決着/雷鳴の中で
右手でへりを掴んでしまい、肩に激痛が走った。
慌てて逆の手でへりを掴み、苦心しながらも体を引き上げた。
雨粒が断続的に降り注ぎ、ありとあらゆるものを濡らした。
「ああ、クソ……俺が下にいる間にみんな死んだわけじゃないよな」
顔を上げると、そこには松明めいて燃える化け物がいた。
あれだけの質量を、それも雨の中で燃やしている。
ウルザの火炎魔法の仕業だろうか? いずれにしても見事だ。
なんだ、俺が無理して這い上がって来ることなかったじゃないか。
そんなことを思っていると、化け物の足元から再び黒い水柱が上がった。
それは炎を舐め取り、消し去った。
皮膚にいくつもの焼け焦げがあるが、殺意に満ちた目だけは変わらない。
「……そう簡単に終わるとは思ってなかったけどよ。
クソ、俺もやらなきゃ……」
立ち上がろうとすると、肩が引き千切れるような痛みが走った。
カトラス野郎との戦闘で張り詰めていた緊張が解けたせいか?
だが、こんなところで立ち止まるわけには!
剣を杖代わりにして立ち上がり、魔法矢を生成。
振り上げられた腕目掛けて放った!
魔力を充填して放たれた魔法矢は、普段の数倍の射程距離を誇る。
すなわち、高身長の化け物にも余裕で届くということだ。
腕と矢がぶつかり、凄まじい衝突音が響く!
「チッ、貫けねえか。どういう筋肉してんだよ、あいつは」
チャージには欠点がある。
発動までの時間が長いこと。
維持が難しくなり、途中で供給が途切れれば霧散してしまうこと。
そして当然のことながら、通常よりも多くの魔力を消費すること。
痛んだ体にチャージの消耗が重なり、疲労感が増してくる。
また倒れそうになった俺の隣にマイトが降り立った。
「クレイン! そうか、あいつぶっ倒せたんだな! やったなッ!」
「喜んでばかりもいられねえけどな。
状況はどうなんだよ、こいつは倒せるのか?」
「分からねえ。どんな傷を負っても、あの黒いドロドロで塞がっちまうんだ」
俺は驚いたが、マイトたちにとってみれば見慣れたものだということか。
それにしても厄介だ。
あれに飲み込まれるのを恐れ、俺たちは近づけない。
逆にあいつはダメージを回復することが出来る。
反則的な力……いや、そうじゃないはずだ。
「もし無限に使えるんなら、チマチマ回復するなんてことはしないはずだ。
ってことは、あの力を使うのはあいつにとってもリスキーってこと……」
俺たちは地を蹴り、左右に跳んだ。
頭上に不可思議な魔法陣が出現し、魔法矢が降り注いで来た。
矢と言うよりは杭と言うか、柱と言うか。
ともかく大量の魔力を内在した魔法矢は周辺一帯を破壊した。
衝撃に煽られ、俺はゴロゴロと地面を転がった。
「ガハァッ……! クソッタレ、少しは加減しろってんだよ!」
立ち上がろうとして、激痛がまた走った。
そのせいで、化け物の目に留まってしまった。
その目に宿る憎悪の炎が、より強まったような気がした。
化け物は周りの人間を無視して爪を振り払う。
立ち上がれない俺に回避は不可能。
せめてもの抵抗として剣を立て、シールドを展開した。
いずれも出力最大、だが敵の力の前にはほとんど無力だった。
最大出力で展開したシールドがあっさり砕けた。
エンチャントを施した武器と爪がぶつかり合い、金属音を鳴らした。
そして、あっさりと折れた。
幾分か衝撃を相殺出来たが、それでも人間一人をふっ飛ばすには十分。
俺の体はボールのように弾き飛ばされ、地面をバウンドして岩に激突。
そこでやっと止まった。
「っは……! 冗談、じゃねえぞ……ゲホッ!」
咳き込むと、血が吐き出された。
ヤバイ、これはマズいな。
痛いって感覚がない。
これはマジで、死ぬかもな……
もっとも、俺が死ぬより先に潰されそうだけど……
「手前、クレインに触んじゃねえよ! 化け物風情が!」
その腕を、マイトのバカ力が弾き飛ばした。
化け物は咆哮を上げ、標的をマイトに変えた。
ウルザも炎を纏い化け物との戦いに参加する。
俺の傍らにミンクが寄って来た。
「酷い怪我……! 動かないで下さいね、クレインさん!
皆さん、守ってください!」
ミンクの切羽詰まった声に、みんな従った。
レインズは射撃戦を展開するモリアを守り、ロウとシャナリアは駆け出した。
フェリックはここに残り、俺たちを守った。
回復魔法の温かな光が俺を包み込む。
擦過傷などはすぐ治って行く。
だが、その分体の内側の痛みを強く意識させられる。
さっきの打撃で体の中をズタズタにされたのだろう。
回復魔法が浸透していくにつれて、吐き気がせり上がって来た。
「死んだ血が出て行こうとしているんです!
