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選抜試験/彼は自分のセンスを貶されるのが嫌い

 何とか、本当にギリギリのところで、俺たちはアクティアに辿り着いた。


「っしゃあ! スゲエところだな、アクティア! アリエスの何倍だ……?」

「ゆっくりしてんじゃねえよ! 早くしないといままでの苦労パーだぞ!」


 別に騎士になりたいわけではない。

 ないがここまで無駄骨を折ったとは思いたくない。


 巨大港湾都市、アクティアは多くの人間でごった返していた。


 漁業と海上交通の要衝として活躍するこの街には、様々なものが集まる。

 人、モノ、金。ギラギラとした欲望が目に見える気がした。

 街の中心に近付くにつれて若者の比率が高くなる。

 武器を持った連中や、身なりのいい奴ら。目的は俺たちと同じだろう。


「こりゃスゲエ、中まで入れるかな……」

「問題ないだろ。ほら、あそこに立て看板がある。あそこまで行ってみよう」


 人混みをかき分け、俺たちは立て看板のところまで辿り着いた。

 そこで何時間か待って登録を行った。

 どうやら俺たちが最後だったようで、登録が終わったと同時に銅鑼が鳴った。

 広場まで誘導されたので、大人しく着いて行くことにした。


「諸君。長い旅路を経てここまで集まってくれたこと、まことに感謝する」

「うわぁ、なんだあのオッサンの髭。面白ェ形してんな」

「頼むからあの人の前で同じこと言わないでくれよ。お偉いさんなんだ」

「アクティアの領主、カイゼル=アクティアですね。お髭で有名な方ですよ」


 確かに左右対称に切り揃えられ、緩いカーブを描く角のような髭は特徴的だ。

 彼の名を取ってカイゼル髭と呼ばれているらしい。

 領主カイゼルは仰々しく演説を続けた。


「ここに集まってくれたものたちの中から未来のアクティアを。

 そして新王国バルクレインの未来を担う人材が出て来てくれると信じている!

 キミたちに課せられる試練は、決して生やさしいものではない!

 だが、困難なくして未来はない!」


 領主カイゼルは勢いよく拳を振り上げる。

 隣のアホも同じように拳を振り上げ吠えた。


「活きのいい若者がいるようだな!

 キミのような元気な男こそ我々には必要だ!」


 カイゼルの目に侮蔑の色が浮かんだのに、マイトは気付いただろうか?

 多分気付いていないだろうな、と思った。周りから笑われていることにも。

 あいつはそういう奴だ。


「まずは休んで調子を整えてくれたまえ。

 試験の前に眠ることが出来ず、実力を発揮できない……

 なんてことがあってほしくはないだろう?

 今回、アクティアのホテルはキミたちのために貸し切っている!

 非常に格安で泊まることが出来るだろう!」

「いや、金取るのかよ……」

「明日からは戦いだ! 気を引き締めてかかるように! 内容は……これだ!」


 カイゼルは壁を指さした。

 いつの間にか、そこには石板が掛けられていた。


「試験の内容はあらかじめ掲示しておく。存分に役立ててくれたまえ!

 まずは明日の面接試験、二日目の技術適性試験!

 三日目には実技試験があり、最終日には……フフフフ!

 それはその日になってのお楽しみだ!

 厳しい試練がキミたちにもたらされるだろうが、楽しんでくれたまえ!

