貴族と本土/彼らには彼らの思惑がある
クレインたちが洞窟で休息を取り始めたのと、ほとんど同じ時間。
ウルザ率いる貴族たちも、一日の疲れを癒すべく休息に入ろうとしていた。
当然、貴族の面々には野営の経験などない。
そして、そのようなことは卑賎なことであるとしてやろうとしない。
世話を任されるのは、自然地位の低い新興貴族たちの役目となった。
彼らは使用人めいた屈辱的な扱いを強要されていた。
「こんなところで寝ろっていうのか!?
手前、名を言ってみろ! 俺を誰だと思ってやがる!」
貴族の少年、アナンが自分よりも立場の弱い少年を罵倒している。
普段は平民相手に偉そうにしている新興貴族も、彼らには敵わない。
そして真貴族の家系の中にも、高低は存在する。
「無駄話をするのはやめろ。文句があるのならば出て行くがいい」
その言葉に、アナンはビクリと体を震わせた。
彼とて、高級貴族だが彼には敵わない。
新王家の傍流に当たるダイル家の男、ウルザ=ダイルを前にすれば。
「……チッ! 命拾いしたな、クズ!
さっさと俺のための設営を終わらせておけ!」
アナンは吐き捨て、大股でどこかに去って行った。
ウルザはそれを侮蔑的に見た。
「も、申し訳ありませんウルザ様。お手を煩わせてしまいました」
貴族の少年、フレールの目にも媚びるような色が浮かんでいる。
彼はそれを見てため息を吐き、その肩を叩いた。
少年は設営作業を再開し、ウルザは辺りを見回す。
(実力で騎士にならねばならんと思っていた。だが、これでは……)
辺りを見回す。
どこから持ち込んだワインを流し込み、饗宴に浸るものたち。
屈辱的な扱いに耐え忍ぶものたち。
目の届かぬ場所ではいかがわしいことも行われている。
これでは単なる再現だ。
陸で行われていることの醜悪な再現に過ぎない。
ウルザ=ダイルは王爵家の次男として生まれた。
だが、長男は家を出奔し、行方知れずとなっている。
だから彼が家督を継ぎ、ゆくゆくはこの世界をも牛耳ることになる。
だが、ウルザはそれを良しとしていなかった。
家から受け継いだ力で事を成す、ということを。
だから、彼はわざわざこの島にやって来た。
自らの力で運命を切り開くために。
そう思っていたが、考えを改めようとしていた。
自分たちが開拓すべき地は、もはや残っていないのではないかと。
(人造生物どもは俺たちを殺さないようにしていた。
襲い掛かるのは新興貴族のものたちだけ。
あの問題を解けるのは、少なくとも貴族だけだろう。
この試験を突破出来るのは、貴族だけだ。
その上に、あんなものまで用意されては……)
苛立ち、ダイルは拳を岩に打ち付けた。
大岩に拳型のクレーターが出来上がり、砕けた。
恵まれた体格と魔力を持つダイルだが、残念ながら使うべき場所はない。
(……もはや、諦めるしかないということか。
俺は腐るのを待つしかないのか……!
口惜しい、あと百年早く生まれていれば!
俺は世界を変えられたというのに!)
