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1-1 日常




 そのマンションは特段珍しいわけでもない、地区ではありふれたコンクリートでできたものだった。

 その地区は特段珍しくもなく、あらゆる安全が崩壊した場所だった。

 建物の管理者はもう居ない。家賃の支払先はなく、支払う気もない彼らにとっては、屋根つき水道ありの、この上ない優良物件であった。世間が言う善良なる市民とやらはもっと安全で、もっと中心街に近い、そして申し訳程度にも法の番人たちが仕事をしている場所に居る。ここに居る人間と言うのは、それだけでアウトローだった。

 『力』によって占拠し、居座り、領有を主張する。

 一室には男が四人居た。

 いずれも、その体格は屈強とはいえない。身に着けた衣服にもその動作にも、とても威厳を感じさせるものはない。だが彼らは少なくとも、このマンションの覇者であった。住まわせてもらっているわずかばかりの人間達も、たとえどんな揉め事を起こそうと彼らにだけは逆らわない。

 彼らには力があった。人差し指を少し引く。ただそれだけで発揮される力。格闘技を習う必要も、体を鍛える必要もない。たとえどんな子供でも、それを向けて使うだけで、どんなタフガイをも屈服させられる。持つだけでも十分すぎる威圧効果を押し付けることが出来る。鋼鉄の魔法。

 そしてその力を、周囲に売り払う。得た資金は食料にさらに変換され、彼らの血肉となる。得た資金で、また鋼鉄の力を買い付けて何倍にもして売り払う。


「ぼろい商売だ」


 四人の中で一番計算が得意な男が売り上げを計算する中、木箱一杯に乱雑に詰められた銃のひとつを手にとって、部下の一人が得意げに構えてみせる。

 そのすべてが拳銃だ。リボルバーにオートマチック、小型大型、年代物から新造品と思わしきもの、ロングセラー品からそうでないものまで、適当に詰められた彼らの商品であり『力』がそこにあった。


「アランファミリーに誘われて良かったなぁ。銃の入手が格段に楽になった」


 リーダー格の男も、嗜好品たる煙草をふかす。それを入手しようと思う程度の金回りはあった。それこそが力のなせる業だった。

 確かにろくでもない仕事であり、ろくでもないことをやっている自覚程度は彼らにもあったが、しかし彼らは力を手放す気などなかった。この味を知ってしまえばもう、誰もが後戻りできなくなるだろう。良心とやらに従って鋼鉄の銃を手放して路頭に出れば、後はもう野垂れ死ぬだけだとわかっていたからだ。

 わかっているからこそ、続けている。続けざるを得ない。もちろん相応の危険や面倒事と隣り合わせにだ。最低最悪の負の連鎖だが、それさえあればこんな中でさえ生きられるのだ。生きる力を与えられる、生きる権利をもぎ取れる。それで、いくつかの欲求を満たせる。それは一等価値のあることだ。


「夜になったらまた売り出しにでるか?」

「あぁ。もう、隣のティボーの野郎に我がもの顔されずにやれるんだ。どんどん売れ」

「アラン様様だ」


 「アランに乾杯」、そう言って利益で得た酒瓶を部下の一人が煽り飲んだ。

 彼らは煙草を飲み、酒を飲み、金と銃を手にしてそれぞれに過ごしていた。

 そんな彼らの日常に、ひとつアクセントが加わった。





 ビー





 マンションに据え付けられていたこの部屋の玄関チャイムが鳴った。

 男達はそれぞれの享楽と仕事をやめて、緊張の色を見せる。こんな場所のこんなところにやってくる人間は、やはりそんなものだ。マトモなる善良な市民様などここには寄りもしない。わかっていたからこそ、男達は用心にそれぞれのハンドガンを手にした。そしてリーダー格の男が、銃を振り回して遊んでいた部下を顎で促す。

 様子を見て来いと。

 嫌な仕事だが、リーダーに言われては仕方ない。男はハンドガンをズボンにねじ込むと、部屋の扉に寄った。そしてドアの覗き穴から、男が様子を確認する。

 見えたのは女だ。20を越えたかどうかの年の栗毛ショートボブの女性が、ラフな服装でドア前に立っている。持ち物などはなく手ぶらで、また他に連れなども居ないようだ。


「女だ。一人」


 ここに来る人間はいくらかしか種類が居ないが、その中でも顔の知らない他人で単独となると、それはもう殆ど絞られている。彼らは外で商売をするが、ここでも受付はしているのだ。付近の人間にはした金を握らせて聞けば、そのくらいの事は誰でも教えてくれる。