逆らわずに吐き出してくださいッ!」
ああ、多分耐えられそうにないしな。
口の端からどす黒い血が流れて行くのが分かる。
「クソ、いったいどうなってんだよこれは……
どうすりゃ、どうやってあんな化け物を」
マイトとウルザが化け物の体を切り飛ばし、燃やし尽くす。
モリアの魔法矢が打ち貫き、彼女に迫る攻撃をレインズが受け止める。
ロウとシャナリアは素早い動きで化け物を撹乱。
その隙に二人が切りかかる。理想的な連携、だが。
(こんな打ち合いは俺が戻ってくるまでの間に何度も繰り返されてきたはず。
つまり、決め手が足りない。
どうすりゃいい、あれで足りないならいったいどうやって……)
その時、俺は見た。
誰も見ていなかっただろう。
化け物の頭のことなど。
「フェリック……あれを見ろ。化け物の、頭。
黒い宝石が付いているのが見えるか!」
狼のようで、鷲のようでもある化け物の頭頂部。
目と目の間に黒い宝石が付いているのが見えた。
闇よりもなお黒いその宝石は、どす黒い気体を放出しているようにも見えた。
「きっとあれが、化け物の本体だ。変身する前にも、あんなものを見た」
「変身、って……クレインさん、あの怪物の正体を知っているんですか!?」
フェリックは詰め寄って来るが、そんなことに構ってはいられない。
せっかく手に入れた反撃の機会、使わなければ。
俺はかろうじで動く左腕でフェリックの袖を掴んだ。
「フェリック、あれを、あれを撃つんだ」
「えっ!? そんな……ぼ、僕じゃなくてモリアさんやミンクさんが!」
「お前じゃなきゃ、ダメだ。ミンクは手いっぱいだし、それに見るんだ」
黒い宝石から何かが出て来ているように見えたのは、錯覚ではなかった。
宝石から零れ落ちたそれは、化け物の足元に溜まっている。
先ほどの奔流はあれだったのだろう。
「あれが溜まったら、また同じことの繰り返しになるぞ!
モリアを引き戻している時間も、説明する時間もない。
お前がやるしかないんだよ、フェリック……!」
「そんな……! でも、僕には出来ません! そんな、そんな大事なっ……」
フェリックの体を引き寄せ、その耳に直接俺は言葉を吹き込んだ。
「お前なら、出来るさ。いままでだって、やって来れただろう?」
正直、確証なんてなかった。
フェリックに出来るかどうかも分からない。
それでも、信じて見ることにした。
この実直で、不器用で、そして優しい男を。
フェリックは一瞬呆けたような顔をして、そして力強く頷いた。
立ち上がり、両手を掲げた。
魔法矢が生成され、魔力がチャージされる。
両手から放出した魔力を一つに合わせ、魔力を充填したのだ。
人の頭ほど巨大な魔法矢が生み出された。
フェリックは息を吐き、そして時を待った。
化け物が動きを止める、その瞬間を。
そして、その時は訪れた。
化け物は腕を広げ、咆哮を上げた。
化け物の足元にさざ波が立ち、黒い奔流が立ち上ろうとした。
その一瞬だけは、化け物は動きを止めた。
黒い水柱が上がる。
だが、それが頭にかかる寸前で、フェリックの放った魔法矢が宝石に到達した。
黒いカーテンが化け物を覆い隠す。その裏で、化け物は悲鳴を上げた。
「っしゃあ! よし、やったなフェリック!」
「やった……やった? 僕が、僕がやったんですか?」
フェリックは自分がしたことを、まだ信じ切れていないようだった。
ともかく、事は成った。
化け物は死に、俺たちは何とかこの場を生き延びた……
そう思っていたが、甘かった。
黒いカーテンが内側から破れ、飛沫が辺りに撒き散らされた。
渾身の力を込めてシールドを展開、飛沫を防いだ。
化け物は致命傷を負っていた。
宝石によって維持されていたからだがドロドロに溶け、崩れた。
されども、まだ死んでいない。
滅びかけた体を振り回し、周囲を無差別に破壊する!
「クソ、化け物が! 死ね、死ねよ! とっとと死んじまえ!」
指一本動かすことが出来ない俺は、喉が潰れるほど激しく叫んだ。
だが、言葉で化け物は揺らがない。
化け物は腕を振り上げ、俺たちを押し潰そうと振り下ろそうとした!
「やれやれ、何だいこれは? どういう状況かよく分からないんだが……」
状況にそぐわない、間の抜けた声が聞こえて来た。
化け物が振り下ろそうとした腕は、しかし半ばで切り落とされた。
何が起こったのか俺も、誰もが理解していなかった。
「あんなの見たことあるかい?
僕は、子供向けの絵本の中でしか見たことがないんだ」
困ったような声を上げて、森の中から一人の男が出て来た。
くたびれた服を着崩しただらしのない男。
皺ひとつない服を着た女性が隣に立っているのが、余計それを際立たせる。
女性は化け物を見上げ、そして周囲を見渡した。
「あなたのパワーソースはゴロゴロ転がっています」
「人使いが荒いなぁ。最初からそうするつもりだったけど――」
男が指を鳴らすと、不思議なことが起こった。
砂浜の砂がひとりでに空中に浮かび上がり、収束した。
そして、刃を形作ったのだ。
もう一度指を鳴らすと、刃が動き出した。
それは崩れかかった化け物の体をバラバラに引き裂き、切り裂いた。
「塵芥によって、塵芥と化すがいい。
それこそがお前に科せられた罪であり、罰だ」
化け物はドロドロの液体と化し、地面に落ちた。
雨に洗い流され、そこから消え去った。
誰も信じないだろう。
化け物が暴れたとも、この島で何人もの人間が姿を消したとも。
目の前で見ていなければ、きっと俺だって信じなかっただろうから。




