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「腹の虫」

作者: どくだみ

え?何か嫌なことでもあったのかって?

・・・そう、あったんだよ。少し長い話になるが、良ければ聞いてくれるか。



事の始まりは二週間前だった。その時俺は会計士資格を取得するために勉強してたんだが、いきなりお腹がキリキリと痛み始めたんだよ。

あんたにも時々あるだろう?不意にやってくる、締め付けられるようなあれだ。俺にもたまにそれが来るから、別に気にすることはなかった。しばらく寝てれば楽になるしな。

でもその時はいつもと違った。なかなか痛みが治まらないんだよ。もしかしたら胃潰瘍なんじゃないかって不安になって、俺は痛みに耐えしのびながら病院に行くことにした。こっちに引っ越してきて間もなかったから、取りあえず目についた近くの診療所に駆け込んだ。


「今日はどうされましたか」


その医者は、いかにも好々爺といった感じの風体だったな。


「つう・・・・ちょっと腹痛がひどくて・・・・」

「それは大変ですね。ちょっと診てみましょう」


医者は俺の腹に聴診器を当ててから、しばらく目を閉じて唸っていた。


「なるほど・・・・・これは」

「そ、そんなにひどいんですか」

「いえ、珍しい例ではありますが、薬でちゃんと治すことが出来ますよ。・・・・これは、『腹の虫』の仕業です」

「腹の虫?」


思わず耳を疑ったね。このじじいは何を言ってるんだ、と。


「はい。あなたの胃に住んでいる虫が、腹痛の原因です。これは最近発見されたことでまだ公にはなっていないのですが、人々の胃の中には酸に耐性を持った虫がいる、ということが、最近の研究で明らかになったのです」

「え・・・いやあの」


いきなりそうまくしたてられても、俺の頭の理解が追い付いていかなかった。腹の虫だって?そんなのが実際にいるなんて・・・・あまりにも荒唐無稽だった。


「空腹のときに腹が鳴ることを、『腹の虫が鳴く』というでしょう?あれは長らく、空気が押し出されることで発生する音だと考えられていましたが、何のことはない、養分を求めた虫たちの鳴き声なのですよ。あなたの腹痛は、ストレスによって虫が増えすぎたことが原因と思われます」

「はあ・・・・そうですか」


頷いたものの、俺は半分くらいしか信じちゃいなかった。ただ、ストレスってのには思い当たることもあった。資格を取るために、近頃夜遅くまで勉強する日が続いていたんだ。


「体には無害の殺虫剤を処方しておきます。一日三回、食後にお飲みください」

「・・・・ありがとうございました」


半信半疑のまま、薬を受け取ってその日は家に帰った。


薬を飲み始めたのはその日の夜からだった。すると効果てきめん。痛みが嘘みたいに消えていった。その時やっと俺は、あの医者の言ったことを信じた。腹の虫はいる、って。


しかし、だ。三日たったある日、また腹痛がやってきた。薬は一週間分出されていたから、その時まだ薬を飲み続けていたのにもかかわらず。

薬が効かなくなったんじゃないか。俺はそう思った。畑の虫が次第に農薬に耐性を持つようになるみたいに、俺の腹の虫も薬に耐性を持ったのではないか。

俺はあの診療所へ急いだ。だけどそこに着いた時、そこに診療所は無かった。無人の空き家だったんだ。


「あの、すいません。ここに診療所がありませんでしたか」


通りがかったおばさんにそう尋ねたら、彼女は怪訝な顔で首を横に振った。


「さあねえ。私はよく知らないわね。・・・・ここ、色んな店が頻繁に入っては抜けていくのよ。健康食品とか、羽毛布団とか、うさんくさい店ばかりがね。あなたも、もしかしたらその一つに騙されたのかもね」


ご愁傷様。そう言って去っていくおばさんを俺は呆然と見送っていた。

その後他の医者の所に行って、腹の虫のことを訊いてみた。すると呆れ顔でこう言われた。


「そんなのいるわけないじゃないですか。あなた騙されたんですよ」ってな。



っと、話ってのはこんな所だ。詐欺師にまんまと騙されて、金をぶんどられたって話。

ちなみにもらった薬は、医者に見せたら小麦粉だって言われたよ。嘘みたいな話だろう?

だけど、本当の話なんだよ。


え、今の俺の気持ち?

決まってるだろ。むしゃくしゃしてるよ。まったく腹の虫が治まらねえ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の語りで進む物語、面白いです! 取り敢えず、まず何も推理せず読み進めたのですが、まんまと医者の話を信じてしまいましたね。これ、実際されたら私も騙されてしまうかもしれません( ̄∇ ̄)…
2017/11/19 23:14 退会済み
管理
[一言]  実は連作というズルい短編(憎いぜ)や、本の虫の純正ホラー作品、海女さんに尾ひれの生えている話に、個人的にはストライクな渡し船の話。どれも面白いのですが、最新作から読んでいくと、この話は少し…
[一言] 見事なオチです! 発見されてすぐに薬がある訳ないだろ、と思いましたが、読んで納得しました。 楽しい作品をありがとうございました!
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