次へ/彼らは彼らで苦悩する
「イッ……いかさまだっ! こ、こんなの認められるかッ!」
自らの未熟を悔いるように目を伏せるウルザ。
彼とは対照的に、アナンは喚き立てた。
存分に吼えるがいい、お前の勝ちなんて絶対にありえないんだからな。
「旗を放すなとは言われた。
だがどこに付けろとも代わりを作るなとも言われなかった。
ルールは守ってる。そうだよな、爺さん?
俺のやってることにどこか問題でも?」
「ホッホッホ、いや、ないな。まるでない。こりゃ一本取られたわ」
「こっ……このクソジジイ! 舐めた真似してんじゃねえぞ、手前ら!」
アナンは激高するが、しかし手は出さない。
審査員の不興を買うのを恐れたのだろう。
「お前……! こんな勝ち方ありだと思ってんのか! 誇りはねえのか!」
誇りと来たか。見苦しいことこの上ないな、こいつは。
「んなもんあるわけねえだろ。俺は御貴族様じゃねえんだぞ?」
「なっ……!」
「誇りがないから、どうやっても勝ちたいんだ。
誇りがないから、どんなことでも出来るんだ。
そうしなきゃ、お前らが作ったルールの中でもがくことも出来やしない」
「この野郎……! ここで、ここでぶっ殺してやる!」
「止めよ、アナン! 我々の負けだ。ならばその事実を受け止めねばならん」
ウルザはアナンを睨んだ。アナンは蛇に睨まれたように体を竦ませた。
「それじゃあ、負けたチームは先に行ってもらおうかの。
勝者には星を進呈するぞい」
アナンは俺のことを睨み、ウルザたちについて出て行った。
一触即発だったが、何とかなったな。
俺は息を吐き、大の字になって地面に転がった。
「くっそ、滅茶苦茶痛ェ……でも、勝ったぜ相棒。お前のおかげでな」
こいつがウルザを押さえてくれなければ何も出来なかった。
だが、相棒はむすっとしている。
ウルザに手も足も出なかったのがよっぽど悔しいのだろう。
「元気出せよ、マイト。
あいつを押さえられたってだけでもスゴイことだぜ?」
「うるせえな、こっちはこっちで気持ちに整理を付けるよ。
俺の剣がまったく通用しなかったんだ……!
あいつ、絶対にぶっ倒す! この島を出るまでの間に絶対!」
目標が出来たのはいいことだが、しかしあいつを倒す、ねえ。
返り討ちに遭ってすべてが無駄にならなきゃいいんだが。
そんなことを考えていると、三人が寄って来た。
「やりましたね、マイトさん、クレインさん! まさか勝てるなんて!」
フェリックは少し興奮した様子でまくしたてた。
少し落ち着けよ、と言いたかったが黙っていることにした。
いまくらいは、勝利の余韻に浸らせてやることにしよう。
「大丈夫ですか、マイトさん? 怪我、してないですか?」
ミンクがマイトに寄り添い、何かを唱えた。
柔らかく暖かい光がマイトの体を包む。
「回復魔法か。その魔法の使い手は多くないと聞いていたが……」
ロウが初めて驚いたような声を上げた。
俺もあんな魔法は見たことがない。
「おッ……おおっ!? す、すげえ!