ダイルは天を仰ぎ、そして野営地へと戻って行った。
それを見下ろす影が、二つ。
「あいつらあんな隙だらけにしているぞ。どうする兄者、やるか?」
「焦るな、弟よ。俺たちが動くのは明日だ。
それまでは……品定めの時間よ」
貴族たちを見下ろしていたのは、二人の男だった。
木のように長く伸びた男と、ビア樽のように太った男。
クレインたちに襲い掛かって来た二人組だった。
そして二人は、すぐに『品定め』を終えた。
ダイルを睨むようにして、物陰に立っている男を見つけたのだ。
その目には、色々な感情が渦巻いていた。嫉妬、憤怒、羨望。
そして殺意。二人はニヤリと頬を歪めた。『逸材』を見つけたからだ。
二人は懐から革袋を取り出した。
その中には、黒い何かが詰まっていた。
宝石のようだが表面は濡れており、動きに合わせてゆらゆらと揺らめている。
液体とも個体ともつかぬ不可思議な物体を手に、二人はニヤニヤと笑った。
何かの拍子に下にいた男――アナンが崖を見上げた時には、誰もいなかった。
■陸場面
「もうやだよぉ……夜までお仕事なんてしたくないよぉ……
マルス代わってぇ」
「あなたが私の仕事を代わってくれるというのなら」
「冗談でーす、真面目にやりまーす。
はぁー……仕事したくねぇなぁ」
自分の三倍の書類が詰まれたマルスの方を見て、カルタは仕事に戻る。
アクティアは海洋都市であり、陸海と様々な場所から人と物が訪れる。
それがどこから来て、どこに行くのか。
どういう目的を持って移動しているのか。
それは適切なものなのか。
それらを調べ、許可を出すのが、アクティア役人の主な仕事だ。
彼らは役人ではない、騎士だ。
だがアクティアで一番暇な人間であるに違いない。
第五軍が正式稼働するまでの間、彼らは雑用に駆り出されていた。
「はぁ、ホント物量多いよね最近。大々的に宣伝してくれちゃって」
「アクティア様は軍の設立で多少なりともお金を使っていらっしゃいますからね。
それを取り返したいと考えるのも、商人ならば当たり前の考えなのでしょう」
「どうせ軍が本稼働したら、父母から多額の献金があるんだ。業突く張りめ」
第五軍には貴族の不良子弟がたくさん入るだろう。
それらを支援するために、貴族たちは必ず金を使う。
元は穀潰しだ、出来そこないだと罵られてきたものたち。
だが、名前だけでも騎士になればその評価は変わるだろう。
そうなると、息子の活動を支援しない方が白眼視されることになる。
だから彼は、自分の子供のために金を渡す。
「ただで軍を設立して、その上儲けまで出そうなんてスゴイ人……うん?」
書類に目を落していたカルタは、気になる記述を見つけた。
「どうしたんですか、隊長? 金額に間違いでもあったんですか?」
「ううん、そうじゃない。覚えてるかな、ロウ=ツィルって子のことを?」
「ああ、私が要警戒だと言っておいた子のことですね。どうかしましたか?」
カルタが見ていたのは、アクティア入場者のリストだ。
同時刻、多くの人間がアクティアを訪れている。
いずれもロウ=ツィルとの関わりはないが、しかし見知った名前を見つけた。
「ダルク=イッシャーとエマニエル=バーグマン。こいつらは……」
「お知り合いなんですか、隊長?」
「ああ、懐かしいなぁ。
僕が騎士になり立ての時に一緒に働いていた連中だよ。
ギャンブルが好きで、よく一緒にやったもんだ。
んで、適当にむしり取ってた気がする」
いまから4年も前の話だ。
思わぬところで、思わぬ顔に出会うものだな、とカルタは思った。
しかし、二人はもう……
「元騎士団ですか。ですがいまは職を辞しておられるということですか?」
「いや、永遠に任務から解放されたんだ。
任務中に事故死したと聞いていたが……」
その二人が生き残り、こうしてここに来ている。
それに、書類に記載されている名前も住所も職業もすべて出鱈目だ。
何を考えて、ここまで来たのだろうか?
「マルスちゃん、ごめんね。明日からちょっと、忙しくなるかもしれない」
「いいですね、隊長。ここのところ暇で暇で、なまってしまうところでした」
「気を抜かないでよ、相手は元騎士団の手練れだ。返り討ちなんてことも……」
まだ戦いになると決まったわけではない。
それでも、カルタは不思議な予兆めいたものを感じていた。
ダルクとエマニエルは、何らかの意図を、それも悪意を持ってこの街に来た。
その理由を突き止めなければ、何かが起こってしまう……
彼らは気付いていなかった。
すでに自体は、島で発生しつつあったということに。




