「腹の虫」
え?何か嫌なことでもあったのかって?
・・・そう、あったんだよ。少し長い話になるが、良ければ聞いてくれるか。
※
事の始まりは二週間前だった。その時俺は会計士資格を取得するために勉強してたんだが、いきなりお腹がキリキリと痛み始めたんだよ。
あんたにも時々あるだろう?不意にやってくる、締め付けられるようなあれだ。俺にもたまにそれが来るから、別に気にすることはなかった。しばらく寝てれば楽になるしな。
でもその時はいつもと違った。なかなか痛みが治まらないんだよ。もしかしたら胃潰瘍なんじゃないかって不安になって、俺は痛みに耐えしのびながら病院に行くことにした。こっちに引っ越してきて間もなかったから、取りあえず目についた近くの診療所に駆け込んだ。
「今日はどうされましたか」
その医者は、いかにも好々爺といった感じの風体だったな。
「つう・・・・ちょっと腹痛がひどくて・・・・」
「それは大変ですね。ちょっと診てみましょう」
医者は俺の腹に聴診器を当ててから、しばらく目を閉じて唸っていた。
「なるほど・・・・・これは」
「そ、そんなにひどいんですか」
「いえ、珍しい例ではありますが、薬でちゃんと治すことが出来ますよ。・・・・これは、『腹の虫』の仕業です」
「腹の虫?」
思わず耳を疑ったね。このじじいは何を言ってるんだ、と。
「はい。あなたの胃に住んでいる虫が、腹痛の原因です。これは最近発見されたことでまだ公にはなっていないのですが、人々の胃の中には酸に耐性を持った虫がいる、ということが、最近の研究で明らかになったのです」
「え・・・いやあの」
いきなりそうまくしたてられても、俺の頭の理解が追い付いていかなかった。腹の虫だって?そんなのが実際にいるなんて・・・・あまりにも荒唐無稽だった。
「空腹のときに腹が鳴ることを、『腹の虫が鳴く』というでしょう?あれは長らく、空気が押し出されることで発生する音だと考えられていましたが、何のことはない、養分を求めた虫たちの鳴き声なのですよ。あなたの腹痛は、ストレスによって虫が増えすぎたことが原因と思われます」
「はあ・・・・そうですか」
頷いたものの、俺は半分くらいしか信じちゃいなかった。ただ、ストレスってのには思い当たることもあった。資格を取るために、近頃夜遅くまで勉強する日が続いていたんだ。
「体には無害の殺虫剤を処方しておきます。一日三回、食後にお飲みください」
「・・・・ありがとうございました」
半信半疑のまま、薬を受け取ってその日は家に帰った。
薬を飲み始めたのはその日の夜からだった。すると効果てきめん。痛みが嘘みたいに消えていった。その時やっと俺は、あの医者の言ったことを信じた。腹の虫はいる、って。
しかし、だ。三日たったある日、また腹痛がやってきた。薬は一週間分出されていたから、その時まだ薬を飲み続けていたのにもかかわらず。
薬が効かなくなったんじゃないか。俺はそう思った。畑の虫が次第に農薬に耐性を持つようになるみたいに、俺の腹の虫も薬に耐性を持ったのではないか。
俺はあの診療所へ急いだ。だけどそこに着いた時、そこに診療所は無かった。無人の空き家だったんだ。
「あの、すいません。ここに診療所がありませんでしたか」
通りがかったおばさんにそう尋ねたら、彼女は怪訝な顔で首を横に振った。
「さあねえ。私はよく知らないわね。・・・・ここ、色んな店が頻繁に入っては抜けていくのよ。健康食品とか、羽毛布団とか、うさんくさい店ばかりがね。あなたも、もしかしたらその一つに騙されたのかもね」
ご愁傷様。そう言って去っていくおばさんを俺は呆然と見送っていた。
その後他の医者の所に行って、腹の虫のことを訊いてみた。すると呆れ顔でこう言われた。
「そんなのいるわけないじゃないですか。あなた騙されたんですよ」ってな。
※
っと、話ってのはこんな所だ。詐欺師にまんまと騙されて、金をぶんどられたって話。
ちなみにもらった薬は、医者に見せたら小麦粉だって言われたよ。嘘みたいな話だろう?
だけど、本当の話なんだよ。
え、今の俺の気持ち?
決まってるだろ。むしゃくしゃしてるよ。まったく腹の虫が治まらねえ。