 それでは、これで訓示を終わりとする!」


 カイゼルは引っ込んで行った。

 場内は異様な熱気に包まれていた。

 こんなところに長いこといたら、クタクタになった体に毒だ。

 マイトを引っ張ってさっさと帰ろう。


 そんな俺たちを、嘲笑う声が聞こえた。

 生憎と、耳がよくて聞こえてしまう。


「恥ずかしい連中だねぇ」

「本当になれるとでも思っているのか?」

「身の程知らず……」

「平民の分際で」

「分を弁えたらどうなんだろうねぇ?」


 二人には聞こえていないみたいなので、無視した。

 心に響かない、ただの雑音だ。




 その日は飯を食って休んで、次の日に備えた。

 最近は野宿ばかりだったので、柔らかいベッドは天国のような心地だった。

 割引されているとはいえ、かなり高かったが。

 こんなことを一週間も続けていたら、確実に路銀が尽きる。


 飯も高い。美味いけど。

 故郷に帰って満足出来るか心配になって来る。


 そこからは、まあ、つつがなく進んだ。

 俺たちは最終近くに来たので、面接の順番は最後の方だった。


 聞かれたのは非常に当たり障りのないこと。故郷、年齢、家族構成。

 どんな人生を歩んで来て、どんな目標を抱いているのか。

 俺はマイトのことを思い出しながら質問に答えた。

 極めて模範的な回答が出来たのではないか、と思う。


 まあ、こんなの人を振り分けるための試験ではないだろう。

 扉の開け方だの、立ち姿だの座り方だの、何かあった時に難癖を付けるためだ。

 ということが、面接官の態度を見ていても分かる。

 真剣に応対しているふうに見せても、何となく分かる。声色が違う。


「はぁー、緊張しました……私、ああいうのダメなんですよね」


 隣の部屋で面接を行っていたミンクが、出て来るなり大きなため息を吐いた。


「どうでした、クレインさんは? 上手く受け答え、出来ましたか?」

「あんなの楽勝だよ。っていうか、気楽になれよ。あんなので落とされやしない」

「でも不安で……点数がつくテストならよかったんですけど」

「大丈夫だよ。普段の態度を見ても、キミなら問題ない。問題になるのは……」


 役場から出て、広場に着くなりマイトが大手を振って迎えに来た。


「問題になるのは、ああいう奴だよ」

「何か顔合わせるなりバカにされた気がするけど、喧嘩売ってんなら買うぞ?」


 突っかかるバカをなだめつつ、俺たちは宿に向かった。

 旅の疲労がまだ回復し切っていない。


 温かい風呂、美味しい飯、柔らかいベッド。

 今更ながら、ここに来てよかった。滅茶苦茶高いけど。

 そう思っていたところに、厄介事が頭から突っ込んで来た。


「オイオイ、なんだよ手前ら。ここどこだと思ってんだ?

 平民が入っていい場所?」


 わざわざ話しかけて来る奴がいた。それもかなり攻撃的に。

 よせ、止めろ。お前の隣には特大のバカがいるんだぞ?

 俺は顔を上げ、そいつの方を見た。


 くすんだ金髪にソバカスだらけの頬、目には力がなく淀んでいる。

 男はポケットに手を突っ込みながら俺たちのことを睨んだ。

 典型的なチンピラ、ただし身に纏っているものは高級感に溢れるものだ。


 貴族の……チンピラ!


「ア? 何してんだよ、貧乏人。ここは僕らの場所だ。さっさと、出て行きなよ」


 テーブルの足を、そいつは蹴った。

 よく見ると、周りには取り巻きと思しき奴が何名かいた。


 正直、取り巻きの方が強そうだった。

 ガタイが非常にいい、掴まれたらひとたまりもないだろう。

 いきり立ちそうになる相棒を押さえ、怯える同席者に声をかけた。


「さっさと行こうぜ。代金分飯は食っただろ? さっさと休もうぜ……」


 穏便に立ち去ろうとした。

 だが空気の読めない貴族様は止せばいいのに挑発を続けた。


「スカしてんじゃねえぞ、田舎者ども! 何だ、その時代遅れの鎧はよぉ!」


 マイトがピクリと反応し、止まった。

 止まらないように促したが、無駄だった。


 フォローも入れることが出来ない。

 何せこいつの着ている()が時代遅れのものであることは本当だからだ。

 古い時代に使われていた、くすんだ鉄の鎧。

 壊れた部分は母親が修繕しているが、そのせいで継ぎ接ぎが目立つ。


「虫にでも食われたのか? カッコいいねえ! 母ちゃんが繕ってくれたのか?」


 いけねえ、隣の相棒がキレるのが分かった。

 しかもこいつは母親をバカにされたことよりも……

 自分のファッションセンスをけなされたことに対して怒るタイプ!