 鋼鉄の力を、仕入れ値の何倍もの金でお買い上げしてくれる「お客様」だ。

 それがわかっていた男がドアのチェーンロックをかけて、小さく扉を開く。その隙間に、栗毛の女が顔を覗かせた。歳を考えればやや低いその身長で、不安からか眉を落とした視線で男を下から覗き込むように顔を上げている。


「銃を売ってくれるって聞いたの」

「知らねぇな」

「これで足りる?」


 言うと女は、手に握り締めていたいくばくかの紙幣の束を、見えるように掲げた。

 その金額は、彼らにとっては必要十分であった。定価と言う奴である。


「もう少し持ってるわ。選ばせてくれたら追加で払う」


 女の希望に、男はリーダーに視線を送って許可を仰いだ。武器を選ばせる、すなわち女を中に入れていいかと。

 リーダーは「まぁいいだろ」と諾した。定価以上の金額で売れるならそれに越したことはなく、たった一人相手にこちらは四人と言う安心感と、相手は女だという見下しと、それ以上の下心があった。もしも上物なら相応、である。鋼鉄の力を向けてひとつ怒鳴ってやれば、それだけで従順に差し出してくれるだろう。

 「待ってな」と声をかけて男は一度扉を閉めると、扉のチェーンロックを外し。

 扉をゆっくり開け放つ。


「はぁい」


 女は笑みを浮かべ、旧来の友に話しかけるような気安さで呼びかけた。

 男は理解できなかった。

 女が、紙幣に代えて一丁のハンドガンを手にしていたことを。

 理解できなかったが為に、男は何の対応も取れなかった。それはどうしようもなく彼の人生を狂わせた。

 二発。

 連射して放たれた45口径の銃弾が二つとも男の胴体を射抜き、男は後ろへとよろめき倒れる。その額に両手で照準して、女はもう一発。三度目の銃声と共に、男はその人生を現世で済ませた。

 

「なっ!?」


 突然の銃声と仲間の倒れる姿に、残る三人が状況を理解しようと頭を働かせる。その間に女はハンドガンを後ろ腰のホルスターに仕舞い、あらかじめ壁に立てかけて用意していたサブマシンガンに持ち変える。

 男達が手にしたハンドガンの遊底をスライドさせてドア口に撃つのと、女が銃だけを突き出してブラインドショットするのは同時だった。


「ティボーの野郎か!」

「あいつのところに女なんかいねぇ。雇われだ!」

「なんだって犬野郎が来るんだ。どこが安全だよこの!」

「クソが、クソがっ!」


 勝手に信じた安全神話に裏切られ、悪態を吐き散らした男が、次の瞬間には女のサブマシンガンの9ミリ弾を浴びて倒れる。死はあっけなく訪れた。

 残るリーダーと部下一人は、部屋の間取りを利用して遮蔽とし、女の射線から逃れる。だが所詮は一次しのぎだ。見えていた相手が女一人と言うだけだ。複数が後ろに控えている可能性は十分にあり、であれば人数に物を言わせて突入してくるかもしれない。こちらはハンドガンで、あちらは少なくとも一名が、銃弾を連発できるサブマシンガン持ち。逃げる場所もなければ火器でも劣る自分達は。

 今降伏すれば、命は助かるかもしれない。

 もちろん保障はない。あくまで可能性があると言うだけだ。もちろん部下は死にたくなどはなかったし、その可能性には是非賭けたかった。だがそれには、自分のリーダーの許諾が必要だ。


「どうするんだよ!」


 ハンドガンで適当に撃ち返しながら、最後に残った部下の一人が叫ぶ。だが、後ろに居るリーダーからの返答はない。

 部下は舌打ちしてやけくそ気味に撃ち、もう一度怒鳴る。


「おい!」


 だがやはり返答はない。

 代わりに、どさりと、なにかが倒れる音が後ろから聞こえた。

 振り返ると、リーダーであったその男は床に転げ寝ていた。

 額に小さく丸く開いた穴から、血を流して。

 ここは、あの女からは完全に見えていない位置だ。壁もある。壁がある以上は撃たれるわけがない。なのになぜ、自分より安全な位置にいたはずのリーダーが先に倒れているのか。

 男には何もかもがわからなかったが、それは虫の知らせとも言うべき何かだったのだろう。最後に残ったその部下は、ふと窓を、せいぜい車が離合できる程度の通りに面しているその窓に目をやった。

 窓に映るのは8割の向かいのマンションと、2割の青い空。

 そして、向かいの建物の窓のひとつから覗く、人影。

 金髪の、女性。

 表情は見えなかった。その女性の顔は長いスコープと銃身に隠れて、見えなかった。

 目と目が、合った。気がした。




 そして男は、先に逝ったリーダー同様額から血を流しながら、意識と魂を手放した。





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