旗を掲げよ/誰もが倒れるにはまだ早い
作戦のために一番端にいたのが幸いした。
すぐさま俺は跳び、全身を覆うシールドを展開。
距離を降り、防御を固めた。
だが、それでも炎を受け止めきれなかった。
(冗談だろ……あれだけの広範囲に、これだけの威力の攻撃を!?)
止めきれなかった炎が、俺の体に纏わりついた。
地面を転がり、何とか鎮火する。
攻撃の痕を見て、愕然とした。
俺たちが背にしていた建物が、丸焦げになっていたのだ。
十字路が広く炎に舐め取られ、黒く煤けている。
ぞっとするほどの威力。
(ウルザ=ダイル……!
化け物じみた奴だとは思っていたが、ここまでか!)
絶望に心が折られそうになる。
だが、そんな俺の心を鬨の声が奮い立たせた。
「オオォォォォォォーッ! 舐めんじゃあッ、ねえぞォーッ!」
鎧は熱され、赤熱さえしている。
頬は煤けて、燃えている髪もある。
それでも、マイトは止まらなかった。
魔力付与の力を受けた鎧を信じ、大敵に向かって進んで行く!
そこには何の躊躇いも存在しない!
(……へっ、この程度で折れちゃいられねえってことかよ……相棒!)
俺は顔を上げる。
そして出来るだけ不敵に笑う。
これでいいんだろ、相棒!
ウルザは駆け寄って来るマイトを退けようと、剣を振り上げた。
だが、弾かれたように上を見た。
俺もつられて上を見て、愕然とした。
上空から強襲を仕掛ける影があり!
「冗談だろ……どうやってあんなところまで跳んだんだ!?」
彼女の体には焼け焦げの一つも見えない。
先ほどの火炎を完全に避けきったのだろう。
彼女はウルザの頭部目掛けて踵を振り下ろすが、剣によって防がれる。
だが隙を晒したウルザの胴に、マイトの剣が叩き込まれた。
ウルザは轍を作り後退した!
(当初の予定とは違うが、これで一対一の状況は出来上がった。あとは……)
俺は立ち上がり、建物の影に隠れた。
散らばったウルザの軍勢が一斉にこちらに襲い掛かって来る!
正面から赤毛の男と、金髪の女が俺に襲い掛かって来た。
「レインズ、しっかり守りなさい! それがあなたの使命ですのよ!」
「分かっております、ダハール様」
女は両手を広げ、マジックアローを構成。
こちらに向けて全弾を放った。
魔力球のサイズは俺よりも少し大きいくらいだが、使い方が上手い。
矢を成し分割した魔力を拡散させ、俺のことを取り囲むように矢を飛ばす。
迫り来る矢を後退し回避。
避けられない分は剣で弾き、シールドで受け止める。
攻撃を凌いで息を吐く暇すらない。
レインズと呼ばれた赤毛の男が飛び込んで来たのだ。
思いの外早い踏み込み、ブーストの使い方が上手いのだろう。
身体各部に送り込む魔力の量は、ある程度操作が出来る。
この場合は脚力を強めて踏み込みの力を強めたのだ。
レインズは大振りな剣を繰り出し、俺の首を狙う。
刀身を寝かせて受け流し、跳ね返す。
反撃を狙うが、それは彼が持った盾によって受け止められた。
「高飛車なご主人様を持って苦労するな、お前。
それとも尻に敷かれて嬉しいタイプ?」
「自分に与えられた使命を全うする。私にすべきことはそれだけだ!」
俺とレインズは同時に離れた。そして再び打ち合う。
放たれた刺突をシールドで止めつつ、後退。
流れた体に剣を打ち込もうとするが、盾に止められる。
レインズは止まらず進み、ショルダータックルを仕掛けて来る。
俺はそれをあえて受け、後方に大きく跳んだ。
直後、金髪女の放ったマジックアローが地を穿った。
「なんだ? お前、思っていたよりやるみたいじゃないかーッ!」
頭上から声がしたので、ギリギリ反応することが出来た。
屋根から飛び降りてきたガキが両手に持った短剣を振り下ろして来たのだ。
短剣の鍔を刀身で受け止め、ギリギリのところで防御。
だが圧力は強く、片膝を突いてしまう。
短剣を放し、横合いの壁を蹴ってシャナリアは跳躍。
開いた射線からマジックアローが襲い掛かる。
更に、横に回っていたレインズが剣を振るう。
どちらかを避ければどちらかを喰らう。
レインズの剣をギリギリのところで止めるが、しかし……!
