す。
十メートルとない距離の店の入り口に向けて構えスコープを覗く。そこ数メートルしかない店の扉までの距離に対して明らかに過剰倍率だったので、パワーセレクターを回して最低倍率にする。それでもなお過剰な望遠であることは否めないが。
そうこうしているうちに、さらに外の声が近くなる。漁れるうちにと思ったのだろう。この店も標的にされたのだ。数名が、ハンドガンやクリスの持つものと同じKN-47を携えながら入り口にやってきて、そして乱暴に扉を蹴り開けた。
入って、先頭の男はぎょっと目を丸くした。当たり前だ。既にアサルトライフルを構えて銃口を向けている女が正面にいたのだから。
クリスはすぐに射撃した。男の足元に。
7.62ミリ弾を扱うKN-47の派手な銃声が響く。5発が、男の足元に着弾する。
音に驚いて、先頭の男は店外の壁に隠れた。そしてそこから、さらに慌てて身を引いてドアから離れた。店の奥の柱。その影から、立ち撃ちでライフルを構えて狙っているもう一人の女、エリーの姿を認めたからだ。
出鼻を挫いたのを確認して、クリスが声を出す。
「貸切よ」
「そりゃ失敬! 門前払いとは思わなかったぜ」
「たらたらしてると『紐付き』が来るわよ。欲を出さずに帰ったらどう?」
「仕事する気のねぇ給料泥棒なんざ怖くないが、そりゃあ面倒だ」
紐付きとは繋がれた犬、つまり警察や軍隊を指している。これだけの騒ぎだ、さすがに警察に通報した者もいるだろう。
軽口を叩いて、男は続ける。
「へい。お前ら『ハウンド』か? 女だてらにいまだ銃持ってる市民なんてそれくらいだろう。遠慮なくぶっ放してきやがるのもな!」
「元、ね。あんたらこそハウンド? それても国民擲弾兵?」
「おう、祖国を守った民兵様だぜ。お互いにな!」
はっはぁ! とリーダー格の男が笑い、付いてきていたほかの男達もそれぞれにやんやと騒ぐ。
誇らしかったからでも、愉快だからでもない。祖国を守った志願兵。そんな箔が役に立つ時などない。ただの自嘲の叫びだ。
「あんたらはそこの市民相手に強盗中だけどね。私達は食事中なの、帰ってもらえないかしら?」
「優雅だねぇ。正規軍昇格の上で貰った退職金がたんまりってか」
「どれだけ貰ったか聞きたい?」
「お前らのしょっぱい退職金額なんて知ってらぁ。でなきゃ今更に銃なんて持たねぇだろうよ」
「よくわかってるじゃない。そのまま聞き分け良く帰ってくれるとうれしいなぁ」
「おーけー。俺達は仲間だ、下がろう。だから撃つなよ!」
「話のわかる男は好きよ」
「ありがとよ!」
続けて、引き上げだ、の合図を男が出す。
足音が遠ざかる。二人はブラフを警戒して銃を構えておいたが、やがて車のエンジン音まで遠ざかるのを耳にして、銃口を下ろした。確認の為にクリスが外を見に行ったが、本当に帰ったようだ。
扉を閉じる。そして、ライフルをカウンターに返して満面の笑み。
「ん~、威圧にはやっぱり7,62ミリ弾よね。室内だから響く響くぅ」
「優雅な朝はどうしたの」
「十分優雅だったじゃない。血が流れなかった」
言葉にエリーは不満そうに後ろ頭を掻く。このウルティスの町でそういうことは期待してはいけないのだ。血煙が上がらなかっただけ、確かに優雅だったろう、エリーはそう思うことにした。
エリーはセレクターを回して安全装置をかけ、カウンターに戻る。
「F3のほうはどう?」
「コッキングレバー折ったかと思った」
「あぁ、クソ堅いらしいわね」
笑うクリスに渋い顔。このF3と言うライフル、クローズドボルトと言う方式を採用しており高い精度を実現しているのだが、ボルトのスプリングが堅くレバー操作が重たいのだ。
リロードに難のあるライフルは、エリーは好きではない。昔に使っていた時でさえ、なるべくコッキングレバーに触らなくていいよう、撃ち切りをしないようにしていたほどである。気に入らなかったエリーは銃をカウンターにゴトンと乱暴に置いた。あまり乱雑にしないで欲しいと、レアが不機嫌顔になったが知らんふりだ。彼女はただでさえ眠い朝をぶち壊されて不機嫌だった。
「今日はどうする、エリー?」
「寝る」
「おいおい」
レアからベーコンを皿で受け取って、クリスは苦笑い。エリーの朝と言えばそれ以外の選択肢は基本的にないので、いつもの事ではある。
邪魔者がいなくなったことで、一応の日常が戻ってきた。なれば、日常の会話をするのみである。
「レア、何か仕事入ってる?」
「仕事ならいつでもあるわよ」
「個人の粉密造狩りは飽きたの」
「じゃあ数日前に入っていた、アランファミリー傘下のグループ殲滅依頼くらいかしらね」
レアに言われて、クリスは記憶を辿る。確か、前払いがいくらかある依頼だったはずだ。
エリー達は、金で仕事を請け負う掃除屋だ。
掃除。文字通りに、片付ける。何をかって、それは人間をだ。スイーパー、ヒットマン。呼称自体定まっておらず、傭兵だとか、「ハウンド」出身が多いことからそのままハウンドと呼ばれることもあった。人々は何とでも呼び彼らは何とでも名乗るが、殺し屋と呼んだほうが理解されるかもしれない。だからこそ手元に銃がある。生け捕れとか言う内容はこれまで依頼されたことがなく、大体は殲滅仕事になるので、クリス達は掃除屋と思っている。
殺人。なぜそんな仕事をしているのか。
ある程度の成り行きこそあったが、それ以外に道が見えなかったからだ。
クリスも記憶からその情報を引っ張り出して腕を組み、「あ~」と唸る。
「あれねぇ。な~んか、嫌な予感がするんだよねぇ」
「前払いだから?」
「それもだけど、長年の勘って奴? 私の勘は良く当たるのだ」
「子供が、なにが長年の、よ。軍属時代を含めてそこ数年でしょうに」
レアからすれば、20にようやく届いたかというクリス達も十分に子供である。突っ込みに、クリスは不満げにホットサンドにベーコンを挟み一口。
前払いがあるということは、成功させなくてもその分の金は入るということだ。もっとも、こういう「前払い」は危険度が高いと言う意味でもあることが多い。そうでないと受けてくれないからこそ前払いが発生するのだから。真残念ながら、人生には電源ボタンはあってもリセットボタンはない。失敗が死を意味するようになる以上、リスクは踏まないに越したことはない。
だからレアは微笑。
「小銭稼ぎで我慢するしかないわね」
「ちぇ~」
クリスはカウンターに頬杖をつく。好きではない仕事をちまちまと続けるのなら、一発報酬の多い仕事をがんばったほうが、労力は兎も角として気持ちは楽だ。しかしそんな選択肢すらなく。
「小銭稼ぎじゃなぁ。でもまぁやらなきゃ金は入らず、っと」
「働かざるもの食うべからずね」
「世知辛いこって。一件くらいやっとこうか、エリー?」
相方の承諾を貰おうと、クリスは隣の席に目を向ける。
だが返事がない。どころか、エリーは身じろぎもしなかった。コーヒーカップに手を触れたまま、固まっている。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「朝はダメね、この子」
「まったく‥‥‥」
カウンター席に着いたまま小さく寝息を立てる相方に、クリスは肩をすくめた。