痛みが全然なくなった……ってか傷も!」
マイトは興奮した様子で肩を回し、体の感触を確かめた。
ウルザとの交戦で結構痛めつけられていたはずだが、その痕はもうない。
擦り傷、切り傷、打撲傷、ありとあらゆる傷が一瞬にして消えた。
むしろ動きが良くなっている感じさえある。
「聞いたことがねえなぁ。いったいどういう魔法なんだよ、回復魔法って」
「その名の通り、対象者が受けた傷を癒す魔法だ。
擦過傷は言うに及ばず、骨折や内臓の損傷、欠損した部位まで回復する。
平たく言えば人間を再生する魔法だ」
「なんだそりゃ、凄いな……! 医者なんて要らなくなるんじゃないのか!」
「でも、あまりに強力な魔法ですから秘匿されているはずなんです。
王族や一部の有力貴族にしか使うことが出来ないはずなんですけど……」
まあ、そんなものが広く普及したら困る連中がいるのだろう。
無限に再生してくる兵力が完成してしまう。
権力のすべてを両腕に収めていたいと考える新王国らしいやり方だ。
「ミンクさん、あなたはいったい何者なんですか?」
フェリックは疑念を込めた目で問いかけた。
彼女は言葉に詰まり、視線を泳がせた。
ちょうどいいタイミングで、老人が星を持ってやってきた。
「ほらよ、お前さんら地図を出しなさい……ん? どうしたんじゃ?」
「や、何でもない。それより、早く星を」
老人は首を傾げながらも、俺たちに星を与えた。
さて、クリアには一歩近づいたが如何ともし難いな。
これからどうやって先に進んで行くべきか……
「お前さんら。頑張っていくんじゃぞ、特にそこの兄さん」
老人は俺のことを指さして言った。
まさか話題に上がるとは思ってもみなかった。
「他人を欺いて勝利を掴むスタイル、ワシは嫌いじゃない。頑張れよ」
「ああ、頑張らねえで進んでくよ。
頑張りたくないからこんなことをしてるんだから」
老人に手を振り、俺たちは廃墟と化した街から去って行った。
鬱蒼とした森が広がっており、視界はすこぶる悪い。
そこかしこから動物の、そして人間の気配を感じる。
慎重を期して進む中、ミンクが重い口を開いた。
「私が回復魔法を使えるのは……祖父が教えてくれたからです。
私にはその力があり、そして使う資格があるからって。
あの時は不思議に思ませんでした、けど」
「お爺さんが教えてくれた、ってことは……
お爺さんは王族の方だったんですか?」
「でも、王族ならさすがに聞き覚えがあるだろ。
マーティアスなんて聞いたこともない」
王族の名は広く世界に喧伝されている。
聞いたことがないということはないだろう。
読み書きが出来ぬ物でも、耳に入った情報は覚えている。
「お爺さんはマーティアス家の人ではありませんでした。
ただ、昔何かがあって王都を追われて、家に来たそうなんです。
マーティアス家はお爺さんに大恩がある、と」
人一人を匿うほど大きな恩とは、いったい何なのだろうか。
「お爺さんの名は、バイゼン=ストレイン。
新王、バルク=ストレインのお兄様です」
それは、いままで聞いたどんな告白よりもショッキングなものだった。
■貴族サイド
ウルザ率いる貴族軍は、殺伐とした雰囲気を纏いながら森を進んだ。
不整地の進軍に慣れていない貴族たちにとって、この環境は負荷が強い。
ましてや、先ほど必ず勝てるはずの戦いを落したのだから尚更だ。
二度もやり込められたアナンは特に恨みが深い。
(あの、クソ……! この俺に恥かかせてくれちゃってさぁ……!)
アナンの心中には、深い恨みの熱があった。
逆恨みに近いものだと、彼自身は理解していない。
まともに戦っていれば、醜態を晒すことはなかった。
あいつが卑怯な手を使って、策略に負けたと彼は思っている。
「ぬうッ……すまんが、休憩だ。少し、休ませてくれ」
戦闘を歩いていたウルザが呻き、座り込んだ。
レインズが心配そうに駆け寄るが、それを彼は手で制した。
シャツをめくり、腹を出した。そこには醜い青痣があった。
「ウルザ……まさか、それはあのガキに殴られた時についたものかい?」
「防御は固めたはずだったのだがな。それを上から押し潰された」
ウルザは脂汗を流しながらニヤリと笑った。
レインズはそんな彼の手当てを開始する。
珍しく傲慢なモリアがその傍らに寄り添い、手を取った。
シャナリアはボーっとした様子で虚空を睨んでいる。
そんな状態が、アナンには気に入らなかった。
(ふざけやがって、ウルザ!
お前が最強だからこっちについて来たんだぞ!?
それなのに、平民のクズガキにやり込められて、傷を負って!
こ、これじゃあ俺まで……!)
アナンは『チクショウ』と叫び、叢をかき分けて先に進んで行った。
一同は驚き、言葉を失ったが、ウルザはその背に厳しい声をかけた。
「アナン! 一人で行動するな、危険だ! 己たちは力を合わせて……」
「エラそうなこと言ってんじゃねえよ、ウルザ!