「クレインさん!」
寸でのところで、金髪の放った魔法矢はシールドにより防がれた。
結構な距離が離れていたはずだが、やはりすさまじい魔力だ。
一発も俺に矢は到達しなかった。
ミンクの放った魔法矢が、逆に金髪を襲う。
彼女は矢を防ぎながら後退した。
「お嬢様!」
「よそ見してる暇があるのかよ、お坊ちゃまよ!」
逆手で魔法矢を生成、レインズに向けて放った。
結構散らせたので、盾だけでは防ぎきれずシールドまで引き出した。
体勢の崩れたレインズを押し飛ばし、立ち上がる。
レインズの方も主を守りたいようで、すぐに俺から離れて行った。
レインズがミンクの矢から主を守り、金髪もシールドを張りつつ攻撃する。
あからさまに先程より攻撃の密度が低い。
挟撃を加えれば何とかなる、か?
「お姉ちゃんはやらせないし!」
飛びずさったガキが腰から二刀を抜き、襲い掛かって来る。
舌打ちし魔法矢を放つが、彼女はジグザグ走行で全弾を避ける!
何たるスピード……!
「そんななまくら弾に、当たってたまりますかっての!」
「なるほど。それでは私と遊んでくれるのかな?」
一陣の風が吹き、シャナリアが吹き飛ばされた。
いや、そうではない。
短刀を交差し防御、それでも殺せない衝撃を跳んで発散したのだ。
いつの間にか、そこにはロウがいた。
「この娘の相手は私に任せろ。作戦通りいくぞ、クレイン」
ロウは左手を曲げながら突き出し、軽く握り拳を作った右腕で胸を守った。
そして、両膝を曲げた中腰姿勢でシャナリアを待ち受ける。
素手で武器を持った相手に勝てるはずなどない。
だが、ロウの態度はあまりに堂々としたもので、ガキも生唾を飲んだ。
「そんなハッタリに……付き合ってやるほど甘くないんだから!」
シャナリアは短刀を構え、ロウに向かって突進して行く。
同時に俺も立ち上がり、走り出した。
横目で見れたのは、ロウが斬撃を素手で逸らしたところまで。
いまのところ両者の悲鳴は聞こえてこない、状況は拮抗している。
このまま作戦を続行する。
レインズとお嬢様、そしてミンクの射撃戦はいまも続いている。
フェリックもそこに加わったようなので、大きな不利はないだろう。
戦闘地帯を大きく迂回して、俺は広場へと向かった。
剣戟の音は絶えず聞こえて来るが、マイトの悲鳴も聞こえて来る。
やはり長くは保たない、急がなければ!
「おっと、待ちなクズ平民! お前の相手は……この俺だァーッ!」
路地から出た俺の前に、いきなり銀色の物体が飛び込んで来た。
慌てて前転を打ち、それを避ける。
直撃を喰らうことは避けたが、頬が薄く切り裂かれていた。
「手前……それ実剣だろ。殺しはなしのはずだろ、このテストは」
「あ? 知らねえな。俺の持ち物に混ざってたんだよ。
で、誰が俺を咎めるんだ?」
多分誰も咎めないだろうなぁ。
一片でも良心が残っていることに期待したんだが。
「立場を弁えろよ、クズ。俺は真貴族で、手前はなんだ?
ただの農奴かなんかだろ? 俺とお前の命、どっちが重いと思う?