 制止する暇もなく、マイトは反転。

 拳を振りかざし、貴族様の顔面を殴りつけた。

 会場は一瞬の静寂に包まれ、そして罵声が巻き起こった。

 ヤバイ、こいつはヤバイ。


「手前、俺の服が絞首台に上がる囚人みてえだとか抜かしやがったなァーッ!」


 誰もそこまでは言ってねえだろ。

 マイトは貴族様にツカツカと歩み寄り、追撃を加えようとした。

 だが、奴の反応の方が早かった。


 貴族様は掌に魔力を収束させ、ロクに錬成もしないままそれを放った。

 単純なパワーを受けて、マイトが吹っ飛ぶ。

 テーブルや椅子を巻き込み壊しながら、壁に叩きつけられた。


「手前、手前! 貴族である、この俺に! 俺の顔面潰してくれやがって!」


 取り巻きの筋肉男二人が左右からマイトを吊り上げ、痛めつけようとした。

 『やれ』だの『殺せ』だの、相手の憎悪を煽る無責任な声が飛び交う。


 ああ、まったく。

 この期に及んで介入しないわけにはいかないか。


 俺はマジックアローを生成。

 右側を掴んでいた筋肉男の顎に弾幕を集中させ、黙らせた。

 マイトは左の男を振り払い、ぶん殴って黙らせた。


「手前、俺が誰だか分かってんのか!? アナン=クロフトスだぞ!

 新王国でも五指に入る名門貴族の子弟、クロフトス様だぞ!

 ただで済むと思ってんじゃねえぞ、カス!」


 アナンとやらはもう一発マジックアローを生成し、マイトに投げつけた。

 だがマズいことに、マイトはキレている。避けようとさえしない。

 まったく、勘弁してくれ。


 この期に及んで、こいつを止めなきゃいけないなんて。


 マイトはアナンが放った収束マジックアローを、片手で掴んで握り潰した。


「……はぁ!? な、何やってんだよ。何やってんだよ、手前は!」

「この程度の! へなちょこ玉! 通用するとでも思ってんのかよ!」


 ぐっと拳を握り込み、マイトはアナンに向かって行った。

 俺はマジックアローを生成し、マイトの後頭部目掛けて投げた。

 だが、間に合わないだろう。拳がアナンを――


 打たなかった。

 マイトの拳は、それよりも大きな手によって受け止められた。

 いつの間にか乱入して来た黒い影が、攻撃をあっさりと受け止めた。

 シン、と場が静まった。


「手前……邪魔すんじゃ――」


 吠えるマイトの後頭部に、俺が放ったマジックアローがぶち当たった。

 いまの一撃で怒りがどこかに飛んで行ったのだろう。

 マイトは膨らんだ頭を押さえ俺を見た。


「頭冷えたか? だったら謝っとけ。そんで、さっさと帰るぞ」

「何でこんな奴に謝んなきゃいけねえんだよ!」

「謝って許すと思ってんのか、ああ! 俺への狼藉だぞ!?」


 ダメだこいつら、早くなんとかしないと。

 潰した方が早いかな、と思った時。


「止めろ、クロフトス。お前には、誇りがないのか?」


 低い、ドスの利いた声だった。

 あいつのことを気軽に呼んでいることから、同じ貴族だということは分かる。

 だが、その外見は正反対だ。


 クロフトスは線の細い人形のような体格だが、もう一人は岩のような外見だ。

 胸板も、腕も、足も分厚く、頼もしい。酒場の全員を見下ろすほど背も高い。

 叙事詩に登場する貴族というのは、こういう奴の方がいいだろう。


「平民を嘲り、反撃を受け、あまつさえリンチにかけようとした。

 お前は本当に貴族か?」

「うっ、く……クソ! 今日のところは水に流してやってもいいぜ、クズ!」

「あ!? 誰が水に流すって! 俺の気持ちは全然――」

「だからこれ以上こじれさすなって言ってんだろうが、アホ」


 もう一発マジックアローを後頭部に打ち付けた。

 さすがに二発には耐えられなかったらしく、マイトは倒れ込んだ。

 まったく、最後まで面倒を掛ける奴だ。


「この度は連れが迷惑を掛けました。心より、謝罪いたします」

「喧嘩を売ったのはこちらだ。彼にはいま一度誇りを思い出してもらうとする」


 よく分からないが、矛を収めてくれるということらしい。

 面倒事はごめんだ。


 俺はマイトを背負って、その場から逃げるように去って行った。

 だが、俺は去り際に怨嗟の声を聞いた。

 まだ厄介事は終わっていないんだな、ということを思い知った。


「あのクズどもめ……! 俺を舐めた報い、絶対に受けさせてやる……!」


 まったく、相棒ってのは面倒なことを持って来てくれるもんだ。

 それに『ども』ってことは俺たちにも累が及ぶってことだ。


 やっぱりこいつ捨てて来るべきだろうか。


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