前から気に入らなかったんだ!
少し強くて、何でも出来るからって偉そうにしやがってよォッ!
手前にいつまでも見下されてんのは我慢ならねえんだよ!
クソッタレ、何が貴族の務めだ!
平民どもに尻尾を振るクズどもにこれ以上ついて行けるかよ!」
アナンは恨み言を吐き捨て、去って行った。
一行はそれを、呆然と見る。
「何言ってんのかしら、あいつワケが分からないわ」
貴族には務めがある。
力なき民を守るという使命が。
そのために階級があり、貴族がいる。
そう彼らは信じていた。
務めを放棄し上に立つものを唾棄する、新世代の貴族。
だから、彼らには分からない。
武の才を持たず、魔法もロクに使うことも出来ない男の苦悩が。
クズだ、面汚しだと罵られ、歪んで行った男の気持ちが。
自分より立場の低いものを見下し、痛めつけることしか癒されぬ孤独が。
結局のところ、彼らは持てるものだ。
その精神性は、傲慢さは、従来の貴族と何一つ変わるものではなかった。
そしてそれを、彼らは認識していなかった。
ウルザたちから逃げるように離れて行ったアナンは苦悩の渦中にあった。
これから先を、独力で戦い抜いていけないことは彼自身が理解していた。
投げ捨てられた感触が蘇る。
鉄刀の冷たい感触がまだ残っている。
アナンは腹立たしさを樹にぶつけた。
実剣によって切られた樹木は表皮を軽く傷つけ、悠然とそこに立ち続けた。
「クソ、俺は貴族なんだ……!
あんな連中とは違うんだ、それなのになんで……!」
鬱屈とした感情を抱え、呻くアナンに近付く影が二つあった。
「面白いやつがいるな、兄者」
「素晴らしいぞ、弟よ。幸先がいい、これほどの逸材に出会えるとは」
薄汚い衣装に身を包んだ、二人の男。
ダルクとエマニエルだ。
「なんだ、貴様らァ?
この俺が……アナン=クロフトスと知ってのことか!」
二人から放たれる威圧感にたじろぎながらも、アナンは虚勢を張った。
それが家名を誇ることであったのは、二人の失笑を買った。
アナンは顔を真っ赤にし、エマニエルに切りかかった。
エマニエルはカトラスでそれを難なく弾き、喉元に剣を突きつけた。
「これは模造刀だ。だが先端は尖っている。突かれれば痛いぞ?」
ヒュウッ、とアナンの口から奇妙な音が漏れた。
それは彼がいままで経験してきた物事の中で、一番死に近かった。
恐れるアナンを見て、二人はもう一度笑った。
「やはり面白い。兄者、こ奴に決めてしまうとしようではないか?」
「賛成だ、弟よ。落ち着け。私はお前の命を奪いたいわけではないんだ」
エマニエルは剣を引いた。
同時にアナンは尻もちをついた。
小刻みに震えている。
「勝利したいだろう?
お前の親を見返してやりたいだろう?
お前を見下した連中を殺してやりたいだろう?
大丈夫、お前にならばできる。私の手を取るのなら」
ダルクは手を差し出した。
そこには、小さな黒い宝石が握られていた。
「こっ……これはいったい何だ? ど、どこかからの盗品か?」
「売りつけようというのではない。キミにこれをプレゼントしたいんだ」
ダルクはアナンの手にそれを落した。
手に落ちるのと同時に、禍々しい闇が彼の手を包み込んだ。
恐ろしい光景だったが、しかし恐怖はなかった。むしろ……
「こっ、これは……力が! 魔力が溢れて来る!
これは、これはいったい!」
「その力があれば何だって出来る。そうだろう?」
「ああ、出来る!
この力があればあいつにもうデカい顔はさせない!
あいつだけじゃない、誰にも俺を止めることなんて出来ない!
ッハ、ッヒャ、ヒャッハッハ!」
アナンは両目から黒い涙を流しながら哄笑した。
それを二人は、冷めた目で見た。
まるで実験動物か何かを観察するような、冷たい目だった。