俺に決まってんだろうが!」
アナンは血走った目を俺に向け、演説を打った。
ジリジリと距離を詰め、俺を殺そうとして来る。
どこまでも見下げ果てた奴だ。
見上げたことなんて一度もなかったけど。
「能書きはいいからさっさとかかって来いよ。
それとも、怖いのかお坊ちゃん?」
「――俺が、平民如きを怖がるわけがねえだろうが! クソが!」
アナンは銀色に煌めく剣を振り下ろし、切りかかって来た。
左の剣でそれを受け流し、魔法矢でアナンを打とうとした。
だが頻繁に軸を逸らし、撃たせようとしない。
「姑息な手が二度も三度も通用すると思ってんのか、クズが!」
「ボキャブラリーが貧困だな。語彙を増やしましょうって言われない?」
「お前に、俺の! 何が分かるってんだ、クソ平民如きが!」
アナンの剣は思いの外鋭く、片腕では受け止めきれない。
そもそも、アナンは両手持ちでこっちは片手持ちだ。力そのものが違う。
だが、剣技のぶつかり合いではアナンに勝てるかどうか怪しい。
曲がりなりにも師匠のついたアナンと、ついていない俺とでは。
そう言うわけで、奇手に走ることにする。
わざと下半身の防御を薄くする。
人の嫌がることをするのが大好きなアナンは、それを目ざとく見つけた。
強くぶつかり俺を押すと、両足を刈り取る大振りな一撃を繰り出した。
それを跳んで避ける。
「バカめ! 空中で俺の剣を避けられるとでも思っているのかァーッ!」
アナンは手首を素早く返し、切り返して来た。
そこまでは俺の予想通り。
「残念だが、避けられるんだよなあこれが!」
俺は空中を蹴り、再跳躍。
アナンの頭を飛び越えた。
「なっ……!?」
作り出したシールドを踏み台にして跳んだ。
俺のやったことはそれだけだ。
攻撃を弾き返すシールドなら、本体だってきっと踏める。
理屈としては分かりやすいが、しかしロウがやるまで思いつかなかった。
シールドは守るためのものだという固定観念があった。
こうすれば、十分攻撃にだって転用することが出来る!
空中で身を翻し、無防備なアナンの後頭部に鉄刀をくれてやった。
シールドの展開は間に合ったようだが、衝撃を受けアナンは倒れた。
反動で更に半回転し着地、更に走る!
目の前で繰り広げられているマイトとウルザの戦い。
一進一退の攻防を繰り広げているが、限界は近い。
火を噴くウルザの剣をマイトはよく凌いでいる。
だが攻撃に移れないのならば倒れるのはマイトの方だ。
深呼吸を一つして、俺は踏み込んで行った。
(行きたくねえなあ。でも言い出しっぺは俺だしなぁ。
やらなきゃならんか……!)
ウルザの側面に回り込み、彼の鞘に差し込まれた旗に手を伸ばす。
もちろん、ウルザは簡単に取らせてはくれない。
マイトを無理矢理引き剥がし、俺に向けて両手剣をなぎ払う。
限界まで身を沈め、死に一番近い一撃を何とか避けた。
(あの炎は使うか? 多分使わない。
使ったら俺ごと消し炭になる! だったら……)
手を伸ばす。
だが、旗に手がかかるかかからないかという瞬間、息が詰まった。
ウルザのバカみたいに太い膝が俺の腹にめり込んだのだ。
胃の内容物が逆流してくる。
ウルザが俺の旗に手を掛けるのを止められなかった。
(よ、そう通り……! マイトとの勝負で焦れていた。
そりゃ、旗を取ってさっさと決めたがるよな……!
けど、あんたが旗を取ろうとする時がッ……!)
必死になって手を伸ばし、旗を掴んだ。
ウルザの膝蹴りで吹っ飛ばされ、俺は地面を滑った。
だが、ギリギリのところで旗を掴むことに成功したのだ。
「勝負あり。そこまでじゃ。この勝負、赤の――」
「ゲホッ……ちょっと待った、爺さん。この勝負、俺らの勝ちだ」
爺さんは怪訝な顔をして、ウルザは露骨に侮蔑的な表情を浮かべた。
「諦めの悪いことだ。お前が先に旗を掴んでいたとでも?」
「いやぁ、そんなことはない。
あんたの方が先に掴んだし、引き抜いたのもそっちが先。
ただし、それが本当に旗ならね」
ウルザは旗を見返し、そして驚愕の表情を浮かべた。
「ぬう、これは……確かに。見てみると分かる、まったく別ものだッ!」
方々から驚きの声が上がる。
これだよ、これが欲しかったんだ。
「あんたと正面切ってやり合うのは無理だ。
けど、あんたから旗を奪うってのもちょっと想像がつかない。
だが勝ち目があるのは旗の方。なら勝率を高めるのは当たり前だ」
俺は背中に手を入れ、本物の旗を引きずり出した。
「あんたが持ってるのは、マイトの使ってた頭巾を括り付けた偽物。
本物はこっち……」




